騎士爵領立志編2ー9

 ターナー卿とペレス卿が出ていった後、ジオ伯爵が母様を見ながら盛大に息を吐き出した。


「ふうー寿命が縮むかと思ったわい。ミランダ殿も成長しとるんじゃな、昔ならあの男殴っておったじゃろう?」


 母様は顔に不快だと書いてありそうなくらい一目で見てわかる程苛立っている。そのまま空いているソファーにドカッと座る。


「ジジイ、アンタが一言も話すなって言ったから黙って聞いてたが最後はヤバかったね、十年前のアタシなら殺してたよ!」


 母様は感情が昂ると伯爵をジジイ呼ばわりしてしまう様だ。


 伯爵は「死人が出なくて良かったわい」と肩を竦めた。


「そうじゃそこの従士のブレンダ殿だったかな? 執務室に一人の男がおる呼んで来てくれんか?」


 ブレンダは伯爵に声を掛けられこちらを見た、俺が頷くと

「承知致しました」と部屋を出て行く。


 伯爵はその様子を見て「ユウリ君の方が貴族っぽいのう」と笑っている。


 俺は伯爵と母様の様子から、考えていた疑問が深まっていく。現状の確認の為、伯爵の座っているソファの対面に「失礼します」と座る。


「伯爵、ターナー男爵領に捜索隊を送ったと聞きましたが報告などは来ているのでしょうか? 」


 伯爵は首を横に振り腕を組んだ。


「まだじゃのう、どれだけ早くても明日の夕刻か明後日の明朝までは報告には来ない筈じゃ」


 「伯爵、一つお尋ねしたいことがあります。マヤとデュークはされたのですか?」


 伯爵はそれまでの笑みが消えこちらの目を正面から見てくる。今までの好好爺とした態度など最初から無かった様に、全てを見透かす様な眼で・・・これが貴族としての姿なのだろう。


「どういう事じゃ? 何故そう思ったか聞いても?」


 一度深呼吸し正面から伯爵の目を見返す。


「分かりました。少々長くなりますがご容赦ください」


 母様が立ち上がり先程迄の怒りは消えたのか口元に笑みを浮かべ隣に座った。


「アタシも全てを聞かされてるって分けじゃ無いんでね、話に混ぜて貰うよ!横から口を挟んで悪いんだが、シエナの昨日の行動から教えてくれるかい!昨日アタシが見た時は補佐官はシエナじゃ無かったんだろう?」


 母様の疑問は最もである、入れ替わる瞬間に居合わせたのは俺なのだから。


「先ずシエナの目的を確認しましょう。

 シエナの目的は伯爵の殺害、これは行動からも確実でしょう。手段は毒殺でしょうね、警備の兵にも毒が使われていました」


 母様は「その線しか無いだろうね」と頷く。


「では本題のシエナの昨日の動きと動機について推測を交えながら話します。これは今日、シエナ自らが時間を掛けて準備した料理長という毒殺に向いている立場を捨て自ら乗り込んで来た事で推測した物です」


 伯爵が手で続けてくれと促して来る。


「俺と補佐官殿・・・紛らわしいのでエリーと呼びます。俺とエリーは食堂で、チェスターに絡まれている料理長に化けたシエナに会います。

 チェスターは料理長は女だった気がすると絡んでいた件で噂になっていたのはご存知かと思います。この事でシエナは身動きが取りにくくなっていました。

 何処に行っても噂の所為で注目されるのです、人の記憶にも残りやすくなっており下手に動けなくなっていたんです」


 母様が顔に手を当てため息を一つ吐く。


「酒癖の悪さで奇しくもシエナの邪魔をしてたってわけかい」


「はい」と頷き母様の意見を肯定する。


「シエナは焦れていた筈です、このまま時間を掛ければ任期が終わり交代させられてしまう。そうなれば次の人に化ければ料理長は行方不明になってしまう。

 かといって一般の兵士に化けた所で伯爵には近づけない、ここに降って湧いた様な幸運が訪れます」


 母様が気づいた様で目を開く


「厨房前での話の内容ならチェスターから報告を受けてるよ!補佐官なんて伯爵に簡単に近づけて二人になりやすい。

 カモが来たってわけだね!チェスターの弱みまで分かって更に弱みのいる場所までこれから行く所なんて偶然、アタシでも飛びつくね!」


 伯爵は表情一つ変えない、この辺りは推測していたんだろう。


「そこでエリーに成り替わります。頼みたい事があると呼び出しエリーを拉致、この時点ではエリーは生きていた筈なので試食とでも偽って薬で意識を無くさせたんでしょう。

 そして樽を二つ積み込ませ拉致の準備を整えます、二人の拉致を実行したのは、脅迫してチェスターに伯爵を殺させようとしたか拒否すればチェスターを殺す為の人質にする為でしょう」


