Side オラフ

 Side オラフ


 温泉宿の一角、期限付きながら念願の自分の店を手に入れた。そして今は砦への輸送隊が訪れていた。


「こっちにリバーシとダーツを!」

「私はこの、すごろくってのを二つもらうわ。」

「トランプもう残って無いのかよ!店主、フリースペースに置いてあるのでいいから売ってくれよ!」


 「ありがとう御座います。お一つ大銀貨五枚になります。」「申し訳ありません、急ぎ増産致しますので休暇の際にまたお越し頂けると幸いです。」


 大銀貨五枚という値段ながら各二十セットずつ準備した物が売れていく。下士官が多いと言っても給料は月に大銀貨二十〜三十枚であり給料の殆どを使い一人で四種類買っていく人もいる。


 やはり売れた!砦での任期は、半年から一年だと聞いた。東部最前線の砦に行商に行った時に売られていたのは食料品や衣類などが大半で娯楽など本が偶に売られているがどれだけ安くとも大銀貨二十枚以上であった。確実に娯楽に飢えている、そう自信を持っていた。


 やはり今が勝負の時だ!今がこのオラフという利己的で矮小な男が世界を変える時!そう考えているとふと昔を思い出す。


 商家で見習いとして子供の時から働き、計算が早かった事で優秀だと言われた。

 私には夢があった大陸一の商人になるという漠然とした夢が。自分なら何者かに成れるという自信が。

 二十歳で独立し王都近郊で行商を経て店を持ち堅実に少量の希少な砂糖や香辛料の売買で販路を拡張していった。


 ある時見習いとして同じ商家で働いていた頃の友人から安く大量に砂糖を仕入れられる。と持ち掛けられ普段なら断る所だが長年共に働いた友人であるし同じ夢を追いかけている同志という事で信じて資金を預けた、しかし友人は姿を消し、その後、直ぐに安価な砂糖が大量に輸入される様になり店は潰れた。

 

 その後、戦争が停戦となり東部の新しく王国領となった土地への入植が始まり大規模な砦の改修もあると噂を聞いた私は身一つで荷物を背負い行商を始めた。だが開拓村は何処も貧しく、砦への建材の搬入手配も当時の責任者のお抱えの商会か多額の賄賂を渡せた者しか入札する事すら出来なかった。


 それから数年、ある少年との出会いで私の人生は大きく変わる。

 

 冬が訪れ雪に足を取られながらもいつも通り身一つで護衛も無くいつ野盗に襲われ命を落とすとも知れない道を歩き東部国境近くのシルワ村を訪れた。

 

この村は小麦の生育は悪く無いのだが野菜などは酷い物であった。なので販売品は野菜の酢漬けなど日持ちする品を多くそれと石鹸を一つずつ小さな箱にいれ持ってくる。いつも通り販売しているとこの村の領主ミランダ様の息子が話しかけてきた。


「オラフさんこの石鹸柔らかいし少し臭いがするんだけど、もう少し硬くて臭いがしない石鹸も欲しいんだけど」


 確か領主様の子息、ユウリ君だったかな?この前6歳になったて聞いた気がする。硬い石鹸なんて有れば持ち運び安いからこっちが知りたいくらいだ。


「ユウリ君石鹸は皆んなそうなんだよ、臭いは薄い物も偶に出回るんだがそういったものは値段が高いんだよ。」


「そうなんですか、この辺りには作ろうにも海が無いしオリーブも無いからな。困ったな」


 この子は何て言った?作る?作り方は南部の有力貴族が秘匿し、お抱えの商家に作らせていたはずだ。この国の輸出品でもあるんだぞ。そうだ今では誰も噂にしないが初めてここに来た頃に噂で聞いた事があるこの子の父親は海を超えた先の諸国連合のお偉いさんだと・・・製法を知っているのか?


 頭の中に声がした「これで貧乏で危険な行商とおさらば出来る。夢だってもう一度掴める」それは何処かあの友人の声に似ていた。


「あー思い出した、ユウリ君どうやって作るのか覚えてるかい?私も確か聞いた事があったんだけどちょっと忘れちゃって」


 もしかしたらこの子の父親が何か製法などを残しているのかもしれない、海と言ってたし材料が手に入らないだけかもしれない・・・


「覚えている限りで良いのなら、まず卵の殻を焼きます。

この焼いたものを銅などを溶かす炉で更に焼きそれに水をかけます、凄く熱くなるので気をつけてください。」


「ちょ・・・ちょっと待ってね今メモを取るからもう1回お願い」


 何でもその後は海藻を1日天日干しにした物を焼き海藻灰なる物を作り混ぜそこにオリーブオイルを混ぜて完成らしい、

 途中で学生の頃とかよく分からないことも言っていたがここまで具体的という事はやはり・・・


 不思議と喉が渇く。

 

