第9話 永遠の愛5

 施設は最重度の障害者の生活施設のため、敷地も広く敷地内には事務棟の他に利用者が暮らす生活寮、福祉系職員が住む職員寮が配置され、桜など木々の緑も多い。


 最近は春らしい暖かな日が続いたせいだろうか敷地内の桜が一気に花開き、入所者や職員の心をなごませている。


 「桜の花がもう満開なのに、お花見にも行けないね。真歩ちゃんとさっちゃんには、お花見くらい行かせてあげたかったけど、ごめんね。時間を空けてあげられなくて」


 「もう係長ったら、そんなに気にしないでください。桜なら施設の中で毎日、見ていますから」


 慰めるつもりが、いつのまにか真歩に慰められている感じだった。微笑む真歩の瞳の中で照明が輝いていた。


 「はい係長、少しは休んでください。あまり疲れを貯めると体を壊しちゃいますよ」


 デスクの上に缶コーヒーが置かれた。事務棟の玄関内に自販機を設置してある。真歩がいつの間にか買っておいたようだ。


 「おう、ありがとう、真歩ちゃんの分は?」


 「ちゃんとあるから大丈夫ですよ。係長って本当に気を使い過ぎなんですよ。いつもそんなに気を使っていたら疲れちゃうでしょう?」


 「俺は体もメンタルも人一倍強いから大丈夫だよ。真歩ちゃんは、あとどれ位かかるの?」


 「あと2時間位で終わると思います。係長の方はあとどれ位かかります?」


 「俺の方は、あと3時間位かな。今日中に仕上げておきたいから。真歩ちゃんは仕事が終わり次第、先に帰りなさい」


 「はい、じゃあもうひと踏ん張り、がんばって片付けちゃおう」


 明雄も真歩もコーヒーさえも手をつけずに、またパソコン相手に仕事を始めた。


 小さな川沿いの空地にポツンと建つ施設。回りには人家はほとんどなく、暗闇の中に事務棟の窓明かりが白く光っている。


 施設の回りに植えられた満開の桜が、弱い月明かりに桜色の雲のようにぼんやりと浮かんで見える。


 人も、風も、空気も、物音さえも寝静まってしまった闇の中で時は流れる。事務室の時計は既に0時を指していた。


 ようやく仕事に目処をつけて、パソコン画面から目を離した明雄の目に真歩が目に入った。仕事に夢中になっていて気がつかなかった。


 「おい、真歩ちゃん、もう0時だぞ。帰らなかったのか?」


 「だって係長もががんばってるから」


 「しょうがねえな。まったく。それで仕事の方は片付いたの?」


 「ええ、発令書の作成は終わって、新年度の職員名簿を作ってます」

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