騎士爵領立志編2ー2

 ハインツがこちらを向き挨拶をしてくる。

 

「ユウリ様お久しぶりです、ミランダ様がパンケーキなる物を食べて見ろと言われましてな、いやあコレは美味い!小麦の粉を焼いたものは食べたことがありますがもっと薄くずしりと重いものでその時は王都の名店でして・・・」

 

 最初こそこちらを向き話していたが途中からパンケーキを

綺麗に小さくカットし少量ずつ口に運びながら早口で自分の世界に入ってしまった。

 

 従士長のハインツは体の線は細く金色の髪に金の瞳、伸びた髪を後ろで纏めている。ハインツは身長も高く顔も良い歳も三十五歳で落ち着いている。この為女性にとてもモテるのだが、自分の世界に入ってしまう癖の為に長く付き合いが続かないようだ。


 その様子を見て従士のブレンダがハインツに苦い表情をする。

 

 ブレンダは長い黒髪に青の瞳、今年十八になりシズクと同じく隣国の奴隷だった所を十三年前の戦争集結の年に母様に助けられたと聞いた。シズクの母親に良くしてもらったらしく、死の間際にまだ二歳だったシズクを託され妹の様に可愛がっておりシズクもまた姉と慕っている。


「従士長、ユウリ様がお話になっているのですよ?その様な態度はいかがなものかと」


 ハインツは自分の世界に入って聞こえていない様だ。

 ブレンダは無表情であるが少し怒っている気がする。


「ブレンダありがとう、そういえばチェスターは戻ってないの?」


 チェスターは従士の一人であり畑を手伝ってくれているデュークとマヤの父親である。


「チェスターさんは料理長の裸を見て殴られた事により足を挫いてしまった為、砦で待機しています」


 ゲホッゲホ母様が盛大に紅茶で咽せている


「何言ってるんだい!砦の料理長は筋肉自慢の見せたがりの男だよ?なんでそれで殴られるんだい」


「ああ、その件ですか」


 ハインツがいつの間にか自分の世界から戻っており説明を入れる


「チェスターが言うには酔っ払って厨房に入りツマミを探そうとした所、中で女が着替えておりそれで殴られたと。

 ですが廊下に居た兵士の話しではチェスターが厨房の扉から吹き飛ばされて出てきた所で何事かと声を掛けようとして

近寄ったら中から包丁を持った料理長が出てきたと言う証言を得ています。

 料理長からもお詫びがてら話を聞いた所、新作の試作中の料理を食べられ殴ってしまったと聞いております」


 なるほどねそれで両方の発言が混ざってそんな噂になったと。真実はそんなものか。


 ブレンダが横目でホットケーキをチラチラ見ているのに気づいた。甘いもの確か好きだったよな。

 

 「良かったらブレンダも食べてよホットケーキっていうんだけどさ、村の炭酸水を使って作ってみたんだよね」


 ブレンダに座るよう促しホットケーキを食べてもらう。

 一口食べてブレンダがいつも通りの口調で話す。


「これは美味しいですね。」


 少し微笑んでくれてる気がする。


 反応を読み取ろうとブレンダをじーっと見ていると不意にブレンダと目が合った、少しすると急に目を逸らされた。


「すみません。まだ報告の書類を作らなければいけないのでお部屋で頂きますね」


 ブレンダはそう言ってパンケーキを持ち席を立った時、シズクがお茶の準備を終え入ってきた。


「お姉ちゃんお帰りなさい!今お茶を入れるね」


「ただいま、シズク悪いのだけどお茶は部屋までお願いして良いかしら?まだ報告書が出来上がっていなくて」


「いいよ」とシズクが答えるとブレンダは「ありがとう」とパンケーキを持って部屋に向かった。


 母様は何が面白いのか口に手を当て笑いを堪えている。


「素直じゃ無いねえ、ユウリまだパンケーキを焼けるならアタシの分を頼むよ」


「分かってるよ母様ちょっと待ってて下さいね」


 母様と自分の分のパンケーキを焼き席に着くとハインツが今回の演習の報告をしていた。


「今回の長期演習で参加した東部貴族家の保有戦力はやはりばらつきが酷いですね」


 母様はパンケーキを食べながら続けてと目で促す。


「公国と隣接している東部最前線は加護持ちか戦場慣れした戦争の成り上がりもとい新興貴族が多いのですが、問題は戦争前の最前線と今の国境付近の間にある我々の後詰めとなる領地が宮廷貴族の利権で埋められ戦えそうなのが居ないのが痛いですね」


 「最悪の状況はアタシらが戦ってる内に防衛ラインを後方に引き直される可能性があるってことかい」


 ハインツは眼鏡の手入れをしながら続きを話す。


「そうならない為の砦の大規模改修なのですが万が一の時はそうなりかねません。後は手紙にあった温泉宿の売り込みの件なのですが砦の責任者である、ジオ伯爵が一度説明に来て欲しいとの事です」


