顔
だるお
顔
わかっていたけど
来るんじゃなかったと思った。
聞くんじゃなかったと思った。
「だからさ、俺は幸運だと思っているんだよ。あんな見た目の女でも」
「酷い言い草だな。気持ちは解らんでもないが」
「だろう?あんな変な見た目の、その上陰気で、何一つ面白い事も言えない、つまらない女と結婚させられるんだぜ?」
「まあなあ。あれは無いな」
「あれはなあ」
「ははは」
「あれだよ、部屋を真っ暗にして、顔を見なければいいんだよ」
「あはははは」
酷い会話だった。誰かが言っていた、男の人の悪口は聞くものではないと。本当に、いくら何でも酷すぎる。
あれが、私の婚約者であるアレクセイの本心だったのですね。
「あははっはっは!じゃあ僕に譲ってよ」
「それは……さあ…」
「でしょ?文句言える立場じゃないでしょ君は?」
「まあなあ、子爵家の三男がとんでもないトコに婿入りってさあ」
「ほんとそれ。羨ましすぎるよ」
「代わってくれよ、俺に」
「せめてアナスタシアとリリアナの立場が逆だったら最高なのになあ…」
「ま、それはね、彼女たちに罪はないけどさ」
「やっぱり顔だよなあ」
彼らの声を遠くに聞きながら、私は黙ってその場を後にしました。
私の名はアナスタシア・ニフリート、この国の侯爵令嬢であり嫡嗣です。私に兄弟姉妹はおらず、この国は女性でも爵位を継げるため、婿養子を取って家督を継ぐ事が幼いころから決まっていました。
先代の侯爵である私の母ナターシャ・二フリートが、二年前に流行り病で亡くなった為、現在は入り婿の父が侯爵代理として領地と家の運営に携わっています。
私も母の生前から領地運営に関わっていたため、家督の移譲は私が学園を卒業する一年後に、問題なく進められることがすでに決まっています。
その為、私と結婚したがる人は多いのです。全て家目当てですが。
私の容貌は少し変わっています。
平坦で凹凸の少ない平らな顔で、目が細く、表情が解りづらい、この国では珍しい顔をしています。髪と目は暗い色で、黒に近い藍色。背も低く、細くて華奢な体は、年齢よりも幼く見えます。
唯一の自慢である、真っ白くきめ細やかな肌だけは、私の密かな自慢です。
この特異な容姿を持つ理由は、落ち人である曾祖母にあります。曾祖母は異世界からやって来た人で、この国に現れてすぐに魔法の才能が開花し、多くの功績を残して僅か28歳でこの世を去った、伝説の大魔導師です。
彼女によく似た風貌で生まれた私は、この国の人たちとは違う、異世界人の顔を持っています。そのせいか、高位貴族のご老人方からは絶大な人気を誇りますが、若い貴族、学院の一部の学生たちからは「醜い」と嘲笑されています。
もっとも、似ているのは顔だけですが。
私自身、この顔が好きになれずに苦しんだこともありました。どれだけ化粧をしても、他の子女のようなぱっちりした目になる訳でもなく、平坦な顔は、髪を結いあげてドレスを着た時に、一人だけ不格好に見えます。
それでも、自分だけは自分の見た目を愛そうと、受け入れようと、ずっと努力してきました。
「アナスタシア様はご存じないと思われますが、アレクセイ様はいつも旧校舎の奥にある談話室でお友達と過ごされていますわ」
いつも一人ぼっちで可哀そうなアナスタシア様。ご自分の婚約者がどこで何をしているのかすら知らないなんて。と、リリアナ・ミラビードナヤ伯爵令嬢は楽し気に笑っていました。
美しい金の巻き毛に大きな水色の瞳、小さくて形の良い唇、お人形のような小さな顔、全てが可愛らしい彼女は、私の婚約者である、アレクセイ・リョーフキ子爵令息の、学園にいる間だけの『期間限定の恋人』である美少女です。
彼女だけでなく、学園内には多くの『期間限定の恋人』たちがいます。卒業したら決められた相手と結婚するその前に、自分の好きな人や好みの人と特別な時間を楽しむ風潮は昔からあったと聞いています。
アレクセイは魅力的な人です。日に透けてきらきらと輝く金の髪に、深い青色の瞳、美しく整った顔立ちで、すらりと背も高く、そこにいるだけで華やぐ空気を持っています。更には、成績も優秀で、剣術も得意。文武両道のお手本のような優等生。いずれは王太子の側近として召し抱えられるだろうと噂されている彼は、女性たちの間でとても人気があります。彼は子爵家の三男で、学院卒業後は私の家に婿養子として入る事が決まっています。
