第12話 花の耳飾り
村に町からの商人が来るのは非常に珍しい事だった。山賊や猛獣。今となっては異形の物が跋扈すると言っていい道を軽々に行き来できるはずもなく、年に一度か二度来ることが出来ればいい方だろう。荷馬車しか行き来できない命がけの道行。それでも商人たちがこの村を目指す意味はなんてことはない。ただの里帰りだった。
村の人口なんてそれほど多くない。であるので知り合い――すべてが顔見知りのようなものではある――を見つけるのは容易な事だった。尤も……探していた訳ではないが。
大きく張られた天幕の下。一人のよく見知った少年が並べられた商品に目を輝かせて見ている。何を見ているのだろう。と横から覗いてみればどこか見覚えのある様な石が並べられている。闇を吸い込んだような『昏い』石。光をも吸い込む様に見えてなんとなく異質だ。
値札を見てみれば異常に安い。ただの不思議な石なのかも知れない。『アシッド兄ちゃん』という声に視線を少年に向け、ゆっくりと立ち上がった。
外に出ている時は帯剣しているため、かちゃりと金属の音が軽く鳴った。
「メリル姉ちゃんも連れてきてくれたんだ。シロト兄ちゃんは?」
「少し疲れたらしいから。後でナイが連れてくるって言ってた。っうか――逃げたな。ロナ」
じっとりと睨むと小さく肩を揺らして目を逸らした。年の頃は十代前半。幼さを色濃く残した少年は少し考えて上目遣いにアシッドを見た。どこか甘える様に。当然と言っていいのか分からないが、アシッドには効かないのだが。
「……俺、今日帰んなくていい?」
呆れた様に溜息一つ。
「なんでそれでいいと思うんだよ?」
と、同時に軽くアシッドの肩に手を置かれた。絶妙な力の入り方が怒りを表しているが、本人の顔は満面の笑み。それは絵にかいたような笑みだ。ちなみに村人全員もはや慣れているためスルーか軽く挨拶をしていたりする。ロナとは違う意味で慣れていない商人は口をパクパク魚のようにさせていた。
「そうそう。時間が解決してくれると思わないことだ。ロナ君。せっかくこの私が作ったものを放置なんてはいい根性だね?」
一拍。すうっとロナは大きく呼吸をしてから弾ける様に身を翻していた。綺麗なフォームでこの場を脱兎のごとく離脱する。
「――やっぱり帰らないぃいいいい。ごめんなさぁあああい」
「私から逃げられると? はははははは」
捕まる方にかけるぞ。いや逃げ切る方に。どこか暢気な村人の言葉を聞きつつ顔をアシッドは引きつらせて、二人が去っていくのを見送る。あの調子ではすぐに捕まるだろう。賢者は魔術も使えるのだ。その気になれば秒で捕まる。賢者が楽しんでいるうちが花だ。
「兄ちゃん。あいつは?」
なんだ。と付け加え目をぱちぱちさせている――というか些か固まっている店の亭主は震える声で言った。アシッドは安心させる様に笑いかける。
「賢者様で偉い人だよ――そんなことより。ね。おじさん。この石ってなに?」
賢者については長年一緒に居るが大してよく知らないので突っ込まれても困る。本人が『偉大』というのでそうなのだろう。アシッドは話題を逸らしながらしゃがむと石を掌の上で転がし、後ろにぼんやりと立っているメリルに見せてみる。
相変わらず何処を見ているのか。視線は定まらない。だけれど。ただ一瞬。本当に一瞬だけだ。少しだけ顔を曇らせた様に見えたのは。アシッドは息を飲んで何かを言おうと口を開いたが、そんな事などお構いなしに店の亭主は言葉を割りこませる。
「あ、あぁ。魔法石だよ。珍しいだろ? あぁ。それは『死んでるもの』だからただの石ころだけどな」
「死んで――」
アシッドはぱちぱちと目を瞬かせながら石を見つめていた。思い出すのは以前見た魔法石だ。それとはずいぶん色味が違うがどことなく纏う雰囲気は似ているかも知れない。
「でも、危なくないのか? こんなの。おじさん。いろんな意味で」
世界の共通認識というか事実だが、魔法石から異形が生まれる。もちろんすべてでは無いし、力尽きた――もしくは死んだ――魔法石からは確率はぐっと下がるらしい、しかしながら無い訳ではなく。それに加えて世界が変革されてからすべての魔法石は各国が細かく管理している。
許可なく持つものは当然に罰則が課された。
「許可を?」
――はは。と店の亭主は馬鹿馬鹿しそうに失笑して、アシッドの手から石をひょいと取った。
「は。細かいこと言うなよ。今まで問題なかったんだ。これからもねぇだろ? もうただの石だしな」
――買うか?
安いが買い求めても特に意味などない。どこか不気味なだけだし、要らない危険は犯したくなかった。それよりは。とアシッドは視線を滑らせる。
この天幕の下にあるものは主に雑貨だ。生活には特に必要の無いものが多く、絵画や、美しい工芸品。アクセサリーなどが置いてある。いずれも高くて買う事など出来るはずなどが無い値段ではあったが、一つだけ可愛らしい花が付いたイヤリングを見つけた。
買えない値段ではないだろうか。ちらりとメリルを横目に見てから亭主に差し出す。頬が軽く染まってしまったのは不可抗力だ。
「――じゃあこれを」
「あいよ。良かったな。嬢ちゃん」
メリルの反応はやはり無い。一瞬不思議そうに亭主はメリルを見たが何も言わずにアシッドから代金を受け取り、イヤリングを紙袋に包んでくれた。
掌に乗るそれは驚くほど軽い。少し握ってしまえば壊れてしまうだろうか。それを丁寧にポケットにしまい込んでからメリルの手を少し強引に引っ張っていた。
少し気恥ずかしかったのかも知れない。
渡すつもりはあったのだ。あったのだけれど……メリルが付けるところを想像できなくて結局渡せ無かったのは心が弱いためだろうか。
よくわからなかった。
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