第308話 最後の戦い


『な――ッ!?』



 僕等は互いに声を発していた。

 石瑠翔真と石動蒼魔。


 今までくっ付いていたものが、レガシオンを取り込んだ拍子に、再び分たれたのだ。



「あ痛ッ!?」



 弾かれる様に飛ばされた翔真は、踏ん張りが効かずに地面を転がる。僕の方は何とか転がる事は阻止したけれど、動揺は隠せない。翔真が着ているのはアカデミーの学生服か? 逆に僕の方はレジェンダリー装備の白銀の軽装鎧と、黒のインナーシャツ。下は韋駄天のブーツにカーゴパンツと、迷宮内に着て来た物と変わり映えはしなかった。……装備品は僕の方へと優先されたのだろう。しかし、何なんだこの現象!?



「翔真!? アンタ、本当に翔真なの!?」


「なんや、こっちが噂の本物か!?」


「分裂……? そんな事が――」


「凄まじいSurpriseだぜ……」


「これが、蒼魔君じゃない方の翔真君!?」


「……見た感じは良く分かんねぇな?」


「おい――大丈夫なのか?」


「あー!! 一気に喋るなよ、もうー!! 僕だって何が何だか分からないんだよォーッ!?」



 騒がしくなる周囲に、翔真は思わず叫んでしまう。その反応に、皆は少し驚きを見せた。


 石瑠翔真本人と実際に面識があったのは、紅羽だけだからね? 可能な限り真似てはいたけれど、やはり微妙な違いはあるのだろう。そういう所を、皆は敏感に察した様だ。



「どうなってんだよコレー!? 元に戻るにしても、こんな場所じゃ危険だろ!? 僕は一切戦わないからなー!? 誰か僕の事を守れよな!?」


「……相変わらずね、アンタ……?」


「うげ!? 紅羽!?」


「何が『うげ!?』よ。久々の再会なんだから、もっと他に言う事があるんじゃないの?」


「え? えーっと……紅羽、尻デカくなった?」


「馬鹿! 変態!!」


「ひ、ひぇぇぇッ!?」



 げしげしと、容赦なく紅羽に踏まれる翔真。口では嫌がっているが、何だかんだ翔真も嬉しそうだ。見てるコッチは置いてきぼりだけど。



「――無事、取り込めたみたいだね?」


『――ッ!!』



 後方から声を掛けられた。酷く落ち着いたその声は、神宮寺秋斗のものだった。


 いつの間に――とは、思わない。


 此処で出会うのは必然。

 相対するのは、決まっていたからだ。



「超越者となった気分はどうだい? 蒼魔……」


「身体が軽いな。力も、今までとは違う感じがする。まるで、生まれ変わった様な……?」


「それが、"適合"するという事だ」


「!」


「思うに……超越者になれる人間は限られているのだろう。具体的な基準は分からないけれど、それこそセンス――レガシオン・センスを持つ者にしか、その力は扱えないのだと思う」


「だから、呉羽達は超越者になれなかった? レガシオン・センスを持っていなかったから?」


「……分からないよ、もう……確証は無い。思った事を口にしているだけだからね?」


「……」


「全員で来たのか……? 変わったね……?」


「戦うのは僕だけだ」


「それは分かるよ。――ていうか、超越者でもない人間が、相手になる訳ないじゃない」


「んだとテメェ――!」


「ちょ! 我道先輩!! 抑えて抑えて――!!」



 憤る我道を、相葉が必死に止めている。その光景を見て、神宮寺の奴は薄く笑った。



「――ABYSSの100階層。此処が、世界の天蓋だ。人類の運命を決めるのに、これ程相応しい場所は無いだろう……」


「……すぐ、始めるのか?」


「時間は待っちゃくれないよ? ABYSSを維持していた"レガシオン"を、君が取り込んでしまったからね。すぐに崩壊は始まってしまう」


「……」



 睨み合う僕達。


 その時だ。


 奴の言葉通り、世界の"天蓋"に亀裂が入った。


 空がガラスの様に、砕け散る――


 キラキラとした破片は燐光だ。その正体は濃縮された魔素の結晶。一度触れれば肉体は変異する。丁度、僕の世界の住人と同じ様にね?



「この光は――!?」


「What happened!? どうなってやがる!?」


「……世界の終わり――まさか?」


「コレが、そうなの……!? ねぇ、蒼魔!?」


「――まだ、大丈夫さ」



 僕が何かを言う前に、混乱した皆へと神宮寺が答えていた。



「人に例えるとね? 今は身体中の血液が流れ落ちている段階さ……止血をすれば助かるよ。だから、最悪の状況ではない」


「だが、下界の住人は――」


「君が勝てば問題ない。世界というのは整合性を保つものなんだ。僕が死に。君がいなくなれば、魔物に変異した住民も、元に戻る……」


「魔物? 変異? まさかこの光――!?」


「……以前、話しただろう? 僕の世界の住民は、皆、魔物化してしまったってさ。この光が原因なんだよ。転移適正の無い人間が異常値の魔素に触れ、身体をおかしくしてしまう……世界が崩壊する時の自然現象って奴さ」


「――ッ!」


「光に触れてって……こんなの……!」


「逃げられへんな……土砂降りの様にぎょーさん降っとるわ。って事はなんや? 下に居る人間はもう、バケモンになっとるっちゅー事か?」



「……やるせないわなぁ」と、幽蘭亭は呟く。


 他の皆も気持ちは一緒だ。初めての光景に、絶望した表情を浮かべている。



「時間が無い事は、分かってくれたかな?」


「……皆、離れてくれ」


「蒼魔――」


「神宮司を倒す。勝って、世界を救ってやるさ」



 皆は何かを言いたげにしていたが、大人しく僕の言葉に従ってくれる。一人。また一人と僕達から距離を取っている時に、最後の一人である翔真が、振り返って僕に声を掛けた。



「――おい! お前!! 絶対に勝てよ!? 元々そういう契約だったんだからな!? 僕は学生生活の一年間をお前に賭けたんだ!! 神宮寺秋斗なんてぶっ倒しちまえッ!!」


「翔真……」


「最悪、同士討ちでも良いッ!!」


「おい」



 少し感動したのを、返してくれ。

 僕は切実にそう思った。



「紅羽の処女を貰うまで!! 僕は絶対に死ねないんだ!! 僕の幸せの為に!! 血反吐を吐いても世界を救えッ!! いいなッ!?」



 ……最悪の激励をありがとう。


 おかげで少し、元気が出たよ。



「紅羽の……処女……?」


「ん? どうした?」


「い、いや! 何でも……」



 微妙な表情を浮かべる神宮寺。

 まぁ、気にしてても仕方が無いか。



「じゃあ、ぼちぼち始めるか――」

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