母の死後すぐに私はアレクセイと婚約しました。
私の婚約は、私に何の相談もなく、父が勝手に決めたのです。
父は単純な人です。今後の助けになりそうな頭と見目の良い人を、義理の息子にと望んだのだろうことは推測できました。
私は自分に自信が無いので、父は私を気遣ったつもりでいたようです。堂々とした、物おじしない性格の彼は、大人しい私をサポートしてくれる、良いパートナーになるだろうと、父は得意げに私に言いました。
ですが、私は彼との婚約を望んだわけではありません。
特別魅力的な人と結婚したいと思った事などありません。
私が欲しかった特別は、私を好きになってくれる人、それだけです。
私はいつか、誰かに望まれて婚約したかったのです。そんな相手ができるはずないと思う気持ちと、誰か一人くらいは私を気に入ってくれる人がいるのではと思う、ささやかな期待をもっていたのです。
母は自分で結婚相手を決めました。私と違って母は華やかな顔立ちの美しい人でした。そして、大勢の求婚者の中から父を選び、望んで望まれて結婚をしました。
私とは違う。
私は自分の事をよく解っています。
見た目が魅力的ではない事位、幼いころから知っていました。だから努力しました。自分にできる事全て、見た目以外の全てをひたすら磨いてきました。
ですが、どれだけ努力しても、結果はこれです。
皆、見た目の良し悪しで悪口を言い、爵位目当ての人しか寄ってこない可哀そうな女だと嘲る。いくら勉強ができても、頭は良いが顔は残念と言われ、マナーが美しくても、見た目がダメだと笑われる。
もうとっくに、恋をする事は諦めていました。
誰も私を好きにならないのなら、せめて嫌われない努力だけはしようと思っていたのです。
だから見に行くことにしました。
見に行けば、きっと嫌な思いをする。そんなことくらい予想はしていました。リリアナが私を傷つけて楽しもうとしていることも解っていました。
それでも行こうと思った。もしかしたら、ほんの少しくらいは私の事を思っていてくれるのではと、期待をしてしまう程度には、私はまだ子供だと言う事です。
旧校舎の中に入ると声が聞こえて来ました。ここにはめったに人が入らない事もあり、大きな声で話しても大丈夫だと思っているのであろう、アレクセイとご友人たちの話声が廊下にまで響いています。声の感じから思ったよりも多くの人がいると解り、一人でここに来たことを後悔しました。
堂々と入っていこうと思っていましたが、急に心細くなり、自然と忍び足になり、そうして今の会話を聞きました。
悔しいとか悲しいなんて感情を持ったら負けだ。何も考えずにただ帰れば良いだけだ。絶対に泣かない。泣いたら自分がもっと惨めになる。そう、自分を奮い立させて、顎を上げて前を向き、旧校舎を後にしました。
リリアナは私がここに来ると考えているだろう。どこかに隠れてこちらを見ているかもしれない。私が泣きながら出てきたらきっと笑うに違いない。そう考えていれば涙は止まりました。
私は、胸を張って、迎えの馬車を停めてある場所へと一人で向かいました。
屋敷へ戻るとすぐに執事に父と話がしたいと伝え、部屋で着替えを済ませると、自分の部屋で、母から継いだ侯爵家の執務に取り掛かります。私にはあまり自由な時間は有りません。学院から帰ったら家の仕事をして、学院が休みの週末は、馬で半日の距離にある領地に行き、そこで泊りがけで執務を執り行います。私のすべき仕事は膨大です。だから、他の学生たちのように、学園の帰りにカフェに行ったり、買い物を楽しんだことは一度もありません。そして、それを辛いと思うほどわがままな生き方を、私は知りませんでした。
誰かに甘えたり、自分の気持ちをぶつけたり、手をつないで歩いてみたり、一緒にカフェでお茶を飲んだり、小さなお店で髪飾りを買ってみたり、時折そんな空想をしながら、毎日当たり前に勉強をして、執務をして生きてきました。
誰にも迷惑をかけなければ嫌われることは無いだろうと、この顔が嫌われないように、一生懸命生きてきました。
