第16話 青い家6
この公園の前には大きな国道が走っている。いつもは夜になると、ほとんど通り過ぎる車はいない。ましてや雨の夜である。
いつもは国道を横切る時は、危険なので紐を手繰り寄せチビを抱き上げて渡ることにしている。
雨に散って落ちた桜の花びらが桜色の絨毯のように濡れて美しく光っている。豪華な絨毯に見とれた先生の手からチビをつなぐ紐が抜け落ちた。
お腹を空かせたチビが雨の中をひとりで走っていく。目指すのは、毎日、朝と夜に先生とボクのおいしいご飯をくれる優しいおじさんがいる、いつものあのお店だ。
今日は1日ずっと前から雨降りで、夜ご飯の時間にも先生が雨の様子を見ていたから、夜ご飯がまだなんだよ。
だからね、とってもお腹空いちゃったんだ。先生、早く、急いで行こうよ。ボク、もうお腹ペコペコなんだよ。
真っ暗な国道の闇に突如ライトが浮かんだ。
ひとりで道路を横切ってはいけないと何度も教えてくれた先生の注意をつい忘れ、はしゃいだチビが道路に飛び出した。
「チビ! あぶない、止まりなさい!」
目の前に近づく車のライト。先生は握っていた傘を投げ捨てて道路に飛び込み、チビを突き飛ばした。
「ガンッ!」
鈍いがかなり大きな衝撃音を雨音が消していく。大きなトラックは、まるで何も無かったかのように闇の中に消えていった。
公園内の前には大きな国道が走っている。道路の向かい側には、先生がいつも利用していたコンビニがある。
先生とほぼ同年輩と思われる店長は、いつも先生が買うお弁当やパンを値引きしてくれる。
雨降りの夜、お客も少なくて、店長はのんびりしているかもしれないが、店の明かりが煌々と輝いている。
冷たい雨に黒く濡れた国道がコンビニの店の明かりで鈍く光っている。雨に散った桜の花びらが、国道の隅に春を待つように静かに吹き溜まっている。
道路の片隅で冷たくなって動かないものが、桜色の吹き溜まりを薔薇の花のように紅く染めていた。
いつものように、いっぱいなめた。
いつものように優しく微笑むはずの顔を何度も何度もなめまくった。いつまでも・・・・・
「こらこら、チビ、もうダメだよ」
いつもの優しい声が聞きたかった。
先生のやさしい声が聞きたかった。
公園の南隅、桜の木立の中に青い家がある。先生とチビが住むブルーシートの青い家。
桜の絨毯が帰らぬ人を静かに待っていた・・・・・
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