第9話 多摩川でバッタと遭遇

 歩いて15分ほどで多摩川の河川敷に到着した。鈴木が今いるのは堤防だ。そこから階段を降りると芝生が広がっており、サッカー場や野球場もある。普段はランニングをしている人で賑わっているが、今は1人も見当たらない。


 堤防沿いの道路脇に先程の車を見つけた。中では運転手のおじさんがパソコンをいじりながら誰かと電話をしている。おじさんは待機で黒宮だけが駆除にあたっているのか?


 車を横目に見ながら、堤防を少し歩いて黒宮を探す。


 いた。野球場に黒宮はいた。


 黒宮は巨大なバッタ3匹と対峙している。昨日ニュースで見たバッタに似ている。バッタの近くには人間が転がっている。顔や手足の先が無くなっている。黒宮が助けに行ったのだが、間に合わなかったのだろう。


 バッタと対峙する黒宮は日本刀を握っていた。その姿をみて鈴木はやっと思い出した。


「そうか、カラーズの女の子だ!」


 見覚えのある顔だと思っていたが、この前テレビのニュース番組で取り上げられていた駆除専門チーム「カラーズ」の一人だ。パソコン腰に見るより若く見えるから気づかなかった。


 黒宮は3匹のバッタに囲まれている。昨日のニュース映像が思い起こされる。この新種のバッタは集団で人間を襲う。いくら駆除専門家の黒宮といえど分が悪いのではないか。


 助けにいかなくては。階段を降りて黒宮のもとへと急ぐ。野球場の外野付近にいる黒宮に近づこうとベンチ付近に来た瞬間、身体が動かなくなった。頭からいっきに冷や汗がでて、心臓の動悸が早まる。


 ここから先は危険だ。脳が、身体の細胞が、そう伝えてきていた。


 察知スキルが発動したのだ。これ以上足が前に出ない。昨日トンボに襲われた恐怖を思い出す。


 そんな鈴木が近くにいることには気づかず、黒宮と3匹のバッタはしばらくにらみ合いを続けた。


 まず2匹のバッタが同時に彼女に飛びかかった。


 黒宮は右にステップをしてバッタの突進をかわす。その動きにあわせて残りの1匹がタイミングをあわせて飛びかかってくる。バッタのチームワークは完璧だ。


 そのバッタに対しても、彼女は冷静に半身になって攻撃を避ける。握っていた刀を振り下ろし、飛びかかってきたバッタの後ろ足を切断する。斬られたバッタは着地と同時によろける。その隙きをついて、一気に距離を詰めて再度刀を振り下ろす。


 ズシャ。


 バッタの頭がきれいにずり落ちた。


 残るは2匹。日本刀を握り直し、黒宮は近くにいたバッタに斬りかかる。


 警戒心を強めたバッタの反応速度は速く、横っ飛びで斬撃を躱す。


 バッタは着地するなりそのまま黒宮に飛びかかる。黒宮もなんとか刀で打ち払う。


 控えていたもう1匹のバッタが一直線に飛びかかってくる。


「いまです!」


 控えていたバッタが飛びかかってくるのを黒宮は予想していた。バッタを一刀両断すべく気合を入れて刀を振り下ろす。しかし、バッタは黒宮の予想に反して直前で失速した。刀の射程圏内直前で地面に着地すると、斜めに飛んで場所を変えてきた。


「このバッタ、フェイントしてきた……!」


 様子を見ていたもう1匹のバッタが、刀を振り下ろした隙きを狙って飛びかかる。


 黒宮は身体をひねってバッタの奇襲をなんとか刀で受ける。バッタはそのまま足を絡めて刀を奪いとろうとする。黒宮は刀を振り回すが、なかなかバッタは離れない。今度はもう1匹のバッタも黒宮の背中にしがみついてきた。


 しがみついた2匹のバッタは黒宮の顔を何度も齧ろうとする。黒宮は身体を勢いよくひねり遠心力でバッタを身体から離そうとする。

 

 やばい、このままだったら彼女が食べられてしまう。動けず様子を見ていた鈴木だったが、黒宮のピンチを見てやっと足を動かした。蟻退治のときにリュックにいれていた金槌を取り出し、彼女のもとへ走り出した。

 

 しかし、この距離だと間に合わないかもしれない。そう鈴木が危機感を覚えた時。


「風刃!」


 黒宮が刀を横薙ぎに勢いよくふった。すると、刀から三日月型の「斬撃」が刃から飛び出した。しばらくの沈黙の後、刀にしがみついていたバッタが真っ二つに切断され、地面に落下していった。


 鈴木同様に、背中にしがみついていたバッタもそのシーンに気を取られる。その隙きを黒宮は見逃さなかった。黒宮は肩に伸びていたバッタの前足を握ると、そのまま背負投げを決める。


「気持ち悪いんですっ!」


 ドン! という音ともにバッタが仰向けになる。


「えいっ!」


 なんと黒宮はバッタの胸に向かって正拳突きをかました。


 グシャッ。


 黒宮の拳がバッタの胸元を貫通する。バッタはしばらく足をピクピクさせると、ついには行動を停止した。


「はー、もー気持ち悪い」


 黒宮は刀をしまうと、手を振りまわして付着した体液を落とそうとする。


「スキルをここで使いたくなかったのですが」


 そんなところに鈴木がやっと黒宮のもとに駆けつけた。


「……え、あなたは先程の鈴木さん!」


 ポケットから取り出したティッシュで手を拭いていた黒宮はここで初めて鈴木を認識する。


「ここは危険です! まだ昆虫がいるかもしれません。あなたのステータスでは殺されるだけです! 早く逃げてください!」


 ブーーン。


 重低音で響き渡る羽音が聞こえてきた。


 鈴木の察知スキルが反応する。バッタ以上の危険が舞い込んできたのがわかった。

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