第305話 鳳紅羽 好感度MAX


 ――SIDE:神宮寺秋斗――



 終わりが近付いて来ている――

 長い旅路の終わりが、だ。


 望んでいた瞬間の筈なのに、いざ刻限が迫ると、何とも言えない焦燥感を抱いてしまう。


 本当にこれで良かったのか?

 これが、僕の終わりで良かったのか?


 答えて欲しかった人間は、既にこの世界から消えてしまっている。


 僕は一人だ。

 今も、これからも。


 孤独に、旅路を終えるのだろう。



「空虚だな……」



 呟きは、部屋の中で良く響いた。自身が拠点とする高層マンションの一室は、防音性に優れており、余計な雑音は一つも無かった。寝て起きるだけの最低限の部屋のつもりだったが、まさか一ヶ月近くも此処に引き篭もる羽目になるとは思わなかったな……?


 彼女の死は、それ程までに僕に衝撃を与えていた。無気力になり、飯も喉を通らず、ただソコに居るだけの一日をずっと過ごしていた。


 まるで、昔の自分に戻ったみたいだ。

 そう思うと、少し笑えるね?


 真っ暗な部屋の中で、口元を緩める僕。そんな時だ。備え付きのスピーカーから、突然インターホンのベルが鳴った。来客だろうか? 例え政府関係者であろうとも、この部屋には近付くなと厳命していた筈なんだがな……?


 思いながら玄関口へと向かうと、そのまま相手の確認も碌にせずに扉を開く。まどろっこしいのは苦手だ。要件があるなら、さっさと済ませておきたかった。


 が――


 そこに居たのは、意外な人物……。



「――! 鳳、紅羽……?」


「……」



 真紅の髪色をした少女が、決意の篭った表情で僕を見ていた。何故、彼女が此処に? 疑問に思う僕だが、紅羽はそんな僕を無視して、部屋の中へと押し入って来る。



「何を!?」


「……へぇ。こんな所に住んでたのね……電気点けたら? 暗いわよ?」


「いや、そうじゃなくて――!」



 部屋の中を勝手に物色する紅羽に、僕は思わず声を荒げてしまう。



「――何しに来た!? 僕には近付くなと言っていただろう!?」


「連絡するなとは言われたけど? それに、言った相手って蒼魔にでしょ? 私には関係無いわ」


「……何を考えてるんだ……!?」


「別に。ただ――答え合わせがしたいだけよ」


「……」


「貴方――なんでしょう? 未来からやって来た石動蒼魔。名を変え、姿を変え、今の今まで生き続けて来た……」


「……それが、どうかしたのか?」


「!」


「笑っちゃうよな……? 僕自身、自分が何者かなんて気付いちゃいなかった。まさか、一番の邪魔者だと思っていたアイツと、同一人物だったなんて、思いもしなかったよ……」


「それじゃあ、やっぱり――」


「……リビングで話そう。君もすぐに帰る気は無いんだろう?」



 紅羽は、こくりと頷いた。


 僕は溜息を吐きながら、部屋のリビングへと彼女を案内する。手近なソファに座らせて、後はそうだな……珈琲ぐらいは出してやるか。



「少し待ってろ」



 ドリップマシンを起動し、豆から珈琲を抽出する。自分用に使用していた物だが、まさかこうやって紅羽に珈琲を淹れてやる事になるとは思わなかったな? カップに珈琲を注ぎ、座って待っていた紅羽に手渡してやる。



「珈琲なんて飲むんだ?」


「まぁね」


「子供舌だった癖に、意外ね?」


「……」


「――ねぇ、聞かせて? どういう経緯で貴方はそうなってしまったの?」


「聞かなくても、分かるんじゃないのか?」


「え?」


「簡単な事さ……少し考えれば、誰でも分かる

……神宮寺秋斗を倒した後――僕は元の世界へと帰還したんだ。廃墟となった世界にね。そこでたった一人で何年も何年も過ごし続けた。孤独には慣れている。一人でも大丈夫だと自分に言い聞かせて、数千年。数万年を過ごしていた。結果。誰もが分かっていた通り、僕は壊れてしまったんだ。人は一人では生きられない。そんな事は子供だって分かっていたのに、僕はその時まで理解していなかったんだ」


