騎士爵領立志編2ー3


 あれから一週間、日が沈み当たり一面を月が照らし始めた頃、王国から砦への輸送隊が村に到着した。


 輸送隊は総勢五十人の大所帯で今までは二十名程度で行っていた輸送ではあったのだが度重なる野盗の襲撃の為、国軍士官の交代が滞っていたそれにより下士官クラスが多くなっている。


 村の入り口で停止している輸送隊の書類の確認と滞在許可を出す為、母様と輸送隊の元を訪れた。


 輸送隊から黒色の軍服を着ている壮年の男が近づいてくる。


「ミランダ卿ですね、私は王国陸軍第三師団所属クリフ大尉です。村付近での野営の許可を願います」


「滞在を許可する、だが野営は不要だよ!ユウリ宿に案内してあげな。アタシも一働きしてくるかね」


 母様はそう告げると「頑張んな」と小声で俺に告げると屋敷に戻っていった。


「スカーレット騎士爵家嫡男、ユウリ・スカーレットです。クリフ大尉殿案内させていただきます隊の皆様、荷も一緒にどうぞ」


 輸送隊の中で「野営しなくていいのは助かる」や「開拓村じゃ野営と変わんねえよ」「柵の中で野営できるだけでありがたい」といった声が聞こえる。


 ユウリの案内でクリフと輸送隊は温泉宿に向かい始める。

温泉までの道は村の広場から10分程歩いた位置にありまだ土を踏み固めただけの道でしかない。 


「そうだ、ユウリ殿私は平民出身ゆえ、クリフと呼び捨てて頂いて大丈夫です」


 クリフは何処か心配そうな表情でそう告げるがユウリには理解し難い事であった。 


「それはどの様な意図でしょうか?別の指揮系統に所属する方には階級に関わらず礼節を持ち接するべきだと思いますが?」


 クリフは少しの驚きを持った後、国軍についての説明をし始めた。


「ユウリ殿、国軍の上層部に平民はほぼ存在しません、加護の優劣も有りますが領主貴族が平民の指揮に従うことなどあり得ません、ですので軍務を円滑に進める為にも佐官以上はその殆どが貴族で埋められております」


 成る程、軍の階級での上下の前に、貴族で有るかどうかが判断に入って来るのか。平民としては階級が高いクリフは誤解を招かぬように敬称を省いてほしいという事であった。


 温泉宿が見えてきた時に輸送隊の面々から「屋根付きかこれはありがたい」「俺の村の領主の屋敷よりでかい!」といった声がでる。


 本番はここからだ、たっぷりと温泉を堪能してもらって砦での宣伝とリピーターになって貰う!!

 宿の前には既にマイクさんが待機している。


「マイクさん、こちらは輸送隊隊長のクリフ。輸送隊の人数は五十名、案内いを任せるよ」


 マイクさんとクリフはお互いに挨拶をすませている。

 物資を併設されている倉庫に入れた後マイクが部屋まで案内し食事を先にすませてもらった後、温泉に案内する予定である。


 宿に入ると受付がありその隣にはオラフの商店がある。

 これはオラフに投資して貰うに辺り宿のスペースをその対価として三年契約で貸し出した為である。

 オラフはいつもの笑みを浮かべながらも興奮した様子で話しかけてきた。


「ユウリ様、このオラフ必ずやこの宿を王国一いや!大陸一の宿にして見せますぞ!」


 当初オラフはこの商店で傷薬や衣服、保存食を売ろうとしていたのだがこれでは駄目だと悩んでいたのでトランプ、リバーシ、ダーツなどの話をした所どれも聞いたことが無いと興奮しそれ以降この調子が続いている。


「大陸一を目指してくれるのは良いんだけどその前に今日を乗り切らないとだから頼むよ」


「勿論で御座います!このオラフに抜かりはありません!ではユウリ様私めは売り込みの為にまだ準備がありますので」


 オラフは軽快な足取りで商品の確認に向かった。

 変わりにマイクさんが部屋への案内を終えたようでこちらに小走りで向かってきた。


「ユウリ様お部屋への案内が終わり私はシズクちゃんと料理の仕上げを、村の人達には出来次第料理を運んでもらおうと思います」


 マイクさんは料理担当も行っていて元傭兵であるが二十歳を過ぎてから始めたらしく、それまでは実家の料理屋を手伝っていたとのことで料理の腕はこの村の誰よりも良い。最近は村の奥様達が相談に押しかけるほどである。


「マイクさん料理は任せました、俺は温泉の確認をしてきます」


 東棟の温泉施設に来るとマイクの奥さんとブレンダが湯加減などの最終チェックに入っている。


 奥の部屋で湯を加熱していた母様がちょうど出てきた所でこちらを見つけて歩み寄ってくる。


「ユウリこっちは完璧だよ、それにしても直前に温める事に意味があるのかい?」


「母様お疲れ様です、炭酸は一時間に10%程抜けていってしまうのです、温度を上げると更に抜ける量が増えてしまうのです」

  

