第306話 クリスマスの朝
12月25日、クリスマス。
「それじゃあ、行って来るよ」
玄関口で振り返りながら、僕は見送りに来た麗亜と姉さん。メイド達にそう言った。
「こんな日まで、ABYSSに潜らなくとも――」
「いや、こんな日だから良いんだよ」
「折角のクリスマスなのにー……」
「悪い悪い」
不満顔の姉妹に謝る僕。
家族には、今日の事は何も伝えていない。仮に全部が上手く行ったとして、僕が消えてしまったとしても、石瑠翔真は残るんだ。
別れの挨拶なんて、出来ないよな?
「あー……っとな」
でもやっぱり、一言くらいは残しておきたいな? 僕は頬を掻きながら、二人を見詰めた。
「藍那姉さん、麗亜。それにマリーヌや夏織」
『?』
「……もしも、そうだな……? もしも帰って来た僕が、今までと違って、情けない振る舞いをする様になったなら、皆で尻を蹴って欲しい」
「し、尻……? 何だその頼み事は……?」
「兄様は情けなくないよ!?」
「……それは諸説あるけれど、飽くまで仮の話だからね? 戻って来た僕が、また前みたいな自堕落な性格になっていたら、その時はガツンとやってくれ! ――ほら、僕ってドMだしさ?」
おちゃらけて言うと、麗亜と藍那は困惑した表情を浮かべてしまう。まぁ、いきなり言われても困るよね……? 苦笑していると、背後に控えていたマリーヌが、咳払いを一つした。
「姉妹にプレイを要求するのはどうかと……」
「なら、マリーヌに頼むよ」
「私がですか? まぁ……命令でしたら、仕方がありませんね。謹んでお受け致しましょう」
「でも、何でそんな事を? 駄目になっちゃう予定でもあるんですか?」
キョトンとした表情で、夏織が訊ねた。
意外と鋭いな……?
馬鹿な事を言ってる僕がお粗末なのか?
これ以上の会話は、ボロが出そうだ。
早めに切り上げて、退散しよう。
「予定なんて無いよ。何となく口にしただけ。皆は頭の片隅に入れておいてくれれば良いさ」
「――なら、問題はありませんね」
「?」
「……私達は、今の翔真を信じている。お前がおかしくなる事なんて有り得ないし、仮にそうなったとしたら、私達が想像すら出来ない、よっぽどの事が起こったのだと思っておくさ」
「姉さん……」
「気兼ねなく行って来い! 待ってるからな?」
「――あぁ!」
家族に見送られながら、僕は石瑠邸を後にする。居心地の悪い他人の家――この世界に来た時の僕は、この場所の事をそう言ってたね?
今は違う。
石瑠邸は、僕の第二の実家になっていた。
藍那姉さんも、麗亜も、メイド達も。
僕の大事な家族だ。
会えなくなるのは、寂しい……。
だけど。
「守らなきゃな……」
思いを胸に、僕は前に進んで行く――
◆
今日は平日の月曜日だ。一般の探索者は転送区には入れない。アカデミーの学生も授業があるからね。必然的に、転送区は空いていた。
「……来たな、翔真……」
「神崎……それに皆――」
転移石前には、既に黄泉のメンバーが集結していた。今日が最後の探索だって事は伝えてあったけれど、まさかこんな早朝に一人の欠けも無く集まっているとはね? ……今日が、世界最後の日になるかも知れない。そう思えば、全員が集合しているのも当然か。
「何だか、不思議だよね? 本当に今日が約束の日なのかな? 世界に変わりは無いし、滅びるなんて言われても、正直、信じられない……」
「気持ちは分かるけど、油断は出来ないよ。僕の世界も崩れる時は一瞬だった。奴が適当に期限を定めてるとも思えない。滅びはやって来るんだよ。きっと、この瞬間にも――ね」
「そっかぁ……そうだよね……」
東雲は、俯きながら呟いた。
「神宮寺は、もう中に入っているのか?」
「らしいよ。僕を待ってるって言っていた」
「なぁ、翔真……」
「ん?」
「その……俺達も一緒に行って良いか?」
「――90階層を超えてから、テメェはずっとソロで潜っていただろう? でもな、私達だって遊んでた訳じゃねぇんだぜ?」
「この日の為に、全員が99階層までUPした!」
「せや。戦力にはならへんけど、行って見守る事は出来るっちゅー事や」
「……だから、連れて行って欲しい」
「嫌だと言っても、付いて行くからね!?」
「――」
熱量のある皆の言葉に唖然としていると、紅羽の奴が前に出た。
「皆、気持ちは一緒なのよ。貴方の最後の戦いを見守りたいの。一緒に行って良いわよね?」
「拒否権は――無いみたいだね?」
僕の言葉に、皆は『当然!』と返した。
一昔前の僕だったなら、これをうざったいと感じていたのだろう。今は何というか……温かいと感じているよ。
「……じゃあ折角だ。
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