 母様が想像したのか少し苛立ちながら納得してくれている。


「確かにシエナの腕じゃあ、チェスターが足を怪我しようが酒に酔っていようが殺せないだろうねぇ」


やはりチェスターってそんなに強いのか、飲んだくれてるイメージしか無かったからか実感が湧かない。


「シエナは輸送隊と村に向かいます。ここは完全に想像になってしまいますが・・・」


 その時、扉が開きクリフとブレンダが入って来た。

伯爵がクリフを手招きし自分の隣に座る様に促す、クリフは一礼すると「失礼します」と腰を下ろす。


 クリフが座ったので、俺はブレンダに隣を指差し座る様に促す。ブレンダは一瞬躊躇ちゅうちょしたが「失礼します」と隣に座る、母様が腕をソファーの背もたれに広げている為、三人座るとブレンダの腕に肩が密着してしまう。ブレンダが「や・・やはり後ろで控えています」と急ぎ後ろに立った。


 クリフがその様子を見て口元に手を当てて軽く笑っている。


「失礼、輸送隊に関しては私の隊が同行したので私が話しましょう」


 クリフが話してくれるなら有難い、伯爵は最初からそのつもりでクリフを呼んだのだろう


「砦を出発し、シルワ村に着くまで変わった所は有りませんでした、ですがシエナの吐く言葉が嘘まみれなので警戒をしておりました。

 私は虚実の加護を授かっており、対象1人が嘘をついているのかを判断する事が出来ます」


 オラフから推測ですがと、前置きされ聞いていたがこうして直に聞くと破格の性能だな、ウォード侯爵系の私兵と聞いていたが納得だ。


「ユウリ殿はオラフから聞いて居たのですか?」


顔に出ていたか?加護だけじゃ無いなクリフは洞察力も高いのかこれは嘘を付かなければ誤魔化せるって訳ではなさそうだ。


「オラフからは道中での不自然さから面識があると思い、先程俺が強引に聞き出しました。ですので何か不都合があれば俺にお願いします。」


 クリフは何が面白いのか軽く笑う。


「ハハハッ、ユウリ殿、貴方は本心でそれを言っている様だ。気にしていないので大丈夫ですよ、ミランダ様には村に着いた日にはバレてましたから、寧ろ今まで黙って頂けていた方に驚いています」


 母様が心外だと言わんばかりにため息を吐くと


「他人の加護なんておいそれと話すもんじゃ無いんだよ! それで殺し合いになったのも傭兵時代に見てるしね!

 それにクリフ!もうちょっと加護を上手く使いな、アタシの知ってる奴は発動時の魔力の揺らぎをもっと上手く隠すよ!それじゃあバレて当然だよ! 」


 魔力の揺らぎか訓練すれば分かる様になるのだろうか?そんな事を考えているとクリフはこめかみに手を当てて呆れていた。


「感知なんて出来るのは先天的に適正がある者かAランク以上の化け物だけですよ、それに加護を使った事を隠蔽出来る者なんて数える程しか居ませんよ」


 Aランク以上だって! 母様強いとは思っていたけどそれ程だったのか・・?イノリの発動を伯爵に感知されたのはまさか伯爵もAランクなのか?伯爵を見ると目が合った。


「儂は前者じゃよ、生来臆病なものでのう、勘が鋭いんじゃ、大した腕は無いんじゃが何とか生きておるよ」


 クリフが「では続きを話しますね」と脱線した話を戻す。


「私は村に着きシエナを警戒していました。翌日明朝に二人の子供を民家の裏に呼び出していました、前日に父親に会いに行こうお父さんからあなた達に会いたいって頼まれた、と吹き込んで居たのを尾行していた部下が確認しています。

 日帰りですむからと甘言に惑わされだようで、殺される心配は無い事から二人が薬を飲まされ樽に詰められた後、私がシエナを呼び出し部下に子供の代わりに袋に石を詰め入れて置くよう指示を出しました。

 二人は村に居ますのでご安心ください」


 二人は無事だとは考えていたが実際に聞いた事による、安堵に胸を下ろす。クリフはその様子を見て軽く微笑んだ。


「砦に戻った私は急ぎ伯爵に報告、対策として補佐官がシエナであることのみミランダ殿に伝え確保して欲しいと要請、シエナには11時頃執務室に来るようにと伝えました」


 クリフは喉が渇いたのか冷めているであろうティーポットからお茶を注いだ。

 

 「ですがこの間にシエナがフードで顔を隠した何者かと接触その後その者はターナー卿とペレス卿、それに二人の私兵のいる部屋に合流したとのことです。

 シエナを手引きした者の尻尾を掴む為に、ターナー男爵領への強制捜査の部隊を出す一環としてチェスター殿に事情を説明し賓客扱いを了承頂きました。そして手を出されたという建前で貴族の面子を旗印にシエナを拘束でき次第、即時出発させる準備を整えていました」


