第25話 人外であるもの

 意識はいつごろから取り戻したのだろううか。一体いつから意識が飛んでいるのかよくわからない。目に焼き付いている記憶は酷いもので。意識を取り戻した瞬間取り乱した。というより泣き叫んだきがする。泣き叫んで眠ってしまった。


 ともかくロナが無事で――その傷は完全に塞がっていて元気そうで良かったと思う。ロナは号泣しながら『ごめん。姉ちゃん』とひたすら謝っていた。私自身も号泣してしまったので収拾が付かなくなってしまったのだけれど。


 そういえばテアドロは逃げたらしい。仕留めきれなかったのを賢者様は嘆いていたが私は良かったと思う。殺されかけたのに――いや、殺されたのかも知れないが――そう思うのは花畑としか言いようがない。


 アシッドが『人』を殺めなくて良かった。


 そのアシッドに抱き着こうとしたら脱兎の様に逃げられたのはなぜだろうか。


「それにしても。ここは何処ですか?」


 一通り騒ぎ終えて漸く気づいたのは今私たちがいる場所は村でも、町の真ん中でも何でもない所と言う事だった。


 どうやら洞窟の様ではあるようだ。しかしながらそれは自然に作られたものではなさそうに見える。大きくは無い。だけれど、小さくもないたろう。奥に行けば行くほど整えられて――所々崩れ落ちては居るが――小さな部屋も存在していた。


 一番大きな部屋は中心にあり。応接間――というか集会所のよう。石で削られた椅子が並べられている。座り心地は良くないが、それに座りながら私は辺りを見回していた。いや。座りたくて座った訳ではない。座って待っていなさい。と有無など言わせず座らされただけだ。お目付け役というか、ロナを付けられて。


 私自体は寝ていたせいもあってか疲れていないのに。むしろ疲れているのはアシッドを初め皆の方だ。その顔色はあまりいいと言えない。傷は治したのだけれど疲労は私にどうしようも出来ないようだった。


 後で薬を作ったら飲んでくれるだろうか。そんな事を考えていた。


「礼拝所の様だな。随分古い」


 そう言ったのは右側にあった小さな部屋を調べていたグスタだ。『どう思うか?』と隣の部下――私が治した人だ――に目を向ければその部下の青年は困ったように首を傾げている。助けてと言う顔で見られてもさすがに助けられない。


 あまり歴史には明るくなかったりするのだ。そんな事より無事で良かったとにこりと笑う。本当に嬉しいと思う。


 こうして皆生きていると言うことが。


 まぁ。不審者に見られたのは言うまでもないが……先ほどまであんなに感謝してくれていた気がするのは気のせいだったか。私の記憶が捏造されたのかと少しだけ思った。


 グスタは『報告を上げるから調べて置くように』と指示している。


「うん。とても古いよ。なにしろ前世界と今の世界が混在するときに建てられたものだね。そこの眠そうなロナ君。メモっておくように」


 こつんと静かに足音が聞こえて見れば賢者様とアシッドが立っていた。私の横で手を握りながらウトウトしていたロナは『げっ――』と文句を言っている。眠い。がロナの全身に現れていた。


「あのさぁ。歴史の講義を今している場合かよ? ここになんで連れてきたんだよ? 帰ろうぜ」


「うん。歩いて帰ってね。あぁ。一冊本も渡すからそれも読み込んでおくように」


 にこりと笑った賢者の顔はとても楽しそうだ。歩いて――うん。どう見ても遊んでいる気がする。相変わらず遊ばれているロナ。その手にどこから出したのか分厚い本がロナの手元に落ちた。『えぇ』という絶望の声が軽く響くくのを満足げに聞いている賢者。どう見ても悪趣味だと毎回思うのだが。


 そのどこかのんびり――多分――した空気を破ったのはアシッドの溜息で。それはどこか疲れているように感じられた。


「そんな事より。賢者様」


 微かに咎め様な声に『仕方ないなぁ』と残念そうに肩を竦める。だが『本は読め』と言う威圧は悪れていないようだ。ロナは呻いて表紙を捲り、ぱたんと大き目な音をさせて閉じた。顔は微かに引きつっている。


 どう逃げようかな。ははは。と小さく聞こえたがいつものことなので、大丈夫だろう。


「ここは魔法石を祀ってあった神殿のようなものでね。かつて魔法石は――と言うより一部の魔法石の話だけど神格化されていたのさ。今ではほとんどが消えてしまったし、その魔法石も、神殿もそのほとんどがなくなってしまったけれど。こんなにも綺麗に残っているのは初めてだよ」


 言いながら賢者は私の前に拳を差し出した。ゆるりと反転してその掌を蕾が解けるように開くと、そこには銀色――だけれど不思議なことに透明である――の輝きを放っている魔法石があった。


「魔法石?」


 私は思わず息を飲んで賢者を見上げる。その理由は見慣れたものでは無いものだったからだ。ありえない、とも言うのだろうか。


 昔見た最上級とまでもきっと行かないが。これは上級に入る部類だと私にでも分かったから。その価値は――たとえ現在魔法石の流通が止まっているとはいえ――我が国の国家予算くらいはあるのではと考える。多分。


