第15話 青い家5

 全てを手放しても、なお残る借金の返済を片付けるために、先生は昼も夜も休まず仕事を選ばす働き続けた。


 半年間働きづめでようやく残りの借金の全額を返済した3月の暖かな春の日であった。既に4月からは慣れた不動産関係の仕事に就くことが決まっていた。


 やっと、やっと終わった。これからは家族3人がささやかではあるが、幸せに暮らしていける人生がある。まだまだガンバらなくちゃならないな。


 久しぶりの休日であった。一人息子を連れて近くの公園に散歩に行った。3月中旬過ぎでもあり、大好きな桜が暖かな陽射しにほとんどが花開いていた。


 やわらかな陽射しが当たる公園のベンチに腰を下ろし、サッカーボールで一人遊ぶ愛する息子を眺めていた。


 歳を取ってからやっとできた息子だった。

 目にいれても痛くない愛する子であった。


 昼夜働きづめの生活が続いていたせいか疲れ果て、息子のサッカーの相手ができないことが悔しかった。


 ほんの数分くらいであったろうか。暖かな春の陽射しにいつの間にか、ベンチでうたた寝をしてしまった。


 ゆっくりと公園の中で遊ぶ息子の姿を探す。


 小さな身体で大きなサッカーボールを蹴っては追いかけることに夢中になっている可愛い息子の姿が目に飛び込んだきた。


 もう数年で小学生になるんだな。入学する時は新しいランドセルを買ってあげなくちゃならないな。さあこれからもがんばらなくちゃ。


 小さな足が蹴ったサッカーボールが、公園の外の道路に向かって転がっていく。


 夢中になってサッカーボールを追いかける息子。ベンチから立ち上がり走った。思わず大声をあげながら。


 「チビちゃん、止まりなさい!」


 夢中になって遊ぶ小さな耳には届かない声であった。小さな姿は道路に走り出していった。


 車の急停車のブレーキ音、2度と聞きたくない大きな音、そして哀しみの声。


 人垣を撥ね飛ばして、変わり果てた息子を胸に抱いた。血塗れの顔のまま動かなかった。


 「チビちゃん!おい、チビちゃん!」


 何度も何度も大声で、いつもの愛称で呼びかけた。空に上っていく可愛い息子の命を呼び戻すように。


 可愛い息子の突然の死に哀しみのあまり泣き続けていた妻は、3日後に息子の後を追うように空に上っていった。


 もう二度と思い出さないようにしているが、桜が咲く頃になるとふと思い出して、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。

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