第6話 コンビニで買い出しをしよう

 外出するのは怖いが、近くのコンビニへ行ってみよう。避難するにしても、家に閉じこもるにしても、ある程度まとまった食料が必要だ。


 エコバッグ片手に出ようとしたところで、玄関においてあった金槌が目に入る。趣味のキャンプで使っていたものだ。


「念の為これも持っていこう」


 昆虫に襲われたときのために、武器として使えそうなものを一応持っていくことにした。


 ドアの前で呼吸を落ち着ける。


 ふぅーー。


 勇気を出して扉を開けて外へ出た。


 部屋の中でも聞こえていた警報音が、一気に鼓膜を震わせる。音は複数から出ており、不協和音を奏でている。


 次に焦げ臭さが鼻を刺激する。ゴムを焦がしたような強い匂いが鼻の奥を刺激する。


 アパートの外階段から1階におり、目の前の細い道路を渡る。道路脇には車が壁につっこんでいるが、運転席には誰もいない。運転手は無事だろうか。


 コンビニにはここから歩いて5分ほどにある。


 周囲を警戒しながら、道を進む。


 コンビニに近づくと、次第にちらほらと人の姿が見えてきた。人に出会えたことに心が緩む。話しかけたい気持ちになるが、何を話していいかわからない。彼らはみな皆急いでコンビニを目指していた。


 昆虫に遭遇することなく無事にコンビニに到着した。コンビニは窓ガラスにヒビが入っているが、中は多くの客で混雑している。ありがたいことにオープンはしているようだ。


 しかし、様子がおかしい。みんな険しい顔で店内を回っている。なにやら口論している声も聞こえてくる。


 鈴木は嫌な予感をしながら、コンビニに入店すると、案の定商品はほぼ売り切れ状態だった。数少ない残りの品物をゲットしようと店内にいる客たちで奪い合いが発生している。

 

 「どけ!おれがとったんだ!」

 「何よ私が先に触ったのよ!」


 40代のおじさんと50代のおばさんが激しい言い合いをしている。


 よく見ると店員がいない。そりゃそうだこんな日に勤務するアルバイトなんていないよな。


 ということはみんなお金を払わずに持ち去っているんだ。日常が壊れ去ったことをより一層実感する。


 手ぶらでは帰りたくない鈴木も、人混みを押しのけなんとか食品コーナーまできたが、カップラーメンや冷凍食品コーナーは空っぽだ。


 みんな考えていることは同じだった。保存の効く食品から無くなっている。紙コップや書籍がかろうじて売れ残っているぐらいだ。


 あきらめて帰ろうとしたとき、口論を続けていたおじさんとおばさんの口論が激しくなる。ついにはおばさんがおじさんの肩を強く押した。おじさんはバランスを崩し、床に激しく転倒する。おじさんが手に持っていた買い物かごの中身があたりに散らばる。


 おばさんを筆頭に周囲の人たちがこぼれた食品を奪い合う。


 その光景にあっけにとられていた鈴木だが、足元にカップラーメンが転がってきた。


 四の五の言ってられない。鈴木は急いでそのカップラーメンを拾う。


「あ。」


 声をする方をみると、20代の女性が鈴木の足元のカップラーメンに手を伸ばしていた。タッチの差で鈴木のほうが早かった。鈴木はそのままカップラーメンを拾う。


 女性の顔には不満と焦りが浮かんでいた。


 鈴木は無人レジでバーコードを読み取り、スマホ決済で精算をする。

 

 もうここのコンビニも頼りにはできないな。今後の食糧確保に課題を感じつつ、鈴木は逃げるように退店した。



 コンビニからの帰り道、住宅街を歩いていると、突然、


「経験値2ポイントを獲得しました」


 と声が聞こえてきた。


 なんでこのタイミング?


 焦りと恐怖で冷や汗がでる。


 周囲を見渡してみても昨日のトンボのような昆虫は見当たらない。


 ふと気になって、足下を見てみると、蟻の行列を遮断していることに気づいた。


 行列をなしている蟻は体長5センチほどだ。かなり大きめの蟻だ。蟻たちは自分の足を避けるように、新たな道を見つけて、行進を続ける。


 足を上げてみると、蟻が潰れていた。


 別の蟻を試しに踏み潰してみる。


「経験値2ポイントを獲得しました」


 やはりこの蟻だ。


 部屋にでた蜘蛛では獲得できなかったが、この蟻なら経験値が獲得できる。


 この蟻も新種の昆虫なのか?そして新種の昆虫を倒したときだけ経験値を獲得できるのか?


 考えを巡らせていると、

 

 イタッ。


 足に鋭い痛みが走る。ズボンの裾をあげてみると、一匹の蟻が巨大な顎でスネを噛んでいた。


 デコピンで弾き飛ばす。


 噛まれた箇所から一筋の血がたれてくる。


 地面に不時着した蟻は身体を不自然にくの字に折りながらも、しぶとくまだ生きている。しゃがみこんでそのアリをよく観察してみると、頭には顔のわりに大きな一本の角が生えていた。初めて見る種類だ。


 近くにあった石で蟻をすりつぶす。


「経験値2ポイントを獲得しました」


 それからしばらく蟻の観察を続けていると、後ろから女性が通り過ぎていった。先程のコンビニでカップラーメンの争奪戦を繰り広げた20代の女性だ。


「あの、すみません」


 無意識のうちに話しかけていた。


「は、はい」


 女性は怪しげな目を向けながらも、立ち止まってくれた。


「あ、あの、先程コンビニにいた方ですよね。あの、すごく意味のわからないお願いになってしまうのですが、この蟻を踏んでみてもらえませんか?」


 我ながらいきなり何言ってんだ?しかし、誰もが経験値を獲得できるのかを知りたい。


 女性も怪訝な顔をしている。


 蟻を踏み潰してくださいと女性にお願いするなんて、どんな性癖の持ち主なんだと思われていることだろう。


「あの、蟻の生態調査をしている研究者でして……、えーっと、かわりにこのカップラーメン差し上げますので! 踏んでいただいて蟻の動きをみたいんです!」


 カップラーメンにわかりやすく反応した女性は、「それだけなら」と恐る恐るこちらに近づいてきて、蟻の行列を踏む。


 足を上げると、確かに数匹の蟻が踏み潰されていた。


「あの、何か声が聞こえませんでしたか?」


「えっ?」


「経験値を獲得した、という声が聞こえませんでしたか?」


「いえ、何も聞こえていませんが」


「そうですか……」

 

「あの、もういいですか?」


 お礼を言いながらカップラーメンを渡すと、女性はそれを受け取ると即座にその場から立ち去っていった。


 ……ぜったい変態だと思われたよな。


 とはいえこの実験で、誰でも経験値が獲得できるわけではないことがわかった。


 自分だけが新種の昆虫を倒したときに経験値が貯まるのかもしれない。


 この突然の状況に、鈴木は性にもなく無性にワクワクを感じていた。


「よし! 自分だけの能力ならとことん研究してみよう!」


 鈴木は蟻を見やる。まずはこの蟻を一掃してみるか。

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