第304話 今までの軌跡を振り返る


 それから僕は、ABYSSの90階層を攻略した。

 中に守護者は存在しなかった。

 藻抜けの殻だったのが――逆に寂しい。


 何かを期待していた訳では無いけれど、そこに行けば、彼女の残滓が残っているかもと、淡い感情を抱いていたのは事実だと思う。


 街ではお祭り騒ぎだ。


 何せ前人未到。誰もが辿り着けなかった領域に僕達が居るのだから、現実でもメディアでも連日がイベント会場の様に盛り上がっていた。


 ……皆には悪いけれど、僕は暫くメディアの露出は控える事にした。元々目立っていた訳ではないし――それに、



「今はきっと、笑えない……」



 僕がそう言うと、皆は何も言わずに了承してくれた。紅羽から、ある程度の情報を共有されていたのだろう。気を遣っているのが丸分かりだ。……正直、有り難かった。


 ABYSSを攻略しつつ――僕は皆との交流を深めて行く。この"皆"と言うのは、黄泉メンバーだけを指す言葉ではない。今まで出会った人達。アカデミーの学生。その他諸々を含めて、僕は皆と交流していたんだ。


 そうして、遂に――12月を迎えた。



「――どうしたの? 兄様?」


「いや――」



 場所は石瑠邸。ソファーに座って魔晶端末ポータルを弄っていた僕は、自身のステータスを確認すると、そのまま動きを止めてしまう。その様子が不思議だったのだろう。隣に居た麗亜が、僕の顔を覗き込んできた。



「大した事は無いんだ。ただ――」


「ただ?」


「準備が出来たなって、思っただけさ」



 何の事か分からない麗亜は、首を可愛く傾げていた。魔晶端末ポータルに表示されたステータス欄。その中で僕が注目していたのは、ある一つのスキルであった。


 特殊な条件をクリアする事により、修得する事の出来るエクストラ・スキル。アイツが持っていて、僕が持っていなかったチート技。


 僕は、スキル【模倣コピー】を修得していた。


 此処まで来るまで、長かった……手に入れようと努力してから、随分と時間が掛かってしまったかの様に思える。


 スキルの修得条件は『NPC100人の好感度を最大まで上げる』と言ったものだった。


 コミュ症の僕には辛い条件……だけど、今では挑戦して良かったとさえ思っているよ。切っ掛けが無ければ、僕は自分からは動けない人間だし――それに、何だか楽しかったんだ。


 色々な人と交流して来た。


 芳川姫子に鞭打たれ――妙な扉を開きかけたり。卜部正弦と一緒に山登りをしたり、番馬や瀬川と一緒にジムに通ったりもしたっけなぁ?


 高遠葵と鈴木一平とで、野球観戦に行ったりもした。宇津巳、三本松、安井、菊田とは、ショッピングに連れてかれたっけな? 葛西や新発田が見守る中で、磯野の奴とステゴロのタイマンを張った事だってあった。木之本や杉山とは同人誌を買いに行ったりもしたし、イベント会場では森谷君のミニスカメイド服姿も見られたから、僕は大満足だったね?


 他にも――


 武者小路や、榊原からは告白を受けたり。


 C組の連中……恋沼打鬼や西園寺六朗、山田鱈子とはライブに行ったし。その帰りに、通天閣の事を宜しく頼むと言われてしまった。


 B組の連中……田中セレスティナには妙に気に入られて、猫っ可愛がりされていたな? 反対に黄月鈴は打ち解けるまでが長かった……風太郎は良く分からない。気付いたら好感度MAXになっていたよ。この三人にも、通天閣と同じ様に幽蘭亭の事を頼まれてしまった。


 A組の連中……御子神千夜と姉の輝夜は同時攻略だったなぁ。二人の仲を取り持つ事で、僕の好感度も上がってくれた。打算が多いにあった行動だけれど、当人達が幸せなら、それで良いよな? 草葉の陰で見守っていた鶯の奴も、ついでに好感度がMAXになっていた。面倒だったのは針将兄妹だ。アイツら――僕と同じく友達がいないタイプだからな。探り探り頑張って交流して、最終的には家に招かれる程度には仲良くなったよ。最後、事故で妹の百済の着替えを覗いてしまったのだが、何故か好感度はMAXになったので、結果オーライとしておこう。A組には天使と伽藍も居たな? アイツらとの交流は……これだけは、ノーコメントにしておくか……。


 2年生とも色々あった。主に、藍那姉さん周りの関係だけどね? 高崎さんと柊さんは、普通の先輩みたいな感じで、接し易かったな。浦和真希さんは……アレ、ガチレズなのかな? 姉さんの事を狙ってるって聞いたんだけど? ついでに僕もかなり誘惑されたし……人間関係って、難しいね? 文字坂は――アイツ、マジでヤバい奴だ。僕に睡眠薬を飲ませ、無理矢理ホテルに連れ込みやがった! 何でも、知的好奇心で僕のJr.のサイズが知りたかったとか。迫られた僕は、思わず暴発して蒼魔の姿に変身してしまう。大砲サイズになったJr.を見て、気絶する文字坂。案外初心なんだよな、アイツ。


 他には何だろう――? 3年生の宮本先輩とサファリパークに行ったりとか。道明寺に頼まれて如何わしい実験の被験者になったりとか。影山先生のアパートにお呼ばれされたりとか。まぁ、上げればキリが無い事を色々やったよ。


 楽しかった。

 本当に、本当に楽しかった。


 でも、そろそろだ。

 祭りの終わりは、近付いていた――

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