「……」


「皆に会いたかった……もう一度、呉羽に会いたかった……だから、次元に穴を開けたんだ。超越者となった僕には造作もない事だった。余りの呆気なさに、何故もっと早く行動しなかったのかと、後悔したくらいだ。そうして、開けた穴はABYSSになった。世界の修復機能……だけど、原因となった僕が内部にいる以上、世界が完全に治癒される事はなかった。出来て、時間の先延ばしか……殆どの世界は1年も経たずに崩壊してしまったよ。自分が原因で、多くの人達が消えるんだ。僕に掛かったストレスは凄まじかった。自衛本能として、自身の記憶を改竄する程に、僕は参ってしまったんだよ……」


「そうして辿り着いたのが、蒼魔の世界?」


「あぁ。元居た僕の世界の過去だったね。超越者は世界のルールには縛られない。本来ならタイムパラドックスが起きそうな状況でも、世界側が無理やり整合性を取ってくれるんだ」


「整合性……?」


「ほら、良く考えてみなよ。神宮寺秋斗の正体が、石動蒼魔だったとするならば、切っ掛けとなった、最初の神宮寺秋斗は一体何者だったんだよ? これは明らかにおかしい矛盾だ。本来なら修正機能によって無かった事になるんだけれど、ルール無視の超越者には、それも不可能。だから、現実の方を歪めてしまうんだよ」


「現実……」


「卵が先か、鶏が先か……つまりはそう言った事なんだろう。神宮寺秋斗が現れたから、世界が崩壊したのか? 世界が崩壊したから、神宮寺秋斗が現れる結果となってしまったのか……? 答えは何処にも無い。何処にも無いんだよ」


「……それじゃあ、仮に蒼魔が貴方を倒したとしても……?」


「待っているのは、僕と同じ結末だろう。この連鎖は決して止められない」


「……そこまで分かっていて、どうして貴方は戦うのよ!? 皆で知恵を振り絞れば、打開策だって思い付くかも知れないじゃない!?」


「……無駄だ。そんなものは無い」


「何でそうやって諦めるのッ!?」


「……もう、疲れたんだよ」


「!」


「記憶を取り戻した事で、僕の旅にも終わりが見えた。アイツに殺されるのは癪だけど、呉羽と同じ所に行けるなら……僕は――」


「何よ、それ……ッ!!」


「……?」


「……アンタ、本当にそれで呉羽さんと同じ所に行けると思っているの……!?」


「? どういう意味だ……?」


「どうもこうも無い!! 今のアンタは、楽な方に流されているだけじゃない!! 始めたのはアンタでしょう!? なら、最後の最後まで責任を取って、足掻いて見なさいよッ!!」


「……足掻いて? そんな事をしてどうなる? この世界を破壊するのか?」


「破壊なんてされないわ! アンタはアンタを舐め過ぎている! 超越者だか何だか知らないけれど、石動蒼魔を侮るんじゃないわよッ!!」


「――!」


「馬鹿な奴……! 本当に、馬鹿な奴……!!」



 言って、紅羽は自身の上着を脱ぎ出した。余りの突飛な行動に、僕も静止が遅れてしまう。


 スカートを下ろし、上下共に白い下着姿となる紅羽。彼女は座った僕を見下ろしながら、ジリジリと此方に躙り寄って来る。その圧迫感たるや凄じく、僕は思わず背中に冷や汗を浮かべてしまっていた。



「何を――する気だ……?」


「……アンタさ、長い事生きてきたみたいだけれど――どうせアレでしょ? 童貞でしょう?」


「……」


「可哀想なアンタの為に、私の処女をあげるわよ。感動して咽び泣きなさい!!」


「い、いや……! 意味が分からない!!」


「はぁ?」


「何でそうなるんだ!? 僕達は、真面目な話をしてたんじゃ無いのか……!?」


「真面目な話でしょう!?」


「何処が!?」


「アンタが――少しでも生きる気力を出してくれるかも知れない……」


「!」


「案外、単純なものよ? 人間ってさ――」


「……いや、でも……翔真は――?」


「アンタ、昔散々言ってたでしょ?」


「え?」


「鳳紅羽は尻軽だって――だから、気にしなくて良いわ。可哀想なアンタに施してあげる」


「お前な……?」



 呆れる僕だが、どうやら紅羽は本気らしい。


 手が震えている。

 強がっているが、アイツも初めてだ。


 きっと、緊張しているのだろう。



「……手加減は、出来ないぞ?」


「――上等!!」



 声だけは本当に威勢が良いな? 内心で石瑠翔真に謝りながら、僕は鳳紅羽の肌に触れた。


 数万年振りの、暖かい温もり――それを感じながら、僕等は互いにキスをした。

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