第302話 蒼魔vs.呉羽②
――SIDE:鶺鴒呉羽――
愛する人を、剣で切り刻む。
心がズタズタになる様な所業だけれど、私はそんな感情をおくびにも出さずに、自身の役割に徹していた。
人生は劇場だ。
人には人の配役があるのだろう。
この世の真理の大部分を、私はテレビゲームから学んで来た。ある時は勇者になり、ある時は村人になり、ある時は魔王にもなる。彼等の目を通して、私はあらゆる物語の行く末を見て来たわ。そうして思ったの――配られたカードを受け取って、その役割を最後まで演じていく。即ち『ロールプレイング』此れを人生と呼ばなくて、何と言うのだろう――ってね?
全てが順風満帆に行く訳ではない。場合によっては、やりたくない事もやらされるし、最後に報われる保障なんて何処にも無いわ。
それでも私は、演じ続けるの。
この舞台を降りはしない。
だって――
覚えてて欲しいから。
記憶して欲しいから。
この世界に、鶺鴒呉羽という女がいた事を。他でも無い、貴方にだけは刻み込みたい――
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
蒼魔君の返り血が、私の頬に付着する。
凄い声……だね?
VRじゃないんだもん。当然……だよね?
切り刻まれれば、痛みだってある。
可哀想……。
でも、決して手は緩めない。
此処で温情を掛ける事は後々の彼の為にならない事を知っているから。限界を超えて――強くなって。私は知ってるよ? 追い詰めたら追い詰められた分だけ、貴方は飛躍的に強くなる。
神宮寺さん――。
彼を倒すには、今の温い貴方のままでは駄目なの。私は見たわ――世界大会のレイド戦で、効き手を負傷しながら出場して、鬼気迫る勢いで敵を殲滅していた貴方を――!!
たった一人で。
世界ランキング第3位に上がった貴方を。
これが、私の出来る最後の役目!!
最後の奉仕!!
貴方を必ず強くする――!!
――だからァッ!!
「くれ、はぁぁぁぁぁ――ッ!!」
「――蒼魔……くぅぅんッ!!」
――彼が、動く。
浅く斬ろうとした剣にタイミングを合わせ、彼は敢えて自身の胸部にソレを貫通させた。内心で驚愕する私。なんて無茶を!? 自棄になったと思われても仕方がない行動だったと思う。けれど違う――彼は笑っていた。笑って、微笑んで。獰猛に犬歯を剥きながら――叫んだ。
「いっっっっっ!! たく、ねぇぇぇぇ!!」
「!?」
「全然! まっっったく、痛くねぇぇ――!!」
や、痩せ我慢……?
こんな時に!?
「お前がァァァ……ッ!!」
「え……」
ポツリと。
彼の眼から、雫の様な物が落ちる。
「お前が死んじまう痛みに比べたら、この程度ォォォォ!! 何の痛みも感じねぇぇぇ!!」
「――ッ!!」
「力もッ!! 技量もッ!! 僕にはない!! なら、残ったものは何だ!? 何で勝負出来ると思う!? 奴に!! アイツにぃぃぃ――!?」
蒼魔君は、叫んだ。
「決まってるよなぁぁぁ……ッ!!」――と。
「愛だよ、愛……!! 世界の誰よりも鶺鴒呉羽を愛しているッ!! この想いだけは!! 絶対に!! 絶対に誰にも負けはしないッ!!」
「……っ、……ぁ……」
思わず、涙が零れてしまう。
何で?
役割に、徹しなきゃいけないのに――
……何で……?
「負けるもんか、負けるもんか、負けるもんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣撃を無手の掌底で吹き飛ばす蒼魔君。戦いの余波により地面は抉れ、建造物は破壊されてゆく。そんな事も気にならないくらいに。今の私は、目の前の彼に夢中だった――
我武者羅で、泥臭くて、感情的で。
そんな貴方が、私は好き。
愛してるよ?
死ぬのが……怖くなるくらいに。
「あぁ――」
幸せ、だなぁ。
私は皆に囲まれて――
愛する人に看取られて――
本当に。
「罰が当たるくらい……幸せ、だなぁ……」
「――ッ」
蒼魔君の剣が、私の心臓を貫通する。
「……ぐ! うぅぅ、勝った――ぞ……っ!」
「そう、だね……」
「勝ったぞ、呉羽……!!」
「うん……」
「僕が!! お前にぃ!! 勝ったんだ――!!」
「ふふ」
「……何が……おかしいんだよぉ……?」
「……だって、お互い……」
「……?」
「顔、ボロボロだもの……」
私達は互いに、涙で顔をぐちゃぐちゃにしていた。勝った負けたの、勝負をしていたとは、とても思えない……ね?
「――」
一時的な負傷ではない。魂を貫かれた。程なく、私はこの世界から消滅するだろう。
……皆も、同じ気持ちだったのかなぁ?
少しだけ、怖いな……。
……でも、満足もしている。
「――ねぇ、知ってた? 蒼魔君……」
「え?」
「私ね……? 私……石動蒼魔君の事が好きだったんだよ……? 世界で、誰よりも……」
「……知らない」
嗄れ声で、彼は首を横に振る。
「そう? じゃあ……覚えておいてね」
「あぁ……」
「忘れ……ないでね……?」
「あぁ……!」
もう、言葉も出なくなって来た――
肉体から発生した燐光。
魂の、最後の煌めき――
「忘れるものか――何があろうと、絶対に、絶対に記憶し続ける! 呉羽……くれはぁ……!」
――愛してる。
言葉は聞こえなかったけど、伝わったよ。
私の
後は蒼魔君……貴方だけ。
……願わくば――この魂……残滓となって、彼の助けに……なって欲しい……。
『――お疲れ様、呉羽』
懐かしい声が、聞こえて来た。
そっか。
皆、此処にいたのね?
赤城君、花糸ちゃん。鼎君。美登里さん。倖田さん。漆原さんに――ペトラちゃん。
『――どうだった?』
皆が私に問い掛ける。
私は、少し考えてから――
『……フラレちゃった』
――と、答えていた。
『アイツ許せねぇぇぇー!?』と、憤慨する赤城君。『元気、出して下さいね?』と、私を気遣ってくれる花糸ちゃん。『呉羽さんは、頑張ったと思いますよ……?』……フォローしてくれてるのかな? 不器用な鼎君。『ま、そういう事もあるわよ』明るく元気付けてくれる美登里さん。『なら、俺に乗り換えてみるかい?』倖田さんは――ノーコメントで……。『……よしよし』私を抱き締め、慰めてくれる漆原さん。
『呉羽お姉ちゃん――』
『ペトラ、私ね――』
『大丈夫……分かってる。蒼魔は……お姉ちゃんの事を決して忘れないよ……?』
『――ッ!』
『だから、我慢しなくて良いからね……?』
ペトラの言葉に、私は堪えていた物が溢れ出してしまう。わんわんと泣き出す私。それを見た皆は困った様な、安心した様な笑みを浮かべながら、私の事を慰めてくれた。
……あーあ。
……生きたかった、なぁ……。
鈍感なんだもん、蒼魔君。
私の事を美化し過ぎ。
……でも、失望されなくて済んだから、それはそれで良かったのかなぁ……?
……さようなら、愛しい人。
鶺鴒呉羽は、綺麗なままで貴方の思い出の中に生き続けます。
そのくらいの特権は――許してくれるよね?
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