第303話 正しさの行方


 ――SIDE:鳳紅羽――



 目を覚ました時――私の側には項垂れる蒼魔の姿があったわ。彼の悲しみを帯びた表情を見て、私は此処で何があったのかを理解した。


 ……そう。


 逝ってしまったのね、あの人……。


 私の中にいた、もう一人の私。


 ――鶺鴒呉羽。



「蒼魔――」



 何て、声を掛けたら良いのだろう?


 彼等は異邦人だ。

 招かれる筈の無かった異邦人。


 この世界に生きる私達とでは、背負っているものが違い過ぎる。安易な慰めの言葉を吐いて良いものなのか、私には判断が付かなかった。


 そうして、数分が経過した頃――



「……何があったんだ?」



 この場に、神宮寺さんが現れた。


 破壊された公園の惨状や、座り込んだ蒼魔の様子を見て、彼はその顔を引き攣らせる。


 続いて、神宮寺さんは私を見た。



「あの、神宮寺さん……コレは――」


「――は」


「神宮寺……さん?」


「ははは、あはははは……あはははははははははははははははははははははははははッ!!」


「……ッ!」



 神宮寺さんは私の顔を見ると、一瞬だけ口元を綻ばせて、すぐにその表情を凍り付かせた。


 私が何かを言う前に、彼は狂った笑い声を響かせていた。泣いている様な、悔しがる様な、様々な感情が入り乱れた笑い……だと思う。



「――な〜〜んで、君が居るんだよォッ!?」


「え?」


「呉羽はどうしたんだよォォッ!! 呉羽は!? 君の方に用は無い!! いいから、呉羽を出せよォッ!? 早く……早くぅぅッ!!」


「……ひっ」



 その余りの豹変に、私は思わず怖気付いてしまう。ジリジリと此方に躙り寄る神宮寺さん。


 その時よ――



「――呉羽は、もういない……」


「……は?」


「僕が殺した。だから、この世界にはもう、彼女の魂は存在しない。――死んだんだ」


「――」


「そ、蒼魔……」



 淡々と説明する蒼魔。でも、神宮寺さんは、その現実を受け入れる事は出来なかった。



「……嘘だろう? お前……冗談キツイよ……だってさ? だって――お前だって呉羽の事が好きだったんだろう……? その想いに偽りは無かったんだろう? だったら、そんな酷いこと出来る訳無いよな? 呉羽を――殺したなんて、そんな……そんな馬鹿な事を……お前が――」



 蒼魔は、何も答えなかった。


 無言こそが、その答え。



「――お前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


「!! 神宮寺さん!?」


「何で殺したぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 何で、何でぇぇぇぇぇぇ!? あっったま……っ! イカレてんじゃねぇのか、テメェェェェ――ッ!!」


「止めて……止めて神宮寺さんッ!!」


「オォォォォォォォォ!!」



 我を忘れて蒼魔に掴み掛かる神宮寺さん。その勢いは凄まじく、放っておけば蒼魔が殺されかねないと、私は慌てて仲裁に入る。


 振り上げた拳が、蒼魔の顔面を捉える。


 衝撃により後ろの海面が割れ、遠くに浮かぶ船が転覆し掛けてしまう。それ程の打撃を身に受けながら、蒼魔の奴はじっとしていた。



「何処をどうやったらそんな最悪の結果に行き着けるんだ!? このクソコミュ症野郎……!! 返せよ……返せェェェェ!! 呉羽を!! 彼女を生き返らせろぉぉぉぉぉぉ――ッ!!」


「……さい」


「――あぁ!?」


「うるさいって言ってンだよォ!? このストーカー野郎がッ!! 僕が何も悩まなかったとでも思っているのか!? 喜んで呉羽を犠牲にしたとでも思っているのか!! 勘違い野郎ォォ!!」


「何ィッ!?」


「彼女の事は僕が一番良く知っているんだ!! 彼女がぁ!! 他者を犠牲にした生を認める訳ないだろう!? ふざけやがって……!! お前の言っている事は、鶺鴒呉羽の生き様を侮辱している!! 到底看過は出来ないぞォォッ!!」


「看過は出来ないぃ〜!? それはこっちの台詞だッ!! 他人の感情が理解出来ない欠陥だらけな人間の癖にぃ!! 調子付いて呉羽の意見を代弁するなよ!? 彼女はなぁ……!! 生きたかったんだよッ!! 完全無欠な人間なんて何処にも存在しない!! ただ一人の人間らしく! 呉羽だって……生きたいと思っていたんだよぉッ!」


「解釈不一致――!!」


「代弁するなと言っているぅ――ッ!!」



 両者の拳が、ぶつかり合う。


 瞬間。


 爆発の様な突風が、周囲に発生した。



「僕は、お前を認めない……!!」


「僕も、お前を認めない……!!」



 肩で息をする二人。


 何故だろう?


 私には、この二人が重なって見えた。


 ――同一存在?


 違う。


 この二人の関係は、もっと近しいと思う――


 過去と未来。


 ――同一……人物?


 そんな、まさか……。



「――もう、良い……もう、飽き飽きだ……」



 思考は、神宮寺さんの一言で中断される。



「……後何回コイツを繰り返せば良い? 後何回僕は選択肢を間違い続けるんだ……?」


「……どう言う意味?」



 私の問いに、神宮寺さんは答えない。自問自答の末に、意味のない呟きを繰り返している。ある意味ではソレは自傷行為にも似ていたわ。



「僕はただ……ハッピーエンドを迎えたかっただけなんだ……その為だけに、何年も何年も一人で生き続けて来た……手だって汚したさ。全ては彼女を想うが為。何がいけなかったって言うんだよ……? 教えてくれよ……紅羽……」


「神――いや、は――」


「……全部、思い出したよ。そこの馬鹿のお陰で、自分が何者なのか――全部……ね?」


「……何の事だ?」


「ククク……この察しの悪さ。そうだ。こんな奴だからこそ、僕は呉羽を救えなかったんだ」



 神宮寺さんは、被りを振って力無く笑う。



「……もう、終わりにしよう」


「!」


「――12月25日。クリスマスの日に、ABYSSの100階層で君を待つ。決着はそこで付けよう。正真正銘、コレが最後の戦いだ……」


「神宮寺、お前は……ッ!」


「止まらないよ。止められる訳ないだろう? 僕は世界を移動し続ける。例えソレが破滅を運ぶ行いだったとしても、僕は僕の幸せを諦められない。必ず辿り着くんだ……"if"の領域へ――」


「く……ッ!」


「途中で連絡なんてしてくるなよ? 興が覚めるからね? 最後は華々しく、全力で戦おうじゃないか。僕と君――どちらの選択が正しかったのか、その時きっと、答えが出るだろう……」

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