 ガタッ、ハインツの言葉を受けユウリは勢いよく立ち上がった。


「これは予定より良い手応えですね!こうなったら早めに出発しなくては」


 一人で盛り上がるユウリをハインツが諌める。

 

 「ユウリ様少し落ち着いてください。出発は一週間後になります、実は最近砦への物資輸送路で野盗が出没していて砦に輸送されている物資が略奪されているのです。それを受けて一時的に新しいルートとしてこの村を経由して物資を送る事になりました」


 国の輸送隊を襲うなんてリスクを野盗が取るのか?それに砦には国軍が詰めているはず。


「ハインツ、討伐出来ない理由があるのですか?」


 ハインツは一枚の書類をテーブルに置き口を開いた。

 

「討伐部隊は三度も送られているのですが野盗が居ると思われる場所で捜索を行っても発見する事が出来ないのです」


 書類を確認すると三度に渡り二百人規模の討伐隊が組まれ更に捜索隊も騎馬で組まれている。


「これは変ですね、ルートを変えるほど長期で襲われているならその物質は何処で捌いているのですか?貯め込んでいるのなら隠れるのは難しくなり発見される筈ですよね?」


 母様は考えが纏まった様で少しの怒りを滲ませている。


「アタシが思うに野盗の協力者が貴族に居るか、貴族自体が野盗を主導している可能性が高いね」


 母様の発言にハインツが頷く。

 

「ジオ伯爵もその可能性が高いと見ています。捜査を続けていますが貴族家が関わっている可能性が高い事から加護持ちが居る事を考え、戦力としてミランダ様にも来て頂きたいと」


 母様は納得いったのか気を落ち着かせようと紅茶を飲み始めていた。


「その報酬も兼ねて温泉宿に協力するとそういう事だね、ならここは頑張らないとね!ハインツは村を頼むよ。アタシは護衛としてブレンダを、伯爵への顔見せと温泉の説明の為にユウリを連れて行ってくる」


 一週間後かギリギリだが宣伝の為に少し準備しておかないとな。オラフはまだ遠くまで行って無いはずだ追いかけて追加の物を頼まないとだな。



 スフィーダ王国謁見の間


 エドワード・ウォードは東部の査察を終えて報告の為に国王との謁見に臨んでいた。謁見の間は広く戦争終結の折りには勲功授与式に二百からなる人が入った程だ。

 天井は高く中央はガラス張りになっており灯り神々しいまでの光が差し込んでくる。


 そして玉座には頬杖を付き報告書と思しき紙の束を持ち王冠を被る男が一人。

 国王ルイス・スフィーダ、年は50を超え髪は白い、だが体は引き締まっており金の瞳は未だ鋭く武人としての光を灯している。


「エドワードよ今回の査察はいかがであった」


 エドワードは片膝を付き胸に片手を当て頭を下げる最敬礼で答える。


「報告書にも記しました通り、戦争より十三年経ちましたが今だ東部最前線は土地が芳しくなく支援が必要な状態となっておりました。」


 国王は煩わしそうに手を振る


「そちらでは無い、人払いもしてあるのだし分かってやっておるな、それとその堅苦しい敬礼もいらん」


 エドワードはいつもの微笑みを顔に浮かべ立ち上がる


「では本題を東部前線の村で面白そうな子供を一人見つけたので学院に来るように勧めておきました」


 国王の表情に変化は乏しいが眉が少し動く


「エドワード、お前が面白いなどいつぶりだろうな、他のものは縁だのコネだので推薦して来おる。その者は何処の貴族だ?」


「スカーレット領の嫡男に御座います」


 無表情だった国王の顔に笑みが浮かぶ


「ほお、スカーレットというとあの女傑の子供か楽しみだな出来れば側妃にしてあの加護を王家に取り込みたかったが」


「御言葉ながら国王様の女好きも程々になさいませんと後ろから刺されますよ?」


 ハッハッハと豪快に国王が笑う。

国王の笑いは謁見の間に響き渡り政務での国王しか見ていない者であれば驚愕したであろう程楽しそうにしている。


 「お前も言う様になったではないか」


 一頻り笑い国王は満足し真剣な顔に戻る。

 

 「停戦が切れれば公国は動くぞもう時が無い、お前も来年からは学院に教師として赴任し次代の戦力を鍛え上げよ」


 国王は敵を思い出してか体に少し力が入り魔力が溢れる、それだけで大気が軋む様な錯覚を覚える程に濃密な魔力だ


 エドワードが笑みを消し国王に一礼する。


 「王命承りました、後補足なのですが面白そうだったのでその少年に経費として預かりました金貨を全て渡しておきました。つきましては追加の予算をお願い致します」


 国王はふっと軽い笑いを堪えて体から力が抜けた為に溢れていた魔力も収まる。

 

「分かった。財務卿にはこちらから連絡を入れておく明日には支給されるであろう。財務卿の慌てる顔が目に浮かぶな、下がって良いぞ」


 エドワードは謁見の間を後にした。

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