第4話 桜色の夢4

 「翌日、学校で傘は返せたけど、お礼は言えなかった。風邪引いて休んでいるって言われちゃった。たぶん、かおるに傘貸して、びしょ濡れになっちゃったのね。とっても優しい男の子」


 小学2年って18年位も前のことなんで、あんまり覚えていないけど。雨の日に傘貸して、風邪引いて、学校休んだ・・・・・


 あ、そうだ、確か雨の日に傘を貸してびしょ濡れになって、母さんにすごく怒られたことあった。それで雨に濡れて、風邪引いて3日間休んじゃったんだ。


 あの日、友達の掃除当番を手伝っていて、帰りが遅くなったんだ。校舎を出たとたんに雷がなって強い雨が振りだした。


 校庭を横切っていくときに、大きな桜の木の下で困ってた女の子を見つけて、傘を貸してあげたんだ。あの時の女の子がかおるちゃんだったの?全然気がつかなかった。


 「そうなの。あの時すごく嬉しかった。傘に名前が書いてあったから、翌日、博司くんのクラスに傘を返しに行ったんだよ。でもお休みでずっとお礼が言えなかった。博司くん、ありがとう、とっても嬉しかった」


 「かおるちゃん、そんな昔のこと覚えていてくれたんだ」


 あの時、名前なんか知らなかった。顔だって知らなかったし、覚えていなかった。


 ただ雨のなか、大きな桜の木の下で寂しそうにしていた女の子が、かわいそうだったから傘を貸しただけ。その子が、かおるちゃんだったなんて。気がつかなかったよ。


 「かおるね、いつも想ってたけど、やさしい博司くんのこと大好きだった。だけど言い出せなくて。今日、やっと言えたの」


 『嘘だろ、信じられないよ。かおるちゃんがオレのことを好きだったなんて・・・・・』


 「本当だよ。博司くんのこと大好きだったの」


 「かおるちゃん、僕もかおるちゃんのこと、ずっと好きだったんだ」


 やっと言えた。あの時から14年もたった今。胸に留めていた想いを。


 「ずっと博司くんを待っていたの。桜の木の下で」


 大好きなかおるちゃんを、抱き締めようとした自分の掌がとても小さかった。小学6年生の時と同じ位に・・・・・


 冷たい風が頬を撫でていく。広い芝生の公園の真ん中に聳える大きな古い桜の木が、大きな傘みたいに桜色の花びらを拡げている。


 満開の桜の木の下に広がる、不思議な桜色の世界は、今の世界とは切り離された時が流れている。桜色の時は未来とつながり、そして過去とも重なる。


 満開の桜の木の下で泡沫の夢を見よう。

 桜色の世界で儚い夢を見よう。

 淡く切ない夢を見よう。


 叶えたい夢があるから、見たい夢があるから、人は桜に集うのかもしれない。


 今年もまた、桜が咲く・・・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る