第13話 青い家3

 生まれてまだ一月も経っていないだろうか、小さくて真黒な子犬が冷たい雨に全身を濡らし、凍えて体を震わせていた。


 そっと手のひらの上に抱き上げてみる。濡れて冷えきってはいるが、まだほんのわずかな暖かさが残ったいた。たぶん捨てられたのであろう。この寒さと空腹のせいかもしれない。囁くような小さな声しか出せないようだ。


 そのまま放ってはおけずダンボール箱の中から青い家に抱いて帰った。濡れた体をタオルで拭き、冷えきった小さな体を掌でそっと優しくこすって暖める。


 コンビニで買った今日の夕飯は、店長が値引きしてくれた三切れのハムサンドである。柔らかなパンをほんの少しちぎって子犬の口元に近づけたが口さえ開けない。


 今度は少し噛んで柔らかくしたパンを、小さな口を無理にこじ開けて押し込んだ。小さな舌がわずかに動きなんとか飲み込んだようだ。


 子犬に無理に食べさせるために、面倒な同じ作業を何度も何度も繰り返した。体もやさしくこすり続け少しずつ体温が戻ってきたようだ。


 『助かるかもしれないな・・・・』


 触れた掌から子犬の命の暖かさが伝わって、心にも小さくて暖かな灯を点した。


 子犬はとりあえずチビと名付けた。チビのお世話のおかげでほとんど眠れなかった。でもなんとか元気になったような姿を見ると、眠気も忘れてしまった。


 青い家の小物収納用のボール箱で、タオルに包まってひたすら眠りつづけるチビを残して、いつも通り6時には朝の公園掃除に出掛ける。


 昨夜の寒さが嘘の様に暖かな朝である。時々グッと冷え込むことはあるが、全般的には暖かな日々も多くなり、膨らんだ桜の蕾が次々に開き、そろそろ満開に近い状態である。


 寝ていたチビのことが気になり、気もそぞろで公園内の清掃を終えたのは3時間も経った9時ごろであった。


 コンビニで賞味期限ギリギリで割引の卵サンドと小さな牛乳を買い込み、急いで青い家に帰ると、段ボール小屋の中でチビがぐったり横たわっていた。


 慌ててぐったりした体を抱き上げた。大丈夫、ちゃんと呼吸はしているようだ。良かった、眠っていたのか。久しぶりにドキドキしてしまった。


 心配をよそにやっと目覚めたのか、小さな口を一杯に開けて大きなあくびをひとつ。本当に人騒がせなヤツだな、まったく。


 どこかの子どもが捨てていったのだろうか、公園内に転がっていた縁が少し欠けたプラスチックの小さな容器が、今日からチビの御飯用である。

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