 希少で貴重。なぜこんなところにあるのか。その疑問を汲み取ったのが賢者が口を開いていた。


「言ったでしょう。ここは魔法石を祀ってあったんだよ。だからここに寝て(・・)いてもおかしくない」


「でも、どうすんだ? それ。そんなもの平民の俺たちが売りさばけないぜ? おっさんたちは?」


 おっさん――グスタはそう呼ばれて軽く眉を顰めたが少し考えるようにして口を開いていた。


「いや――。それはここに残しておいた方がいいだろうな。俺たちでは……。後に頼んで探査隊を送ろう。あんた……ええと賢者サマはそれを見せたかったのか?」


 グスタの双眸が探るように賢者を向いた。まるで何者なんだ。そう問うているかのように。それを受け流しながら賢者はにこりと笑いながらふわりと石を空中に浮かせた。魔術。それを私たちは平然と見ていたが、騎士の青年たちは漏れなく軽く息を飲んでいる。


 何者。という声に改めて考えるが何者なのかいまだに私には分からない。私たちにとっては『賢者』は賢者だ。


「まぁね。それもある。他にも当然あるんだけど」


「他?」


「そうだね。その『他の理由』に関係するのたけれど、メリル君は今から『選択』をしなければならないんだ。もう先送りにする事は出来なくなったみたいだし」


 選択。その意味が分からず私は小首を傾げていた。だけれどそれにいい予感はしない。僅かに身を強張らせれば賢者はゆるりと私にその双眸を向けた。


「うん。選択。その前に君はまず知らなければいけない。なるべくなら、このままで。知らなくてもいい世界を。というのがメリル君の両親の願いだし、私もそう思っていた。できれぱ普通の人生を、とね」


「両親?」


 メリル――。と柔らかな声は母親のものだったか。それがふと耳に届いた。優しくて。温かくて。私でも今では顔すら思い出せないというのに、この賢者が知っていると言うことがなんだか不思議だった。


 ぱちぱちと瞬かせて見つめれば得意げに口元を歪める賢者。


「あぁ。私は賢者なので。知り合いは多いんだよね」


 納得できるような出来ないような。世間は存外狭いのかもと考えなずら私は『はぁ』と小さく言葉を返していた。いや――もしかしたらそれがあって私たちを助けてくれたのかも知れない。


 『善意で』というのが失礼だけれどとても似合わない。と思う。善意でなく知り合いだと考えた方がしっくりするのだ。


 護れたものは少ないけれど――それでも。助けてもらえたのは。護って貰えたのは両親の縁であると考えれば『ここ』に両親がまだいる気がした。それはとても温かくて優しい。心が温かくなるようだ。


 何があっても頑張れそうな。そんな気さえするから不思議だ。


 私はパッと顔を上げる。


「あの。では。私の両親は――『聖なる力を持つもの』だったんですか?」


 両親のことで聞きたいことは多々ある。けれど今一番聞かなければならないことは『それ』のような気がした。テアドロが言っていた言葉。


 聖なる力を持つものは遺伝で生まれると。


 賢者は少しだけ驚いたように眉を跳ねて魔法石を一瞥し、手元に戻し、軽く握りしめた。どこか忌々し気名のは気のせいだろう。


「そうだね。君の母親が聖なる力――聖女だったかな。父親も大概だけれども――。メリル君はどこまで聞いた?」


 どこまで。と問われて私は小首を傾げる。大したことは聞いていないし覚えていないような。


「特には。ただ。私が生き返ると」


 治癒は私にも効くんだな。そんな事を考えつつ、斬られたはずの身体を見るがもはや傷一つ残ってはいない。我ながら――凄いなと思う。痛くもない。


 そう言えば。もっと以前にも同じことを言われたような。よく思い出せはしないが。


 軽く賢者は肩を竦めて見せた。困ったような。少しだけ悲し気な。そんな複雑な表情にも見えた。


「生き返るというより――死なないだけだよ。メリル君。聖女は死ねないんだ。何があっても。死なない。次の代にその力を移すまでは」


「え?」


 死なない。死ねない。とは何だろう。よく理解が出来なかった。そんなことがあるるとすれば、それはもはや――人間ではないのではないだろうか。そう考えて背筋が凍る。


 そんな筈は無いのに。と心の中で打ち消していた。いや。そう思いたかったのかも知れない。


「そんなはずないだろ?」


「いいや? たとえ首を切られても心臓を抉りだされても――死なないんだよ。メリル君は。聖なる力を持つものは――」


 人間ではないんだ。


 何なら首を切り裂いてみるかい?


 感情も抑揚も無い声。ただ、ただ。私の耳に響いて消えた。どこかそれは雑音のようだった。



 揺れる視線で――どこか助けを求めるようにアシッドを見つめれば、アシッドは硬い表情で床を見つめていた。



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