第19話  出立

 騎士と共に行くということは、辺境の町から首都に行くという事を示していた。首都はここから遠く、鉄道で半日は掛かるだろうか。ただし現在は鉄道がほとんど動いていない。移動手段が馬というものに変わってしまっている為に二日ほど掛けて向かう事となってしまった。私自身は馬に乗ることが出来ないので、グスタの馬に乗せてもらう形となってしまったが、隣で駈けるアシッドは不服そうだ。ちなみに、アシッドはロナを乗せている。


 行きたくは無かった。というのが本音だ。任意であるのなら拒否したかったのではあるけれど、ほとんど強制のようだった。


 ……私たちだけではなく、シロト達にも大金が渡ると為れば行くしかない。なぜか調べに調べつくされたらしい。その本気度が不気味で怖かったし、何をされるか分からなかった。というのもある。


 私だけではなく。シロト達まで。


 ぐっと私は軽く衣服を握りしめていた。


「それにしても。私を連れて行った所で何かあると思えないんだけど」


 今日の休憩場所は廃村だ。割り当てられた小さな家は綺麗に整えられていた。まるで昨日まで誰かが住んでいたようだ。


 考え付くことにひゅっと息を飲んだが、考えないように蓋をする。


 もうそろそろ夜になるだろうか。ランタンに灯りを灯しながら窓の外を見れば、騎士達――来ていたのはグスタだけでは無い――が篝火を灯しているのが見えた。


「まぁ。十中八九疑われているよね」


 そう言うのは美しい人。賢者だ。付いてきてたのかと言いたいくらい、当たり前のように椅子へ座っている。散々寝ていたのに大欠伸をしているのはどういう事だろうか。コトンとロナが村の井戸から汲んできた水をテーブルに置いた。早々に置いてあった大皿の上には干し肉――保存食――が置かれている。それをポリポリと齧りながらアシッドは賢者を見つめた。


「どういうことですか?」


「聖なる力を持つものとしてさ」


「聖なる力を――」


 持つもの。と呟いて視線を干し肉を眺めた。


 治癒能力でも言うのだろうか。その力を持つものはそう言われるのだと賢者に聞いた。長い歴史の中でたまに生まれる奇跡の力。誰も持ちえることはない。まぁ、誰だって死にかけの人間が救われるのだ。そう言いたくもなる。


 だからいろいろ騒いていたのは分かるけれど、と納得いかない思いで眉を顰めていた。


「ええと。わたし、救えませんけど?」


 そう。救えなかった。シロトと少年以外は。それもよく記憶はしていないのだし。――だからそんなものではない。と自分では思っている。崇め称えられたい訳ではない。けれど少なくともそれが出来れば呪いのような言葉と憎悪を向けられる事も無かった。


 ひょいと長い指で干し肉を口元に運んで『まずい』と素直を賢者は感想を吐いている。


「……アシッド君。君、身体弱かったはずだよね? 孤児院から見捨てられるくらいには――どうして生きているんだろうね?」


「どうして、か」


 うーんとアシッドは考える。考えた後でちらりと私に目を向けた。少し頬が染まるのは何なんだ。


「メリルちゃんがいてくれたから、かな? 嬉しかったというか?」


「それって君の感想だよね。具体的には?」


 ぴしゃりと言われてアシッドは表情を苦々しく曇らせた。まるで思い出したくもない。そんな様子で。落差が激しい。


「――あ゛――。まずい薬だと……」


 ロナが若干引いている。『ガキに拷問は良くないなくない?』なんて言っているが、いつ、誰が拷問したというんだろう。人体実験もきちんとしたんだ。そんなこと言われる筋合い無いし。じろりと睨めば慌てて視線を逸らされた。


「はい。メリル君。そのころ薬はどうやって見分けてた?」


「え? 片っ端からこう……ああ、でも多少は知識があって――」


 遠い昔。教えてくれた母様はもうよく思い出せない。どんな顔だったのかさえ。それはとても悲しい事だとは思うけれど、その手の温もりだけは覚えている。


「うわぁ。兄ちゃん良く生きてたな?」


「ち、ちゃんと実験はしていたし。危なくなかったし。元気になったからいいじゃないかよぅ」


 薬によって回復かどうかは怪しい。けれど当時私は薬が功を奏したのだとそう信じていた。今になって思えば――ただの雑草を煮込んだだけの記憶。……どちらかと言えば、元気になった要因の一つは私の持ってきた食事のような気がする。が、それを言えば『無駄だったのでは』と突っ込まれるのが落ちなので言わないことにした。


 私だって知っている。ロナに『拷問』と言われるくらいにまずいことは。知っているだけで、それほどまずいとは思っていないけれども。


 『いいよね』と念押しすれば、はははと誤魔化す様にアシッドは笑って、言葉を紡ぐ。


「でも――救われたのは事実だから。俺はメリルちゃんがいないとここに居なかったんだ」


 一瞬絆されかけたが――はたと気づく。再び視線を向ければ視線は合わなかった。後で当時の味を再現してやろうと心に決めた瞬間である。


 まぁ。『よく』は無いらしいと言う事だ。


「……いい感じに、誤魔化したな?」


「そんなことより、それがどーしたのさ? 賢者」


「ナイ君は私にもう少し敬おうか? ――まぁ、それは置いておいて。メリル君。やはり君は『聖なる力を持つものだ』と思うよ。たとえ今、派手な力など使えなくても。賢者である私が保証しよう」


 言葉に『はぁ』と曖昧に返す。保証されても、使えなければ意味はない。その考えを読んだかのように『使えているのさ』と賢者はどこかおどけた様に続けた。


「君の薬には何の意味もない。それは聞いたのだろう? だけれど薬には万能薬のような効果があると。後はアシッド君だ。普通に考えて僅かな知識。見よう見まねの薬が効果なんてあるはずない。つまり君は無意識に力を加えて作っていることになる」


 いや――。私の薬に何の効果もないという事が地味に心に突き刺さるのだけれど。これでも薬を作って売っている身としては。これでも勉強していたのだ。試行錯誤を繰り返して――今に至るのに。そのすべてが意味がないと言われてしまえばもはや笑うしかない。


 はっきり言ってやさぐれたかった。――いい大人なのでしないけど。


「さぁ、私を褒め讃えていい」


「で? 姉ちゃんが聖なる――あぁ。めんどい。聖女であった場合どうなんのさ?」


 聖女……薄ら寒い新聞の記事を思い出していた。速攻で丸めて捨てたのたが、誇大記事もいい所だ。あの記事の所為で確実に村に来る人が増えたのだ。当然だが私はあんな清廉潔白ではなく、沢山の人々を救っていない。むしろ救っていたのはナイの方だと思う。


 所で、賢者の一体何を褒めればいいのだろうか。


 だから――君はもっと私をと独り言ちて賢者は続ける。


「あぁ。昔から聖なる――あぁ。聖女でいいね。舌噛むから。聖女は滅多に市井に現れる事は無いんだけれど、現れた場合は確実に搾取される」


「……はい?」


 搾取。


 さも当然のように、平然と言い放たれた聞きなれない不穏な言葉。私は目をぱちぱちと瞬かせていた。賢者は少し遠い目をして、何かを思い出したかのように『は』っと吐き捨てる様に笑って見せた。


「時の為政者にね。ま、どう考えても当たり前のことだろうさ。――そんな事は。どんなものでも『癒して』しまうんだ。不老はともかく。不死は適うのだから。それは人間の夢だろう? 夢を叶えたいと思うのは人間の性質上仕方のないことだと私だって理解できる。くだらないがね」


 重苦しいほどの沈黙が辺りを包む。

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