 クリフは次の言葉を言い淀み苦虫を潰したような顔になる、伯爵も唇を噛み悔しさを滲ませている。


「なるほど、伯爵達に想定していない事がおきたんですね、子供達が居ない事がバレてしまった」


 伯爵は目を伏せる。


「思ったよりシエナは慎重なタイプだったのでしょう、直ぐに子供を確認し居ない事がバレた。子供が助けられたにしろ逃げたにしろそのうち騒ぎになる。

 シエナは焦って自分で直ぐに手を下すしか無くなってしまった。補佐官では居られないからです。降って湧いた幸運とエリーに変装した事によりエリーの性格などを全く調べていなかった。この事は付き合いの短い俺でも違和感を覚える程でした」


 クリフが下を向き「私の所為です、不審に思われるのを避ける為、少人数の監視を遠目につけることしかしませんでした」クリフはこれによって引き起こされた悲劇を自覚しているのだろう。伯爵が「いや儂の判断ミスじゃ・・・」


「言い訳にすらならんのは百も承知じゃが・・・エリーは生命変換の加護を持っておったのじゃ、傷を負っても魔力で即時自動修復される。

 欠点は魔力消費が大きく燃費が悪い事だがエリーは生来、魔力が多くてのう。この加護で若くして補佐官まで上り詰めたんじゃ。儂は楽観視してしまった。傷を負っても耐えてくれると意識が無ければ発動なんて出来る訳ないのにのう・・・」


 俺なんかよりずっと付き合いも長かったであろう伯爵がエリーを犠牲にしようとしたなんて思わない。

 最善を求めた結果・・・ほんの少しのイレギュラーでこの結末を迎えたのだろう。シエナが慎重だったのか臆病だったのかこの一点の為に。

 次に活かす為、状況を整理していく二度と間違わぬ様に。

 

「シエナは11時といわれた事でそこで殺す事を決め逃走の為に準備を始めた。料理長の死体は隠されていた事から、殺すつもりならエリーはとっくに殺されていた筈です。

 急な事だった為、エリーをどう利用するか決めかねてまだ殺すつもりは無かったのでしょう」

 

 伯爵は顔に手を当てていた。


 「シエナはエリーを殺し騒ぎを起こします。騒ぎに乗じて三階の警備を殺し、発覚を遅れさせ伯爵を殺害。脱出する計画を急遽立て実行に写した。

 血が渇き始めていた事からも、直ぐに殺し、時間が近くなると奥の第一厨房の扉を開け料理人に発見させる、料理長に変装していた時に新作を作るから邪魔するなと念を押していた事から誰も奥の厨房に声を掛ける者も居なかったのでしょう」


 クリフは淡々と説明していくユウリを見て内心恐ろしくなる。

 (もっと取り乱すタイプだと思ったんだが・・・見誤った?いや成長したのか、要注意だな)

 


 こんな所だろうな、俺を含め皆が助ける機会は有った。でも気付け無かった。一つミスをするだけで誰かが死ぬ。このご時世、貴族や上に立つ者のミスは下の者を殺してしまう。


 母様が良く分かったよとこちらを見た。


「だからアタシと対峙した時あんなに焦ってたんだね、そしてハッタリをかましたら上手くいって気が大きくなったと」


 母様が悲しそうな顔を俺に向けた。


「どうかなさいましたか?」


 そう聞くと母様が言いにくそうに頭を掻き始めた。


「不甲斐無い親だと思ってね。ユウリの初恋の相手だったんだろ?あの補佐官の子すら守ってやれないなんてさ」


 急な母様の発言に混乱する、何故そうなった?


「母様会って数時間ですよ?これはそう・・・何なんでしょう?」


 自分でもよく分からない。友達、親友、姉、何か言葉を当て嵌めようとしてもどれもしっくりこない。


「ユウリそういうのはね!時間じゃ無いんだよ!まだアンタも子供だって事だねえ」


 ブレンダが後ろから「私は一目、様子を見た時からユウリ様の好みだと思っておりました。ユウリ様は二十歳以上の女性を目で追う癖が昔からあります」


 ブレンダの急な暴露に恥ずかしくなる。仕方ないだろ、こっちは前世が有るんだ。それを聞き母様が笑った「皆気づいてたんだねぇ」


 母様が立ち上がり胸の前で拳を握る。

 

「さてじゃあターナーの野郎をとっちめに行くとするかねぇ、見張りは付けてるんだろ?」


 母様を制止しようとすると伯爵の声が先に響いた。


「残念ながらターナー卿では無いのう、シエナと野盗を手引きしたのはペレス卿じゃな。そうじゃろう?ユウリ君」

 

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