第16話 新たな仲間たち【第1章完】

 しばらくすると、床からゴソゴソとうごめく嫌な音が聞こえてきた。

 

 察知スキルが敏感に反応する。

 

「鈴木さん、最後の気力を振り絞りましょう!」


 里中の声とともに、床が開く。


 最初は床の下が地面で埋まっているのかと思った。茶色の床が出てきたからだ。しかし、それはバッタの壁だった。床の扉が完全に開いた瞬間、64匹のバッタが一斉に飛び出した。


 鈴木の周りにはこれまで戦ってきたバッタの死骸が至るところに転がっている。


 飛び出してきたバッタはそれを見て警戒したのだろう。一瞬で自分が倒すべき生物を見定める。


 64匹のバッタの集団が鈴木を取り囲む。


 鈴木は集合体恐怖症ということもあり、全身に鳥肌が立つ。


 地上から頭上から、バッタが一斉に鈴木に飛びかかる。


 鈴木の視界は焦げ茶色に埋め尽くされる。


 先程同様タイミングをあわせて金槌をハンマー投げの要領で振り回す。


 ドン!

 

 バッタに当たった瞬間、まるで金槌を地面に叩きつけたときのような重さが伝わってきた。バッタが密集しすぎていて金槌を振り回せない。


 力をいれて、なんとか金槌を振り回そうとすると、


 バキ!


 衝撃とともに金槌の根本部分がぽきりと折れてしまった。


 絶望の状態のまま、無数のバッタが鈴木に飛びついた。


 バッタに囲まれて視界を奪われた鈴木は、今自分が立っているのか倒れているのかもわからなくなっていた。


 重みと痛みと恐怖が襲ってくる。バッタは口を大きく広げて、鈴木の身体を噛んでくる。その痛みは飛び起きたいほどだが、バッタの重みで身体を動かせない。


「やばい、これはもうダメなやつだ」

 

 なすすべなく、鈴木の心も金槌のように折れてしまった。

 

「鈴木さん!今です!スキルを発動するんです!」


 ガラス越しに黒宮の声が聞こえてきた。


 そうだ!俺にはまだスキルがある!


 折れた金槌はずっと右手で握っていた。力強く握り直して叫ぶ。


「武器錬成!」


 鈴木は今自分がほしい武器をイメージしながら唱えた。


 唱えると同時に先の折れたただの棒きれが光出す。


 握りしめた柄が太くなり、先頭に巨大なハンマーが部分が生まれてきた。


 視界はバッタで埋もれているが、たしかに武器が作り出されたことは手の先から感じる。自分が望んだ武器になっているだろう。


 バッタの重みと痛みを振り絞って、鈴木は手に持った巨大金槌を振り回す。


 危険を感じたバッタは一斉に距離をとる。警戒しながら鈴木の様子を伺う。


 やっと自由になれた鈴木は手に持っていた武器を見る。


 小さな金槌だったはずが、今は野球バットの大きさで頭にはドラム缶の大きさほどのハンマーがついていた。

 グリップの部分は黒く光っている。そして、ハンマーは打ち付けたばかりのように真っ赤に熱を帯びていた。

 

 自分がイメージしたとおりだった。


 柄を強く握り、警戒するバッタに向かって振り下ろす。


轟焔粉砕ごうえんふんさい


 ハンマーから炎が強烈な勢いで吹き出る。その炎は咆哮する獣のような荒々しくバッタに向かう。バッタは逃げ場なく炎を全身に受け止める。


 火がついたバッタたちが部屋の中を飛び回る。あたりが炎に包まれる。


 炎の勢いは収まらず60匹以上のバッタがそのまま塵となった。

 

 経験値を獲得した声が聞こえるが、鈴木の意識は薄れかける。


「同一種の相手を100匹倒しました。条件達成報酬として熟練スキル「鑑定Lv1」を獲得しました」


 聞き慣れない言葉を耳にしながら鈴木はドサリとその場に倒れた。


 天井からスプリンクラーが発動し、水がまかれる。水びだしになるが鈴木は身体をピクリとも動かせない。


 赤城と黒宮が急いで部屋に入ってきた。黒宮は消化器を発射して炎を鎮める。


「大丈夫ですか?鈴木さん」


 赤城が近づいてきた。


「お疲れさまでした。本当によく頑張りましたね」


 赤城が保育士さんのように優しく微笑みかける。


 あんなに鬼コーチだった赤城が優しい。それだけでなんだか疲れた心と身体が癒やされていくようだ。


 いや本当に疲れがなくなっていくぞ。


「こんなところですかね。鈴木さんにヒールをかけておきました。これでまだ働けますね」


 赤城がニッコリと笑う。


 全快とまではいかないが、さっきのフラフラ状態からはだいぶ体力が回復した。この人は本当に憎たらしい上司だ。


「同一種を100匹倒したことで、鑑定スキルを手に入れましたね。このスキルは相手の能力を把握できるスキルです。これであなたの生存確率がぐっと高まるわ」


「やっと終わった……とりあえず休ませてください……」


 黒焦げとなったバッタの死骸に目をやる。今更ながらかわいそうという慈悲の念が沸き起こる。


「レベル10になった鈴木さんにはこれから任務に出てもらいます」


 鈴木の気持ちなんか無視して赤城が話し続ける。


 この女はほんと人使いが荒いな。


 すると、

「ただいまでーす!わーすごいー煙たーい」

「今戻りました」


 二人の女性が入ってきた。


 一人は金髪ショートツインテールの女性。身長は150センチほどで小柄だが、透き通るような白い肌と金髪の組み合わせが存在感を際立たせている。笑顔が似合っており、彼女の周囲は常に陽気さが漂う。


 もうひとりは身長は170センチぐらいだろうか。高身長だが猫背気味で気の弱そうな女性だ。髪は黒色ボブ。目をキョロキョロさせ、つねに落ち着きがなさそうだ。

 

「ちょうどいいわ。これで全員揃ったわ」


「金色さんに、葵さん、紹介するわ。新しいメンバーの鈴木さんです。後衛としてこれから私たちをバックアップしてもらいます」


「よろしくー!」「よろしくおねがいいたします」


「鈴木さん、この二人はあなたと同じレベルアッパーです。金髪の少女が金色さん、その隣にいる長身女性が葵さんです」


「はあ、よろしくおねがいします」


 鈴木は地べたに座りながら挨拶をする。


「今もなお凄まじい勢いで昆虫たちが日本を侵略しています。私たちに時間はありません。鈴木さんも成長した今、これからこのメンバーで昆虫を駆除していきます。私たちで日本を救うんです!」


 赤城は一人一人の目をみながら熱弁した。


 鈴木たちの長い闘いがここから始まった。


 第1章完。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界昆虫日本侵略 子鹿なかば @kojika-nakaba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