楡
私は、今どこにいるんだっけ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。
どこか遠くで、心拍をとるやつの音がする。
目を開ければ、見慣れた病院の天井。
が、ゆったりと揺れだした。
「うわ、震度……」
「5いくんじゃねぇか?」
廊下か病室か、カーテンの向こうから看護師さんやお爺さんがどよめく声がする。
「ねぇ!かいじゅうがゆらしてる!」
という、子供の叫び声の後、悲鳴が響き渡った。
私も慌ててベッドの下に潜り込む。
「掴まって!」
「こっちに!」
「たんかがあばれまわってる!」
ストレッチャーが不規則に動く音が聞こえる。
「こら! 近付いたら危ない!」
そして、壁にぶつかったらしい。
「止まった?」
揺れが、おさまっていく。
ベッドの下から顔を出した瞬間、ベッドが宙に浮いた。
私も浮いた。
"怪獣"が、何かの攻撃で大きな衝撃を起こしたのだと気付いた後、私の顔面とケータイが床に叩きつけられた。
画面、絶対割れた。
そんなつまらない事を、気にしている場合ではあった、今この瞬間こそ、まさに。
"怪獣"の動きが止まったのか、揺れが無くなる。
ケータイを回収し、"メモ帳"を開く。
本当はこれをあまり使わない方が良い気がする。
震える指で打ち込む。
『しかし、怪獣は遊びに飽きた様子を見せ、暴れるのをやめると、山へ帰っていった』
文章を保存する。
すると、小さな揺れが起きた。
一緒に足音のようなリズムで地響きが聞こえた。
しばらくすると、揺れも地響きも小さくなって、静かになった。
ざわざわと周囲の人が動き始めたので、私もベッドの下から出て窓のある場所まで移動する。
見れば、病院の敷地には、震度7の地震でも来たようなヒビが残っていた。
あると思っていた怪獣の足跡らしき大穴は見当たらない。
避難指示があるまで待とうと病室へ戻ろうとした時、膝に痛みが走る。
顔を床にぶつけた時、膝もかなり強く叩きつけられた事を思い出した。
更に足に水が伝うような感覚に気付き、確認すると、青い血が、切れた膝小僧から流れ出ていた。
私が入院しているのは、主にこの血の色のせいだ。
あの"怪獣"がここを襲うのをやめてどこか遠くへ移動していった理由については、まだ誰も知らない。
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