 母様は納得したのか俺の頭を片手で撫でるとなるほどねっと出て行く屋敷に戻るのだろう。

 遠目にマイクさんの奥さんとブレンダがこちらを見ながら話していたかと思うとブレンダがこちらに駆けてきた。


「ユウリ様、護衛をします」


 唐突な発言に意味がわからず一瞬固まるとブレンダの後ろからマイクの奥さんが補足を入れてくれる。


「ユウリ様ブレンダちゃんはユウリ様の温泉での仕事を見て覚えたいそうよ」


 ブレンダがこくりと頷いた。


「何だそう言う事だったのか、良いよじゃあ行こうか」


 ブレンダと二人で西棟の宿泊施設に向かう、途中でオラフの商店に差し掛かった時ブレンダがリバーシを横目に見ているのに気づいた。


「そうだ、ブレンダ食事が終わるまでまだ時間があるし少し休憩をしないか?」


「休憩ですか?私はまだ大丈夫ですが?」


 良いから良いからっとオラフが購入前に試せる様にフリースペースを作っていたので席を借りて遊んでみる。

ルールを教え1回目角を埋め殆どを埋め切った。


「あ・・・置ける所がありません・・・」


 悲しげな子犬の様な顔をしているブレンダを見ると少し可哀想な気もしてくる。もう一度やる?と聞くと食い気味に「はい」と答えた。それから30分程度遊び5回目に形勢は逆転されていた。

 

「ユウリ様降参ですか?」


 何故だ・・・角は3つ持っているのに置ける場所が無い・・・


「参りました・・・」


 そう言うとブレンダは何処か嬉しそうに微笑んでいる。


「あ、ユウリ様にお姉ちゃんリバーシしてるの?」


「今ブレンダと休憩も兼ねて勝負してた所なんだ、シズク食事はもう終わりそう?」


 シズクは嬉しそうに語り始める


「はい!皆さんとても美味しいと喜んでくれて今から温泉にに移動し始める所です」


 今から温泉か、ならそろそろ準備した方がいいだろうな


「シズク、マイクさんと奥さんにサウナの準備をお願いと伝えてくれるかい、シズクは村の人達とその間に片付けとベッドメイキングを頼む、ブレンダは俺に付いてきて」 


  シズクは「分かりました!」と素早く駆けていく。ブレンダは「はい」とは言ったがリバーシが気に入ったのか少し残念そうにしている。


 ブレンダと調理場に入り奥の保管庫から瓶を5つ取り出す10リットルは入るであろう瓶には液体が入ってる。


「ユウリ様これは?」


 「これはねジンジャエールのシロップなんだ。試しに飲んでみてよ」


 不思議そうにこちらを見ているブレンダを横目にコップにシロップを入れ炭酸水で割るそこに冷却の刻印の彫られた魔石に魔力を込め氷代わりに入れ完成、冷えるまで1分程置きブレンダに差し出す。


「魔石は飲んじゃダメだからね」


 と冗談混じりに手渡すと少し躊躇しながらもブレンダは口を付けた。


「甘くてスッキリして美味しい」


「でしょ美味しいんだよね。じゃあブレンダ奥に空の瓶が有るから今の手順でまず五つ分作ろうか」


 完成したジンジャエールをオラフ商店のフリースペースの近くに置く、価格は一杯銅貨二枚原価ギリギリでは有るが今日は宣伝目的なのでそこは割り切っていく。


 オラフがどうしてもと試しに一杯飲みこれも扱いたい!と言い出したがまた今度話そうと棚上げしておいた。


 温泉からクリフが出てきて宣伝も兼ねて丁度良かったので無料で一杯勧める。


「クリフ、ジンジャエールって言うんだけど良かったら一杯飲んでいってよ」


 クリフは少し困った顔をしたが飲んでくれた。その様子を他の兵士も見守っている。クリフは飲み始めると一気に飲み干した。


「美味い!もう一杯貰えますか?」


「銅貨二枚になります」と返すとクリフはやられた!という顔をしたが直ぐに部屋から財布を取ってきますと言うと走って行った。


 それを見ていた他の兵士が「ちょっと俺も財布取ってくる」と言うと「私は財布持ってきてるから一杯頂戴」と女性兵士が声を上げる。


 その後も順調に売れ予定していた分を売り切ることができた。一安心しているとブレンダが話しかけてきた。


「ユウリ様今度シロップの作り方教えてください」


 余程気に入ってくれたみたいだ。そう言えばリバーシも楽しんでたみたいだなと思い出し 


「いいよ、今度教えるね、その後またリバーシをしよう」


 そう言うと「はい」とブレンダは答え、片付けてきますねと瓶を抱えて何処か嬉しそうに走って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る