「試してみたい・・・どうせこのままじゃジリ貧だ・・・」


 私は春を待ちそれから少ないお金を全てかき集め王国西部、貿易港を持つウォード侯爵領にて石鹸を作った・・・作れてしまった。


 そして少量ずつながら販売を始め評判になり始めた。夏の終わりが近くなり少し涼しくなり始めた頃、露天に一人の男がやってきた。


「こんにちは石鹸を買いたいと思ってね。まだ残っているかい?」


 緑の髪に翠の瞳、一目見て育ちがいいだろうなと確信した。これはいい客になるぞと。


「はい!石鹸でございますね、本日最後の一つが残っております。宜しければ後日必要な分をお届けに上がりますが?」


 上客になりそうな人には届けに行きその家とパイプを作る、いつもの手順を踏んだ。


「今ついて来て貰おうか」


 目の前の男から笑みが消えそして外套にフードで顔を隠した二人がいつの間にか後ろに居た。咄嗟に露天を巡回している衛兵を呼んだが衛兵は目の前の男を見ると去って行ってしまった。


「では行きましょうか」


 男はそう言ってまた笑顔を顔に貼り付けた。


 男について行った先は一際大きな屋敷であったであった、最初は小さな窓も無い部屋に通されその男に石鹸をどうやって作っているか誰から作り方を聞いたかなど全てを話す。話し終えるとフードで顔を隠した一人が目の前の男に耳打ちした。その後は一転して応接室に通された。


「オラフさんすみませんね。貴方を他国からこの国に根を張りに来た密偵かと思ってしまいまして、では出会いからやり直しましょう。私はエドワード・ウォード宜しくオラフさん」


 ウォードだって!?侯爵家の・・・驚きで言葉を失った。


「まずはお茶でもどうぞ」

 

 目の前に置かれている紅茶を飲みながら少し落ち着いた頭で考える。

 なぜ質問しただけで嘘をついて無いか分かったんだ?・・・あの部屋にいたのはフードの・・・・


「もしや虚実の加・・・」


 聞こうかと思ったが辞めておく。

 

 商人の勘が言っている聞いたら終わると。

 

「思ったよりお利口なんですね。さて本題ですが貴方の石鹸の製造方法と販売を金貨四十枚で買い取らせて頂きます」


 「買い取るだって!?金貨四十枚は大金だがあれはもっと金を産む!そんな端金では売れない!!」


 咄嗟のことで相手が貴族であるというのも忘れて声を荒げてしまった。だがエドワードは笑みを崩さない。


「何を言ってるんでるんですか?貴方は騎士爵家のユウリ君から知っていることを聞き出して私利私欲を肥やしているでしょう?開拓村ならお金には困っている筈でしょうし製法をその家が知っているのなら有力貴族とのパイプも出来た筈、貴方はその領地を食い物にしたんですよ?何を偉そうに」


 そう言われた時にふと私に大量に砂糖を売った友の顔が浮かんだ。

 私は同じなのか・・・?そう思ったら石鹸で大金を儲けることなど考えられなくなった。そしてエドワードは首を傾げている。


「あれ?これは気づいて無かった様だね。悪いことをした、お詫びにオラフが石鹸を売りたくなったら卸してあげますよ。

クリフ、宿までお金を持って送ってあげてくれるかい。ユウリ君か・・・面白そうだ」


「分かりました」と一礼をするフードの男に連れられ部屋を出る、その時エドワードが「おしゃべりは長生きできないよ」と一言発した。


 何も考えられなかった。自分を騙した男と同じだなんて思いたくなかった。宿に着くとフードの男が「悪いと思ってるなら開拓村に物を売りに行ってやれ、下手すれば物流が停滞し物資の不足した辺境は行商人のカモにされるぞ」私はそれを聞き直ぐに東部に戻った。


 馬車を買い傭兵を雇い、不足無く皆が生きられるように荷物を開拓村に持って行き適正価格で売ることに努めた。薄利でも安定して供給し足元を見た商人が出ないように過不足無く。


 償いなのか自己陶酔なのか。


 そんなある日、ユウリ様がやって来た。


「オラフ手配して欲しいものが有るんだ」


 そう言って大きな袋と紙を手渡された紙には釘から始まり道具、ベッドまで大量の注文が聞けば宿を始めるという。

袋には金貨が十枚とフォースベアの毛皮に魔石子供が自由に使えるお金ではない。それにこの地で宿何て上手く行くと思えない・・・だが・・・この人なら、そう思い受けることにした。


「畏まりました!このオラフ全て揃えて見せましょう!」


 温泉宿は当初予定していたより大きくなりその為の資材も必然的に増えていく最初預かった資金では足りない時がきた。

 だが私は「まだ足りてますよ」「儲けさせて頂いています」と嘘を吐き続けた。


 物資を仕入れに東部の伯爵領に来ているとあの男に会ってしまった。私を騙した男だ。

 男はようやく会えたと。オラフすまない・・・どんな償いでもする・・・と泣きながらずっとその言葉を呟いていた。

 不思議と怒りは無かったその男がボロボロの服を着て外套でそれを隠していたのが分かった。

 

