第8話 鈴木、黒宮と出会う
「はい?」
チェーンロックをしたままドアを開ける。
ドアの前には身長165センチほどの女性が立っていた。
「私は国の新種の昆虫調査・駆除チームの黒宮と申します。少しお話よろしいでしょうか」
怪しさを感じつつも、何かしら情報がほしいと思い、玄関のドアをあける。
第一印象は「若い」だった。高校生か大学に入学したてぐらいではないだろうか。手足が長く黒髪のロングがスタイルの良さを際立たせている。キリッとした目からは真面目さがうかがえる。生徒会にいそうだ。才色兼備で学校ではモテただろう。
服装は長袖長ズボンのスポーツウェアを着ている。
彼女は身分証を提示しながら話し始めた。
「新型昆虫研究センターの黒宮と申します。突然の訪問失礼します。昨日近くの公園で昆虫に襲われた方を探しているのですがお心あたりはありませんでしょうか?」
「えっと、私です。大きなトンボに襲われました」
「お怪我はありませんでしたか?」
「はい、翅で背中を切られましたが大丈夫そうです」
「ちょっと見せていただけますか?」
言われるがままに服をまくって背中を見せる。
彼女はしばらく傷をチェックする。お隣さんに見られたら恥ずかしいな……。
「見たところ異変はなさそうです。毒や寄生する種類も確認されているので、異常を感じたらすぐに医療機関を受診してください」
「毒」・「寄生」といった怖い単語が出てきてゾッとする。
「わ、わかりました」
「当時の状況を教えていただけますか?」
鈴木は昨日の出来事を話した。
「すごい、あの巨大な昆虫をお一人で」
黒宮は素直に驚いた。
鈴木はこのまま気になっていたこと、レベルアップや経験値のことを黒宮に話そうか悩んでいた。
そんな折、黒宮の目つきが真面目さを帯びた。
「今日伺ったのは事情を聞くためだけではありません。鈴木さんにお聞きしたいことがあるのです」
あれ? 自分の名前を名乗っていないはずだが。
「この投稿をしたのはあなたですね?」
黒宮がポケットからスマホを取り出し、画面を鈴木に見せる。
やばっ。鈴木の背中には冷や汗が流れる。
黒宮のスマホ画面には、昨日寝ぼけながら投稿したツイートが写っていた。
「昆虫に襲われて死にそうになった。もう日本はやばいかもしれない。そして何故か経験値を獲得した。」
小学生のころ学校の先生に悪事がバレたときのような緊張が鈴木の全身を巡る。
今考えればなぜこんな投稿をしてしまったのだろう。自分を危険に陥らせるだけではないか。
「あ、あの……」
しばらく言い訳を考えたが、観念した。黒宮は自分の名前が鈴木だということも知っていた。ちゃんと調べてここにいるのだろう。
「は、はい、そうなんです。信じてもらえないかもしれませんが、トンボを倒した時経験値を獲得したという声が聞こえたんですが……」
それを聞いた瞬間、黒宮は喜びの声をあげる。
「見つけた! やっと見つけました。詳しく話を聞きたいので、私たちの機関までご同行を……」
急に興奮し出した彼女だが、言い終わる前に黒宮のスマホから着信音が流れる。
「はい、黒宮です」
すぐさま黒宮は電話にでる。
スマホから相手の声が漏れ聞こえてきた。
「多摩川付近で昆虫が人を襲撃している通報あり。自衛隊や警察の到着が遅れそうなの。一番近くにいるのは黒宮さん。ただちに現場に行ってくれないかしら。端末に情報を送ったわ」
「わかりました」
黒宮が早口でまくし立てる。
「すみません、私は緊急の用ができてしまったので、今から出なくてはなりません。鈴木さん、後ほどまた来ますので、このままご自宅で待機されていてください」
そう言うと、黒宮は走っていってしまった。サンダルを履いて後を追うと、家の前に車が停まっていた。運転席にはダンディーなおじさんが乗車していた。彼女が車の後部座席に乗り込むと車はすぐに発進してしまう。
電話では多摩川と言っていた。ここから歩いて行ける距離だ。
鈴木はいてもたってもいられなくなり、そのまま多摩川に向かうことにした。
先程の蟻退治でレベルアップしたことで鈴木は気が大きくなっていた。自分も彼女に役に立てるのではないか。その認識が甘かったことを鈴木はこの後すぐに知ることになる。
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