かつて、唯一、私の容姿を心から褒め、愛しんでくれていたのが、今は無き私の母でした。
母はいつも、私のぼんやりとした顔を撫でながら、
「私の可愛いアナスタシア。世界で一番大切な私の宝物。誰よりもかわいい私の子」
と、優しく口づけしてくれました。
母が亡くなって、私は、今まで必死に守ってきた、心の優しい部分が、壊れてしまったのだと思います。
私の父は我が侯爵家の入り婿です。父は私が継ぐまでの侯爵代理でしかなく、私が家督を継いだ後は、いくらかの資産を譲り受けて侯爵家から籍を抜いて家を出るか、籍を抜き、領地運営の補佐をするか決めてもらう事になっています。再婚、もしくは内縁者と同居する場合は、領地運営の補佐もできなくなります。
なぜそこまで厳しい取り決めがなされていたのか。それは、父の浮気が原因です。母は父の裏切りを許さなかった。そして、母は、自分の死後、父に一切の権利を与えないように準備しておいたのです。
私たちは、それを母が亡くなった後、弁護士から聞かされました。母は、父の愛人への一切の援助を、侯爵家への借金として計上していたのです。父は今後、働きながら借金を返さなくてはなりません。それほどの価値のある女性と出会えたことは、きっと父にとっては幸せな事なのでしょう。
父は泣きながら私に謝ってきましたが、私は自分に譲渡されたその権利をそのまま維持する方向で整えたのです。今後は管財人も交えて厳しく管理する事にしました。
なぜなら父は、その浮気相手を未だ愛人として囲っていたからです。現在父は、私が家督を継いだ後の人生をどうすべきか悩んでいる最中でしょう。
父の愛人は本当に美しい、くっきりはっきりした目鼻立ちの美人です。私や私の曾祖母のような、ぼんやりとした顔ではない、華やかな顔立ちの美女、おそらく父の好みはこういう顔なのでしょう。
血のつながった親でさえ、私の顔を嫌うのだから、私の顔が他人に好かれるとは思えないのです。
しばらくすると執事が迎えに来て、父の執務室まで来るようにと伝えて来ました。
「わかったわ」
と言って席を立ち、父の元へと向かいます。
我が家には執務室が2つあります。一つは侯爵専用の執務室。もう一つは補佐、および代理用の執務室。父の使っているのは補佐用の方です。侯爵専用の執務室には侯爵と侯爵が許可した者しか入れません。そこは曾祖母が残した魔法によって守られており、正統な後継者が爵位を継承して初めて入る事ができます。侯爵のみが扉を開ける権利を有する魔法がかけてあるのです。
曾祖母も、この国へ来て、多くの苦難にあったと伝え聞きます。彼女は28歳で亡くなるまでの間に現在の資産を築き、それを自分の子孫にのみ残す魔法をかけてこの世を去ったのです。
曾祖母は独身のまま出産し、生涯結婚しなかった為、子供の父親が誰なのか、公にされていません。知ることができるのは侯爵家を継いだ者のみです。
彼女は全てを拒んで、一人で生きて一人で亡くなったのです。
我が一族はきっと
『他人を信用しない』血筋なのです。
コンコン
ノックをして返事をもらってから部屋に入ると、随分とやつれた父が立っていました。
さすがに少し驚いて、先ほどまでのどろどろした感情が薄まった気がしました。
「お父様、お顔の色が悪いようですが、お疲れなのではありませんか」
「ああ、問題ないよ。ちょっと疲れが出たかも知れないね」
「そうですか。お時間は取らせませんので、少しお話しても宜しいでしょうか」
「もちろん、構わないよ」
そういって父はソファに私を座らせてから私の正面に落ち着きました。
私は手短に今日あった事を話し、婚約の解消を進める事を伝えました。父は少し表情をこわばらせていましたが、黙ってその話を聞いていました。アレクセイが言った、「あんな変な見た目」の話をする時は、自分でも声がこわばっている気はしましたが、それ以上に、父が苦しそうな表情をしたのが不愉快に感じられました。
「アナスタシア、君は、それで良いのかい?」
「勿論です。私に彼は必要ありません」
「そうか…すまなかったね…彼は、アナスタシアを幸せにすると、僕には…言ってくれたんだよ…本当に…すまない…」
「済んだ事です。勝手に婚約者を決められた時は腹が立ちましたが、今更言っても仕方のない事ですし、普段の彼を見ていたら、ここまで酷いとは気づかないでしょうし…」
それに何より、
「私は、私の見た目が美しくない事位解っています。その事で嫌な思いをしても、私は私でしかないので、受け入れて生きてきました。」
「そんなことはない!君が美しくないなんて…!」
「お世辞は結構です。お父様も私とは全く逆のお顔の方を愛してらっしゃるではないですか。今更何を言っても、それを信じるのは無理です。」
父は黙ってうつむいてしまいました。
「それでも、私を選んで結婚して、顔を見ないようにして暮らしていたとしても、私にそのことを気づかせないで下されば、それでよかったのです。」
そう、私は隠し通してほしかったのです。母のように、愛した人を憎んで恨んで死ぬ人生は嫌だったのです。
「幸いにして、彼は優秀ですし、他にも縁談はたくさんあるでしょう。私は入り婿を探しているだけですので、相手に困る事はありません」
そう、お互い問題ないのです。私がただ惨めなだけです。
「私の見た目が醜いからと言われるのは慣れています」
学園でもいつもそういわれていますから。
父は私の話を聞いて涙を流していました。それから、
「すまない、すまない…」
とずっと泣いていました。泣きたいのはこっちですと言いたかったのですが、もうすぐ今の生活を失う父の気持ちを考え、少し哀れんでしまった私は、何も言わずに部屋を出ていきました。
それからすぐに、私は学院へ通う事をやめました。卒業まで残り半年ほどでしたが、単位は全て取り終わりましたし、領地経営の事もあり、もともと休むつもりでしたので、問題なく休学申請は通り、一足先に卒業試験を受け、学院を卒業しました。
そして正式に爵位継承の手続きを済ませ、私は侯爵となりました。
その際、父に今後どうするかと聞くと、驚いたことに父は愛人と別れたそうです。今後は領地運営の補佐として、領地で生活したいと申し入れてきたのです。正直な所、私はこっそり愛人も連れて行くだろうとは思いましたが、そこは黙認しました。
孤独は辛く寂しいものです。父が愛する人と暮らす幸せを奪う気にはなれなかったのです。
数日後、無事に婚約は解消されたと父から聞かされました。婚約解消の手続きは、本来ならば侯爵である私がすべき仕事ではありましたが、婚約を整えた侯爵代理である父に全てお任せしました。もうアレクセイと会いたくないと思っていたからです。
もしも、彼が
「あれは冗談だった」
「本心じゃなかった」
「友人たちの手前、照れ隠しに嘘をついた」
などと言って来たら、きっと私は耐えきれなくて泣いてしまうだろうと思ったからです。馬鹿にされても、蔑まれても、悪口を言われても私は平気です。ただ、見え透いた嘘をつかれるのだけは耐えられないのです。馬鹿にされたと怒るかも知れないし、信じてまた傷つくかも知れない。どちらにしても、その事に振り回されて自分を見失いたくないのです。
だから、私に変わって父から彼へと言付けを頼みました。
「あなたのお気持ちはよく解りました。
変な見た目の、その上陰気で、何一つ面白い事も言えない、つまらない女と結婚するのが決まっている人生は、さぞかしお辛かった事と存じます。
私は二度とあなたと関わるつもりはございません。どうか、部屋の明かりを消さずに済む、可愛らしい顔の方とお幸せになってください。
それでは、ごきげんよう」
父は、一語一句違えず、アレクセイに伝えたと教えてくれました。彼がどんな気持ちで、どんな顔をしたかまでは聞きませんでした。知ったところで何も変わらないものに興味を持つ時間など必要ないからです。
それ位の意地とプライドくらいは持っても許されると思いました。顔が悪いのは私のせいじゃない。好きでこの顔に生まれて来たわけじゃない。
生まれ持ったものを否定されても、それは私が意図して選んだものではないので、そのことを責められても、私には返す言葉が無いのです。
だから、せめて、彼の事をこちらから捨てて、切り離す位の仕返しは許されても良いと思いました。
その日、私は一人で夜中に布団の中に隠れるようにして、声を殺して泣きました。
「美しく生まれてきたかった…私の顔が、気に入らないなら…最初から、婚約なんて…してほしくなかった……」
ぶつぶつ独り言を言いながら一晩中泣き続け、ストレスを発散しました。
これで終わりにします。
幼いころから叩かれ続けて、すっかり打たれ強くなった私は、切り替えも早いのです。
その後すぐに婚約の申し込みが殺到しましたが、忙しくて見る暇が無かったので放置したまま卒業式の日を迎えました。
日々の執務に忙殺されていた私は、学院の卒業式や卒業パーティーに出席するつもりはありませんでした。
しかし先日、学院の院長先生より、お祝いの言葉と共に、侯爵としての顔つなぎも含めて、顔は出した方が良いとのお手紙を頂いたので、出席の返事を出し、ご挨拶も含めて参加することにしました。
嫌だと思っていたパーティーは、きらびやかで華やかで楽しく、参加して良かったと思いました。久しぶりにお会いした学友たちも明るい表情で私を迎え入れてくれました。
意外にも、集まった卒業生たちは私の事をさほど嫌ってはいませんでした。
私が一人でいるのを気にしていた人もいたと聞き、驚いたと同時に、自分がいかに頑なな心で過ごしていたか知る事になりました。
「祖父が落ち人さまの信者で、いつも話を聞かされていたから近寄りがたかった」
「特別な人ってイメージがあったから話しかけにくくて」
という人もいれば、
「侯爵様になるって解っていたから、いきなり近づくと嫌われると思っていた」
などと、言われ、私は自分の顔ではなく、肩書が原因で周囲から避けられていたのだと知りました。考えてみれば、当たり前の事でした。子供の付き合いの中で、ご先祖の影響力と権力は意外と怖いものです。聡い子ほど、私ではなく、私が背負う力を恐れても不思議ではありません。むしろ当然だと思います。何故今まで気づかなかったのか。
私は自分の顔を気にしすぎていたのだと、この時やっと気づいたのです。
女侯爵と言う事もあり、最初は周りの態度も硬苦しい雰囲気でしたが、徐々に学院時代の話になると打ち解け、改めて人と関わる事の楽しさを学ぶことができました。来てよかったと心から思いました。
その後、何人かのクラスメイトと、後日お茶会をする約束をしました。今までできなかった事は、これから始めれば良いのだと思いました。
そろそろ帰ろうと挨拶を済ませ、一人で扉へ向かって歩き始めたところ、アレクセイが私の所へやってきました。少しやつれた印象はありましたが、相変わらず華やかな見目の人だと思いました。
彼に会い、彼に対して且つて感じていたほわほわとした感情が無くなっていた事に気づき、ほっとしたのと同時に、少しだけがっかりしている自分がいました。
私は彼らとは今後一切関わらないと学院長にも伝えてありましたので、無視をしてそのまま会場を後にしました。
彼は私に何か言いたそうにしていましたが、学院を卒業した私たちはもう学院生ではありません。爵位が上である私が話しかけるまで、彼は私に話す事はできないのです。
アレクセイは黙って下を向いて、私に深く頭を下げてきました。私は彼の横を通り過ぎてそのまま帰りました。
なんだかとてもすっきりした気分で、スキップしそうになりましたが、侯爵という立場上我慢しました。
あれから半年が過ぎました。
私は侯爵として日々忙しく過ごしています。たまに学院時代の友人とお茶会をしたり、一緒に買い物をするようになりました。今までずっと一人だったので、人と会う前はとても緊張しますが、最近では少しずつ慣れてきて、以前よりも気軽に会えるようになりました。
私が自分の容姿が醜いせいで誰とも仲良くなれないのだと思っていたと話すと、周りの全ての女性が
「自分の事美人だと思っている人なんていないから」
「たまにいるけど、大概美人じゃないから」
「化粧、化粧、顔の上に顔描いてるの」
「でもね、アナスタシア様、あなた普通に可愛いから」
「うん。私も好きよ、アナスタシア様って子猫みたいでとても可愛らしいわ」
「今までかかわってきた人たちがおかしいの」
「なんであんな人と婚約してるのかしらって皆でいつも話していたの」
と、たくさんの衝撃的な意見をいただきました。
自分だけが醜いと思っていたのに、自分は特別じゃないと言われて、何とも言えない、ムズムズした気持ちになりました。私はもっと素直に人と関わるべきでした。彼女たちに感謝しています。
父はその後、領地にある邸宅へと移り、領地運営をしています。愛人の女性は邸には入れないので、きっとどこか他の場所に住まわせているのだと思っていましたが、執事が言うには本当に別れたそうです。その際、慰謝料として幾ばくかのお金を支払ったそうです。今後はそのお金を侯爵家に返すために働くそうです。
だからあの時、げっそりとやつれていたのですね。
父とはたまに手紙のやりとりをしています。それ以外にも、馬で半日もあれば行ける距離なので、月に一度は一緒に食事をするようになりました。だんだんと私が聞いてもいないのに、父は自分の事を話したがるようになりました。
「実は、浮気は一回きりなんだ」
「ナターシャ、君のママは…君を生んでから僕の相手をしてくれなくなったから」
何を甘えているのか解りません。
「その後、ずっとお金を払えと言われ続けていたんだ」
「払わなければ妻にバラすと」
「だから、遺言を知ってすぐに別れるための交渉をしていたんだ」
金の亡者に付きまとわれていたようです。自業自得とはいえ、せつない恋でしたね。
それから、アレクセイはリリアナとは別れたそうです。リリアナも別の人と婚約していたそうですが、この件が公になり破棄された後、修道院へと入ったそうです。あれほど仲良くしていたのに不思議です。
私の両親も父の浮気で簡単に壊れてしまったので、男女の関係は意外と脆いのだと思います。経験のない私には解りませんが。
時々、私の元へ花が届きます。
送り主はアレクセイだと解っていますが、お礼の返事は一度も出したことがありません。今更必死になられても迷惑です。
焦るのも仕方ありません。彼は王太子の側近にはなれなかったのです。それには理由がありました。
私が爵位を継いで執務室へ入って最初に調べたのが曾祖母のお相手です。
彼女の恋人は、2代前の国王陛下でした。
当時まだ王太子殿下だった陛下は、すでに後の王妃様と婚約していました。ある日、落ち人として保護された曾祖母と親しくなり、恋に落ちたそうです。ですが、婚約者を捨てて自分を選ぶことは、国との約束をたがえる事、そんな無責任な人には国を背負う事は出来ないと曾祖母に叱責されて、泣く泣く諦めたのだそうでした。
ですが、やる事はやっていました。
曾祖母は妊娠し、祖父を生みました。
曾祖母は表向き、死ぬまでその事を秘密にしていましたが、王妃様はご存じだったそうです。しかも王妃様との関係は悪くなかったそうです。
誰かを好きになってしまう事は、どうにもならないと祖母の日記に書いてありましたが、私には解りません。王族と縁戚だった事には少し驚きましたが、この国の高位貴族は大概縁戚なので、気にしなくても大丈夫かなと楽観視しています。
ただ、アレクセイが就職先を失った理由にはなったようです。
アレクセイはどんな気持ちで私に花を贈ってくるのか、おそらくは私に助けを求めているのでしょう。見たくもない顔のはずなのに。
最近私は思うのです。恋愛と顔は人生の邪魔になるのではないかと。
一応私も結婚して跡継ぎを生まないとならない身の上なので、そのうち誰か適当な人を見つけて結婚しなければなりません。この頃父も、お友達とお茶会ばかりしていないで早く結婚しろとうるさいです。
ついには王家からも
「早く結婚しろ、相手がいないのなら第二王子でもどうだ」
と打診が来ました。無視して居たら、とうとう直接第二王子殿下自ら訪ねてきました。なんとなくイライラしてしまったので、お茶に大量に砂糖を入れて出してみました。真剣な顔をして少しずつ少しずつ飲んでいました。流石に可哀そうになりましたが、これに懲りてもう来ない事を願います。
だんだん面倒になってきました。
釣り書もたくさん届き、今更ですが、
私という存在は、ある意味本当にモテるのだと知りました。
アレクセイやそのご友人の皆さんは、顔の良し悪しで人を判断していましたが、あの時、人の顔の事ばかり言っていた人達は、皆消えてしまいました。
顔とは、本当に恐ろしいものです。
顔 だるお @sun889AZ
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