 哀れみなのだろうか。それとも優越感なのだろうか。


 私は男を落ち着かせ何故あんな事をしたのか聞いた。

 男は結婚して子供が出来ていた。そしてその子供が難病であり長くは生きられないと知った。


 このご時世どこにでもある話だ。皆が自分に降り掛かるまで可哀想で済ませてしまう、何処かで自分じゃ無くて良かったと思うありふれた話だ。


 そこに商人がやって来たと、海の向こうで出来た新薬だと希少なのだが貴方には特別にと、そして男は私から金を持っていき薬を手に入れた。

 

 だが都合のいい奇跡なんて起きるはずがない。都合良く薬が手に入る、そんな奇跡は起きなかった。子供は死に嫁は心労で倒れ財産も失い、遂には嫁も失ったと。


 私には何故かこの男が責められなかった。気にしなくていいと宿代を払いこれで服を買うんだとお金を渡しその場を後にした


 自分より不幸な者を見て安心したいだけなのかもしれない。

 

 そして私は村に戻った、ミランダ様に屋敷に来るよう呼ばれた。


「オラフ、アンタに聞きたい事がある」


 そうミランダ様は告げるといつの間にかハルバードを首筋に当てられていた。


「あの規模の工事が金貨十枚で済むはずがない、アンタ何処の回し者だい?」


 私は意を決して全てを話した。もしもこれがスカーレット家の財産である知識なのだとしたらミランダ様に・・・それとも全てを話した事でウォード家に殺されるかもしれない。そう思っていたがミランダ様はため息を吐くとハルバードを下ろした。


「何だいそんな事かい、もう行っていいよ。ウォード家との事もアタシに任せな!アンタはウチのお抱え商人みたいなもんだからね!」


「ですが私は・・・」


「ならユウリに話して来な!ユウリから聞いたんだろ」


 私はユウリ様に実は資金を私が出していた事をまず話した。


 許されたいからなのか狡いと分かりつつも言い訳を先に言ってしまう自分が酷く矮小な人間に思える。


「それはすみません!気付きませんでした。温泉を軌道に乗せ必ずお返しします!」


「違うんです!実はそのお金は・・・」


 言葉を言い淀んでしまう、温泉宿を一丸となって作るのは楽しかった。若がえった気がした。まだ関わりたい、その思いが次の言葉を出させないでいると。


「ああ、資金を石鹸の製法で賄ったのですか?」


 唐突な言葉に心臓が止まったような気がした。


「ユウリ様知っていて・・・?」


「勿論です、あんな分かりやすい芝居、子供でも気付きますよ?それにあれを流したのは考えあってのことです」


「考え・・・?」


 何を言われているのか理解できていなかった。


「あの時村では商人が足らず物資の不足が深刻でした。その為早急に新しい商人が増えるか既存の商人で詐欺を働かない商会に大きくなって貰う必要がありました。その為手っ取り早く製法を売って貰って大きくなって欲しかったんです」


 ユウリ様はイタズラがバレた子供の様に気まずそうに話している。


「まさか実際に作りに王国西部まで行くのは誤算でした、もしオラフが戻って来てくれなければと思うと・・・それにしてもオラフは真面目ですね、商人はもっと強欲なのかと思ってました」


 それを聞き私の今までの悩みは何だったのかと怒鳴りたい気持ちも出たが私は今お金をある程度持ち、道中も傭兵を雇い安全に移動できていて村人には感謝までされている。


 私は騙されたが救われてもいるその事で微妙な顔をしているとユウリ様が口を開いた。


「オラフ、三方よしという言葉を知っていますか?商売において俺が好きな言葉なのですが、売り手によし、買い手によし、世間によし、」


 私は意味が分からず首を傾げるとユウリ様が説明を続ける


「簡単に言うと買い手と売り手両方幸せなのは当然として世間も幸せならなおいいよねって事なのですが、これも途轍もなく変則的ですが製法を売ったオラフも幸せ、買った人も儲けてるだろうから幸せ、世間、この村もオラフが誠実な商売をしてくれて幸せなのですから三方よしと言えるでしょう」


 なので気にしなくて良いんですよ。俺に騙されただけだからねとユウリ様は言う。

 

 気を使ってそう言ってくれただけなのか本当に計算ずくだったのか私には分からない。だが胸が軽くなった気がした。


 私は私を騙した男にもう一度会いに行った。そしてその男を雇うことにした、理由はその男が食品の目利きと効率のいい配送をルートを作成するのが得意だからである、私が儲かる為に働いてもらうことにした。そしてその男も過去を清算し生活が立て直る。村にも新鮮な食品を選び運べる。これも三方よしなのだろうか?何か違う気がするがまあ良しとしよう。


 そして今に至る。


 昔を思い出していると目の前にユウリ様が来ていた。


「オラフ沢山売って村に税金を納めてくださいね」


 この人は必ず何かを成し遂げる。


 その時に支える商人は私でありたい。


 その言葉に私は答える。自信を持って。


「勿論ですとも、私は大陸一の商人になりますからな!」

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