第11話 青い家1
「おい、大丈夫か? 身体がすっかり冷たくなってるぞ。こんなに濡れちゃって・・・・・」
冷たい雨にいつの間にか固まりかけた細かい氷が混ざっている。人家の屋根を、車を、アスファルトの路面を叩く音が固く響くようだ。
もう3月に入ったというのに、季節外れの冷たい雨がいつの間にか霙に変わっていた。傘を強く叩かれながら家路を急ぐ人々が、暗い闇の中に次々消えていく。
いつもなら心暖まる灯りを点す街路灯さえ、墨のような空と冷たい霙に震えているようだ。公園を走り抜けていく風も、心の奥まで凍らすほど氷のように冷たい。
テニスコートが2面ほどすっぽり入る位の小さな公園には、こどもたちを楽しませる遊具などない。公園の全てに芝が敷き詰めてあり、南隅に10数本の桜の木が植えてあるだけだ。
こどもたちが元気に遊びそして走り回れるようにと、あえて一切の遊具を置かないのが市長の考えであった。サッカーをしたり、野球をしたり、日々こどもたちは切れ目なく遊んでいる。
公園の南隅にある桜の木々の下に、霙に濡れて光るブルーシートが見える。段ボールで作った小さな家が濡れないように、ブルーシートが被せてあるのだ。
公園でこのブルーシートが見受けられてから、もう1年近くになるかもしれない。
公園でいつも遊んでいるこどもたちは、この粗末な棲家を『青い家』と読んでいる。青い家の住民は1人である。いや、つい最近に新たな住民が増えたようである。
60歳位であろうか、ほとんど毎日ややくたびれた同じ服装はしているものの、けっして汚ならしい感じはしない。
大きめでブカブカのグレーの作業着の上下を身につけているが、同じものを複数持っているようで、公園の入り口にある水飲み場の水道で時々洗濯しているのを見かけている。
顔も浅黒く陽に焼けてはいるが、時々はカミソリを当てているらしく、清潔でこざっぱりしている。
顔つきも品性が感じられ、まるで学者のような知的な顔立ちであり、こどもたちが『先生』と呼ぶのもうなずけるところだ。
公園の近隣住民の間では、先生については、まことしやかにこんな噂が流れていた。
『かってはすごいお金持ちだったらしい』
『会社の社長さんだったんだって』
『すごく大きい家に住んでいたらしいよ』
『外車を3台持ってたんだって』
噂が真実かどうかは定かではない。しかし先生の雰囲気、物腰等を見ていると確かにそうであったかもしれないと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます