第4話 現状整理をしよう

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 頭の整理が追いつかないが、なんとか死なずにすんだ。


 隣で潰れている巨大トンボを見る。トンボの頭からは、緑色の液体や脳髄と思わしきゼリー状の個体が飛び散っている。

 

 その異様な姿を見て再び恐怖が湧き出てくる。


 人が集まってきたので、放り投げたビジネスバッグを拾って、逃げるようにその場を後にする。膝が震えてうまく歩くことができない。


 フラフラの状態でなんとか家に帰宅した。襲われていた女性は無事だっただろうか?


 家につくなり浴室へ行く。土まみれの服を着たままそのままシャワーを浴びて汚れを落とした。服を脱ぎ、背中の傷を確認する。水がしみるが血はすでに止まっていた。思ったほど深くはなさそうだ。念の為明日病院へ行こう。


 シャワーからあがり、ベッドに横たわる。


「はーーー、なんだったんだ、あのトンボは」


 トンボの巨大な1つ目が思い返される。自然と体が震えてくる。


 間違いなく千葉県で発生した新種の昆虫だろう。こんな千葉から離れた家の近くまで発生しているとは。

 

 死の危険が近くまで迫っていることに、背筋がゾッとする。


 さらに意味がわからないのが、「経験値を獲得」とか「レベルがあがった」とかいう例のあれだ。


 頭が混乱するあまり生み出した幻聴なのだろうか。しかしはっきりと聞こえた。


 まさかなと思いつつ、WEB小説でお決まりのワードを叫んでみる。


「ステータスオープン!」


 ……


 ……なにも起こらない。


 安心したようながっかりしたような、微妙な気持ちだ。


 その後に獲得したスキルについても気になる。熟練スキルと言っていた<恐れぬ心>と<身体強化>はなんとなくわかる。謎なのは最後に獲得したユニークスキル「武器錬成」だ。


 文字通り武器を生み出すことができるのだろうか。


「いでよ! マスターソーード!!」


 ……


 なにも起こらなかった。武器が出てくるかと思ったが物理上そんなことはありえない。


 30歳過ぎたおっさんがひとりで何してんだと顔が赤くなる。

 

 頭がパニックを起こしているので、ひとまずテレビをつける。バラエティ番組を見たかったが、緊急のニュース速報が流れていた。


「繰り返します。都内で複数の新種昆虫が出現しました。場所は……」


 スタジオに居るアナウンサーが神妙な面持ちで原稿を読んでいる。


 都内の複数の場所で昆虫が人を襲う事件が発生したらしい。死亡者もでている。


 テレビでは通行人が撮影したと思われる動画が流された。


 動画は渋谷区にある夕方の代々木公園で撮影されたものだ。夕日に照らされた芝生の上に、50センチほどはありそうな大きなバッタが映し出されていた。


 カメラに写っている範囲では5匹。焦げ茶色の胴体に、まだら模様の翅がピンと伸びている。鈍く光る赤黒い目でジッと辺りを見回していた。


 周囲は逃げ惑う人々がほとんどだが、遠巻きに観察している人も複数名いる。撮影者もその一人だ。


「うわ、これやばいやつだろ」


 恐怖を感じながらも、見たこともない大きさのバッタに目が離せない様子でカメラをまわしている。

 

 しばらくすると、5匹のバッタが一斉に跳躍した。向かった先は周囲で観察していた一人の青年。5メートルほど離れた場所にいたが、1度の跳躍で青年の元へ届く。頭、手、足、5匹のバッタが青年の身体にしがみついた。


「ぎゃ――――!」


 パニックに陥る青年。手足を暴れさせ振りほどこうとするが、バッタは離れる気配がない。


「痛い! 誰か助けてー!」という悲鳴が聞こえた瞬間、映像は中断された。


 トンボだけじゃない、複数の新種の昆虫が東京に出現しているようだ。


 底知れぬ戦慄が心に波打つ。身体が震えだしてきた。


 テレビでは、都知事は住民に外出禁止を要請し、明日にも緊急事態宣言の発出を検討していることを伝えていた。


 その後テレビやSNSをくまなくチェックしたが、似たような情報ばかりで、一番気になっている「経験値」については情報が何もなかった。

 

 今日のような出来事がこれから毎日のように起こってしまうのか? 生き残ることができるのか?


 そして、この昆虫を倒せば経験値がたまってレベルがあがるのか?


 頭を抱えるようにしてベッドに寝転ぶ。睡魔が襲ってくるが、いつもの癖でスマホをなんとなしに開く。


「昆虫に襲われて死にそうになった。もう日本はやばいかもしれない。そして何故か経験値を獲得した。」


 鈴木はウトウトしながらSNSにそんな投稿をしていた。誰も信じてくれないだろう。そう思って投稿したが、この投稿が鈴木の人生を大きく変えることになる。


 これからどうなってしまうのだろう? 答えの出ない疑問を頭の中で反芻させていたら、いつの間にか眠りについていた。

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