第18話 来訪客

 家にだって普通の茶葉くらいはある。たまにお客さん――近所のご老人とか――が来るため常備はしているのだ。それを自分たちで飲むかと言われれば飲まないだけで。こっそり置かれた見慣れない茶葉缶があるが見なかった。なにも見ていない。


 ふわりと小さな部屋にフルーティーな香りが漂う。コポコポと琥珀色をしたフレーバーティーをティーカップに注ぐと、目の前に座っている大柄な男に差し出した。


 後ろに立っているアシッドがお茶の淹れ方を知っていたのかという視線で見てきたが、私にだって一般常識くらいはある。


「突然押しかけて済まない」


 海外の要人も警護する騎士団は我が国の広告塔の役割を持っていたりする。写真に映るなら、やはり見目が美しい方がいいよね。と言う事らしい。要人より目立ってどうすんだと言う批判はあるものの、おおむね子女には好評。政府は変える気など無いようだ。ちなみに、密かだが市井にファンクラブ――非公認――が存在している。


 まぁ――そのためなのか。目の前の男性もその例にもれず整った顔立ちである。中性的では無く、男性らしい色香が漂うような甘さがどこかにあった。それを言語化するのは少し難しい。


 ともかくとして、これは。モテる。と私が確信とてしまう程には美男子だ。


 なぜか、背中からひしひしと殺意を感じるのは気のせいだとして。


 赤い詰襟の制服には、黒と金で細かな紋章が刺繡で刻まれていた。どこか派手な印象の衣服は確かに『騎士』と言われるものではあった。新聞記事に乗っていた写真と同じだ。などと考えながら私はにっこりと口に孤を描いた。


 大変な時こそ余裕そうに見せるのは大事とシロトに教わった。内心『逮捕』かも知れないと怯えていても、だ。


「――噂に名高い騎士様が、こんな寂れた薬屋に何の御用でしょうか?」


 名前は先ほど名乗られたのだけれど……少し考えて『グスタ』という事を思い出した。正確には国立騎士団――グスタ・ジェルルド。階級は分からない。ただ、胸元に付いた階級章が沢山ついているのでそれなりに立場がある人なのかも知れない。


「薬屋ね」


 何か含みのある言葉。言いながらことりと軽く音を立ててグスタは小さな瓶を机の上に置いた。見覚えのある瓶。その中には緑色の粉末が入っている。


 私はひくりと頬を引きつらせていた。


 あ――。やらかしたかもしれない。逮捕の現実味に私はちらりとアシッド見つめた。『ごめんね』声に出さずそう言えば軽く口元がへの字に曲がる。


「この店の瓶だろ?」


 薬を入れる瓶は店によってオーダーメードである。とは言え、それほど手の込んだものではなく個々の店のシンボルマークが焼き付けられているだけではあるのだが。もちろん私の店も例外ではない。私のシンボルマークは『イベリス』をテーマにしたものだった。大体植物をシンボルに持ってくるのは薬屋あるあるだ。


「ちなみに中身はそのまま。変えてない」


「……ええ。はい。――あの。私の薬が何か?」


 無言でじっと見つめられた私は蛇に睨まれた蛙のようだ。チクチクと規則的に刻む秒針が酷く耳障りに感じられた。握りしめた拳にじっとりと汗を掻き始めたころ、漸くグスタは口を開く。長い指は軽く瓶の蓋をとんとんと叩いている。


「中身の調査をさせた。これは――ただの草を乾燥して混ぜ合わせたものだ」


「……はぁ」


 ただの草……。それはそうだろう。基本的な薬なんて、ほぼ植物から出来ている。それは私たちに取って当たり前の事だ。当然だが危ないものなんて含まれてない。『それがなにか』などと当然言えるはずもなく曖昧な返事しか出てこなかった。


 その私の顔を伺う様に見つつ、グスタは口を開く。


「実は、この薬が俺たちの間で話題になっていてね」


「わだい」


 ドクンと心臓が鳴った。それはどちらの方向に……と考えたがいいことでは無いだろう。と心の中で結論づける。『いいこと』であればこんな所に来ないはずだから。と勝手な先入観でゴクリと唾を飲み込んでいた。


 いよいよ逮捕だろうか。


 観念したようにプルプルと震える手を黙って差し出せば多少困ったように眉尻を下げる。


「……いや。逮捕しに来たわけではないから手を揃えて出さなくていい。――誤解をさせて申し訳ないのだが」


 ちらりと視線を後ろに向けたのはアシッドの様子を伺うためだろうか。溜息一つ。緩やかに双眸を私に戻す。


「確かにこの成分で『薬屋』を名乗っているのはどうかと思うが――成分自体は身体に悪くないと結果が出た」


「――ではなぜいらしたのですか? 私用ではありませんよね?」


 そう後ろから尋ねたのはアシッドだ。口調は硬い。小さく身動ぎをしたのかかちりと剣が鳴った。


「言っただろ? ただの草だと。成分上効果はないんだ。――が。どういうことか。効果が出てる」


「え? 効果……ない? でも――」


 意味が分からず私は乾いた口元で呟いていた。それをじっとグスタは見つめている。


「しかも――万能薬じみた効果だ……単刀直入。あんた――何者だ?」



 ――一緒に来てもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る