第27話 また逢いたい5
やっと貯めた頭金で、小さな2階建ての家を手に入れ、入居してひと月弱、予定日よりかなり早目に子供を授かった。
嬉しかった。
でもね、とても悲しかった・・・・・
私たちの大事な宝は、少し早めに生を受けた。もう1つの大事な宝と引換えにね・・・・・
泣けなかったよ。涙も出なかった。
あまりにも、その悲しみが大きすぎて。
むくみが多少あった、血圧がちょっと高かったし、尿の出が悪かったが妊娠のせいと、気にもかけていなかったのに。
妊娠中毒ということだったよ。若いままで、きれいなままで、私と子供を残して里佳は突然、天国に旅立って行った。
里佳の所に行ってしまいたかった。でもがんばって生きたんだ。里佳とそっくりの可愛い子がいたからね。
悲しい思いをさせただろうな。
寂しい思いもさせただろうな。
母親がいないことでね。
父親として、母親の代わりも兼ねて精一杯出来る限りの世話をしてきたよ。夜泣き、おむつの交換にミルク、保育所の送り迎えともう大変だったよ。
私の仕事の帰りが遅かったので、ずいぶん寂しい思いをさせたんだろうな。
小学校の運動会や遠足のお弁当作り、寂しい思いさせないようにがんばったよ。中学の反抗期、学校に呼ばれて先生に注意され、初めて怒ったことも懐かしいな。
高校生になると食事に掃除、洗濯とずいぶんがんばってくれたね。本当に優しくて良い娘に育ってくれた。
23歳になったとき、家に彼を連れて来たときにはちょっと悔しかったよ。大事な宝を盗られちゃう気がしてね。
本人たちの希望でささやかな結婚式を行い、そして出産。とても心配だった。生まれてきた子供よりも、娘の元気な顔を見るまでは、もう心配でたまらなかった。
その孫ももうじき10歳になるんだよ。ほんとに早いものだなあ。娘が結婚してこの家を出てから、もう12年ほど経つんだねえ。
私と里佳が二人で過ごしたこの家。娘も可愛い孫を連れて、年に数回は訪ねて来るんだよ。独り暮らしを心配してね。
今年に入ってからは体調が悪くてね、特にこの2ヶ月ほどは家でゴロゴロさ。娘も心配して、今日もわざわざ電話してくれたんだよ。里佳に似て優しい娘だね。
「ねぇお父さん、一緒に住もうよ。いつまでも元気じゃないんだから。主人も了解してるんだよ」
「ありがとう。今年中はこの家で暮らしたいんだ。来年になったらお世話になるよ」
「うん、わかった、無理しちゃだめよ。なんかあったら電話してね。お父さん、必ずよ」
「ありがとう、大丈夫だよ」
優しい言葉、優しい気持ちが嬉しかった。でもこの家で終わりたかったんだ。里佳と過ごした想い出のこの家で。残された時間も、まもなく終わるから。
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