第14話 青い家4

 やわらかな卵の部分が入ったサンドイッチを少しちぎって容器に入れると、チビはすごい勢いで食べている。


 真黒な口の回りに黄色の卵をいっぱいつけて、まるで噛まずに一息で飲み込むような食べっぷりである。


 3切れのうち1切れを食べ終えたあとで、牛乳を容器に入れると、よほど喉が乾いていたのかこれもあっという間にたいらげてしまった。


 チビは1週間も経つとすっかり元気になって、すっかり青い家の一員になっていた。


 他人と親しくなるのを意識的に避けていた。互いを助け合うような関係を自ら避けていた。もう誰を頼ることなく、ひとりだけで生き、そしてひとりだけで死んでいく覚悟はとうにできていた。


 辛い思いはもう二度としたくない。悲しい思いは誰にもさせなくない。そのために人に関わらずにひとりで生きていく。できればこの美しい桜の木の下で、この青い家で。


 もう何年前かは忘れてしまった。生きるためのすべてを失った。生き甲斐さえも。築き上げた社会的地位も、持っていた全ての財産も、住み慣れた我家も、そして愛する家族さえも。


 一番仲が良かった友人に是非にと頼まれて、断れきれずに借金の保証人になった。その友人が新たに始めた事業に失敗し、突然行方不明になった。5億円の借金を残して。


 大学時代から親友だった彼は、親も家族も親戚さえもいないまったくの独り身であった。人一倍真面目で仕事だけが趣味のそんな男だった。


 先生は、小さいなりにも3人ほどの社員を抱える不動産会社を経営していた。


 大きく儲けることなどなかったが、夫婦と子ども一人の3人が平和に暮らしていくには、まったく問題がない程度の収入は得ていた。


 先生は、無駄遣いもせず酒、タバコ、ギャンブルなどには一切手を出さない、とても穏やかで安定した生活を送っていた。


 保証人である先生に5億円という莫大な借金を残して、一番の親友であった男が突然、行方不明になるまでは・・・・・


 大事に育てていた先生の平和で大切な幸せが音を立てて崩れていった。


 債権者から日々求められる借金を返済するために、不動産会社はたたまざるを得なかった。一緒に働いていた3人の職員には理由を説明し、僅かではあるが退職金を渡して退職をお願いした。


 さらには、少しずつ蓄えていた預貯金はすべて使い果たし、唯一の贅沢だった我家も土地も手放し換金し返済に当て、家族揃って6畳一間の古いアパートに移らざるを得なかった。

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