第27話 過去2

 あれから幾年の月日が過ぎただろうか。ふと見上げればあの人同じ空が広がっている。相変わらずユーロは力を発揮できなかったし、あの頃より立場は厳しいものとなっていた。


 基本。聖なる力を持つものは世界に一人。血筋で繋ぐ役職で。しかも適性が無いとなることはできなかった。つまり譲ろうとしたところで、現在ユーロ以外に適正者はいない。そのためにユーロはここに居続けなければならなかった。それでも微かではあるが役に経っているのではある。しかしながらユーロにはその事を知らない。


 ともかくとして何もできないのに。肩身が狭い思いである。


 ――というかこんなもの誰がやりたがるというんだ。


 コツコツと自身の靴音を響かせながらユーロは長い廊下を歩いていた。付き従うのは侍女でも護衛でもない。塔の職員だ。ローブを深く身にまとい、その顔すら見えない。ユーロを見張っているのだ。脱走を一年に一度しているユーロ。それは仕方ない事なのかも知れない。


 おまけに。と自身の腕を見れば――金属で出来た細いブレスレット。力は無いとは言え、ユーロは魔力を感じることだけは出来る。


 その細いブレスレットはこの塔にユーロを縛るもの。一定以上塔から離れれば、手首が千切れる迄閉められるという塵みたいなものだった。


 もちろん作成者は塔の人間てはない。こんなものを作れる技術も魔力も持ち合わせていないのだ。多少――人類の中では多少魔法石の研究には秀でているとは言え。


 これでは囚人ではないか、とユーロは眉を顰めた。まぁ実際にそれに等しいのかも知れないが。


「うんうん。私の贈り物は気に入ってくれたみたいだね?」


「ユリオス様」


 いつの間にいたのだろうか。そこには息を飲むような美しい青年が立っている。赤い双眸は爛々と輝き、柔らかそうな蜜色の髪はふわりと流れている。絵画から出てきたような青年――ユリオスはにこりと笑って見せた。艶やかに、華やかに。


 誰もが魅了される笑みだったが、見慣れたユーロは表情を崩さない。むしろ嫌悪を隠すことはなく見つめていた。


 尤もそれをユリオスが気にするる様子もない。ユーロが子供の頃から知ってるが空気が読めないのは相変わらずだった。


 いや――。その容姿も驚くほど変わっていないのではあるが。この人物の正確な年齢を誰も知りうるものはいない。


 知っているだけで百は超えているのではないだろうか。ユーロの父親――以前見たのはいつだったか忘れたが――よりも若々しい。


 その時点で人間ではないのではある。


「ん。久しぶり。何日ぶりだっけ? うんうん。ユーロ君。大きく成ったねぇ――何歳だっけ」


 無視する様にコツコツとユーロが歩くと歩幅を合わせ並んで歩く。面倒くささを隠さずにユーロは前を向いたまま口を開いた。


 止まる気などさらさらない。それに早く戻りたかった。


「何日……一年ぶりでは? あと。私はもう十六になりました」


「そんなに? 時が経つのは早いねぇ? でも十六か。……ユーロ君はまだ力を発揮できないだよね?」


 嫌な所を付いてくる思わず立ち止まってユリオスを見れば『漸く止まった』となぜか嬉しそうなので、ユーロは馬鹿らしくなって睨むしかない。


 このままではユーロだってダメだとは思っているのだ。毎日募っていくのは焦燥。捨てられるのは目に見えていた。


 もはやユーロに誰も期待してはいない。そんなこと日々肌で感じてしまう。


 捨てられるだけならいいのだ。問題は適正者がいない今ユーロが適正者を産み出さなければならない事だった。


 両親にさえ。誰にも振り向かれない幼い自分自身が重なって軽い眩暈を覚える。きっとユーロの両親はそれだけの為にユーロを生み出したことが分かるから。


 孤独で寂しい子供。


 そのために――それが嫌で毎回逃げ出していたのもある。もうあまり時間はない様な気がするユーロは憎々し気にブレスレットに視線を落した。


「助けてくれるのですか? これを作ってくれたように?」


 しゃらりと軽い音を立ててユリオスにブレスレットを見せればユリオスは軽く肩を竦めて見せた。その顔には罪悪感などは一つも浮かんでいない。それはそうだろう。ユリオスは基本塔に属している。人当たりは良さそうに見えてもユーロの意見をついぞ聞くことはなかった。


 塔など簡単に潰せる実力も持ち合わせている筈なのに、塔に追随する意味が分からない。


「いやいや、私の力とユーロ君の力は違うものだろ? 私からは教えられないよ」


「そう。なら捨て置いてください。――何とかしますので」


 話しかけるな。そんな雰囲気を残したままカツリと再び歩き出すユーロ。歩幅は大きく。多少荒いのは苛つきが隠せないためだ。慌てて塔の人間が付いてくるのが分かる。


「それでは私が悪者みたいでは無いかな?」


「違うんですか? こんな酷いものを作っておい――」


 最後まで言えずにユーロは立ち止まり息を飲む。




 その目に映るのは黒く影のような見知った――なにか。


 それでもユーロのたった一人の友達だった。人間ではない――魔法石から変化した異形のもの。人を呪い殺す脅威だった。



 だけれどそれが何だというのだろうか。

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