第13話 バッタ100匹レベル上げ
「え、だって自分は入院しているんですが」
「まぁこれぐらいの傷なら大丈夫でしょう」
赤城が笑顔を崩さずにさらっと述べる。
「え……」
「黒宮さん退院の手続きをお願い」
「わかりました」
赤城に指示された黒宮は病院の中へスタスタと入っていく。
「さ、私たちは部屋にいって荷物をとりにいきましょう。社会が荒廃していて病院は満杯です。あなたみたいな軽症者がゆっくりできる余裕はないんです」
部屋に戻ると医師によって簡単な検査が行われ、あれよあれよという間に退院となった。
エントランスにでると、見覚えのある車が目に入る。運転席には、黒宮が自宅に現れたときに一緒にいた渋めのおじさんが乗っている。
赤城が助手席に乗り、黒宮と鈴木が後部座席に座る。
ドアがしまると同時に、丁寧に車が発進する。
赤城が後ろを振り返りながら喋る。
「これから私たちの研究施設へ向かいます」
赤城の説明は続く。
「鈴木さんのこれからの使命は昆虫駆除になります。しかし、鈴木さんの能力は最弱の部類です。そこで鈴木さんには文字通り経験値をためてもらいます。詳しい方法は施設についたら説明しますね」
赤城はニコリと笑うとそこで説明を切り上げた。正面を向きなおすとパソコンを開いて仕事を始める。質問するタイミングを見つけられず、鈴木は黙ったまま車に揺られる。
沈黙のまま20分ほど経過する。道路には無人の車が放棄されている場所もあり、思うように進めなかったが、迂回しながらやっと目的の場所についたようだ。車は大きな施設の敷地に入る。
50台ぐらいが停まれそうな駐車場。建物も何階建てだろうか、10階は超えていそうだ。
場所は、環八通りを北上していたので、世田谷区あたりだろうか?
エントランスの前で丁寧に停車する。
「ついてきてください」
そう言うと赤城がドアを開けるとスタスタと歩いていく。黒宮に続いて鈴木も車から降りる。彼女についていきながら施設に入る。
エントランス前には警備員が2名立っており、空港の保安検査場で行われるような検査が行われた。昆虫が付着していないことをX線で確認し、最後はダメ押しで全身に殺虫剤を吹きかけられた。このチェックは自分だけでなく、赤城や黒宮も受けさせられていた。
検査を終えてやっと建物に入る。
1階のエントランス付近は吹き抜けとなっており、3階まで視界に入る。スーツを着た公務員風の男性や、白衣を着た人が忙しなく歩いていた。
赤城が振り返る。
「ここは新型昆虫の国の研究組織です。新型昆虫の発生場所の収集と情報公開、昆虫の研究が表向きの任務です。私たちカラーズはこの研究組織の一部署という位置づけで、あなたのようなレベルアッパーを極秘で研究しています」
早口で説明すると赤城はそのまま1階フロアを真っ直ぐ進む。
しばらく歩くと、連絡通路を渡り別の建物に移る。
先程の建物は出入り自由な雰囲気だったが、こちらの建物は厳重に管理されている。
入るときに入館証でID管理がされ、扉も二重扉となっている。
「先程の建物は主に背広組がいるところでして、こちらの建物は白衣を着た研究者が日夜研究をしているところです」
先程の建物は開放的で近代的な雰囲気だったが、この建物は無機質でどこか不気味さを感じる。
しばらく赤城のあとに続くと、白衣を着た男性が廊下の先からこちらに向かってきた。
「今日はどんな無茶振りですかい?赤城さん」
右手をあげながら、赤城に馴れ馴れしく話しかけたこの男性は40代ぐらいだろうか、無償ひげを伸ばし、白衣もよれよれで染みもついている。
「彼を鍛えたいの。黒宮さんのときのようにバッタ100匹お願いできるかしら」
白衣を着た男性がちらっと鈴木の方をみる。
「彼もレベルアッパーで?」
小さい声で赤城に確認をする。
「ええ、期待の新人です」
それを聞くと、男性は鈴木の前にきた。
「昆虫を研究している里中です。よろしく」
差し出された手を握り返す。
「赤城さんのシゴキはきついですよ。ついてきてください」
そう言うと、里中はスタスタと廊下をあるき出す。
説明を求めて鈴木は赤城の顔を見る。
「え、命の保証はあるんですよね?」
赤城はニコッと笑うのみだった。
困惑したまま里中の後を追うととある部屋の前で止まった。一面ガラス張りになっていて部屋の中が見られる仕様になっている。鈴木は昔に一度スカッシュを経験したことがあるが、まさにこの部屋はスカッシュコートのようだ。扉のあるガラス面以外の3面はコンクリート壁が天井まで伸びている。
里中に指示され、部屋の中に入る。部屋に入ったのは鈴木のみだ。
赤城がガラス越しから話し始める。
「鈴木さん、私たちはこれから大きな仕事をすることになります。千葉県と東京都あわせて2,000万人近くの人々が危機にひんしています。そして近いうちに日本全土が混乱に陥ることでしょう」
鈴木はごくりと唾を飲む。
「私たちカラーズは、自衛隊や警察と協力しながら、近いうちに一斉駆除を開始します。予定は1週間後。それまでに鈴木さんには文字通りレベルアップをしてもらう必要があります」
赤城が話し終わると、里中の声が天井からスピーカー越しに聞こえてきた。
「赤城さーん、こっちはいつでも準備できてまーす」
「こちらも準備は万端です。では里中さん説明を!」
「私たちの組織は、研究のために昆虫を捕獲しています。こまったことに新型昆虫は在来種以上に繁殖能力が強くって、この前捕獲したバッタなんて一ヶ月ごとに産卵するんですが、1回の産卵で100個ほどの卵を産みます。ちょうど孵化したところでして、バッタが増えすぎて困っているんですよね」
「それを私がこれから駆除しろってことですか」
「御名答!」
里中の説明が続けられる。
「この部屋の奥の床をご覧ください。一部の床が開閉式になっています。あの床から1分ごとにバッタがでてきます。鈴木さんはそのバッタを駆除していってください」
1分ごと。多摩川では手も足もでなかったのに。
心を読んだかのように赤城がフォローする。
「大丈夫です。このバッタはまだ幼虫で翅がないんですね。ただ、他の種と比べても大きいのが特徴で、幼虫でも大きさは50cmほどあるんです。雑食で何でも食べる子たちでして、稲も食べれば、ネズミも食べます。そして人間も」
赤城の声はよく通る声でガラスの向こうからでもはっきりと聞こえる。
「鈴木さんにはこの昆虫を全部倒してください。バッタ幼虫の経験値獲得は10ほど。100匹倒した頃にはレベルが5つほどあがっているはずです。命の危険を感じたら逃げてくださいねー」
赤城のにっこり笑顔が悪魔にみえる。
「逃げろったってどうやって……」
「では里中くんお願ーい」
「それでは行きますよ。最初は1匹、つぎは2匹、3匹と出す数を増やしていきます」
「えーっと、じゃあ100匹ってことは最後は何匹でてくるんだ?」
「等差数列の和を使えば簡単に出てきますよ。ご武運を」
「等差数列ってなんだっけ?」
そんなことを考えているうちに、目の前にある床がガバっと開いた。
中はスロープになっていて、焦げ茶色したバッタ1匹が警戒しながらゆっくりとあがってきた。
大きい。体長は50cmほど、身体の割に頭が異様に大きい。3等身ぐらいの大きさだ。焦げ茶色に黒い点々がついている。
バッタが鈴木に飛びかかる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます