第301話 蒼魔vs.呉羽①


「それじゃあ、先に行くね――?」


「!」



 言って、先手を取ったのは呉羽だった。流れる様な動きと、雷の様な速さ。二つを両立させながら、鶺鴒呉羽は己が片手剣で僕の顔面を突いてきた。右に僅かにズレる事で刺突を回避した僕だけれど、呉羽の剣はそこで終わりでは無かった。避けた方向へと薙ぎがくる。呉羽の剣は止まらない剣だ。一度攻勢に出たら最後。相手を仕留めるまで決して動きを止めはしない。


 刀身でソレを防いだ僕だが、攻守は入れ替わりはしなかった。競りに入る前に、呉羽が上手く力をスカしたのだ。転倒まではしなかったものの、軽く体勢が崩れた所に間髪入れず剣撃が飛んだ。剣で防ぐ事も、躱す事も出来なかった僕は、斬撃を肩口で受け止める。


 ――上手い。そして、強い……!!


 技量だけで言うならば、呉羽は神宮寺を超えていた。間違いなく最強の一角だ……!!


 ……僕は、彼女を超えられるのか……?


 いや。


 超えなきゃいけないんだ。


 今、此処で――ッ!!



「うぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!!」



 防御を捨て、攻撃に専念する!!

 そうしなければ、ジリ貧だ!


 捨て身で行けば、いくら呉羽だって――ッ!



「……雑」


「え? ――う、うぎゃぁぁぁぁ――ッ!?」



 攻撃のギアが一段階上がった!?

 

 剣撃を一度空振ったが最後。

 もう、僕のターンは存在しなかった。


 斬って斬って――切り刻まれる。


 容赦なんて欠片もない。


 呉羽は、僕を痛ぶる様に浅く肉を切り裂いていった。一撃一撃は我慢出来ない痛みでは無いのだが、これが数十・数百・数千と。僅か一瞬で襲って来るのだから、堪らない。



「――もっと工夫して。もっと頭を使って。もっと努力をして――大丈夫……貴方は"やれる人"だから。こんな逆境には負けないわ」


「ひぎゃ、ぐがっ! いびぃッ!?」


「ほら――頑張れ、頑張れ……っ」



 こ、コイツ……煽っているのか!?


 いや、呉羽の事だから天然だろう……応援している間でも、彼女は僕を切り刻む手を止めなかった。成す術もなく痛ぶられ続ける僕。



「ぐぎゃあぁぁぁぁぁ――ッ!!」


「あ!」



 痛みに耐えかねて、遂に僕は蒼魔の姿へと変身してしまう。自発的に行ったのではない。肉体のダメージが大き過ぎて、強制的に出て来てしまっただけである。


 しかし、これで状況が好転――



「――うぐッ!?」



 ……する訳もなく。


 僕は、腹部を呉羽に突き刺されてしまう。



「……やっぱり、貴方はその姿が一番似合ってるね? ……また、再会出来た……蒼魔君……」


「そりゃあ、どうも……ッ!!」


「!」



 腹部を突き刺されながら、僕は呉羽の身体に抱き付いた。……柔らかい、良い香り……って、そんな事言ってる場合じゃないよな!?



「この距離なら剣も振れないだろう!? 散々好き勝手してくれたなぁ!? 今度は僕の――」



 言い終わる前に、呉羽はその場でくるりと回転し、僕の拘束から簡単に抜け出してしまう。


 唖然とする僕だが、時間は常に流れている。隙だらけだった僕の身体を、靴先で蹴って転ばした呉羽は、馬乗りになって、逆に僕の事を拘束してしまう。その手腕は鮮やかである。



「これ――マウント・ポジションって言うんだよね? 実際に男の人にやったのは初めてかな? 抜け出せるかなぁ? 試して見てよ、蒼魔君?」


「く……っ!」


「無理……だよね? 貴方と私の総合力は同じくらい。だから、勝敗が分かれるとしたら技量による差に他ならない。テクニックなら、私は貴方に負けないわ。私の方がずっと上手だもん。それは、蒼魔君だって自覚してるよね……?」


「……ッ!」


「……力でも、技量でもない……貴方の本当の強さを、私は見たいの……」



 呉羽は、胸元に剣を掲げて見せた。

 静止したその姿は、絵画の様に美しい。



「抵抗してみてよ、蒼魔君――」


「ぐぅ!? う……がぁぁぁぁぁ――ッ!!」



 僕の体を容赦なく袈裟斬りにする呉羽。斬撃はそこでは止まらない。次々と振るわれる凶刃が、僕の肉体を赤く染めてゆく。


 スキルを使用する隙がない。

 アイテムなんて、以っての他だ。


 打つ手がない……返り血に塗れた呉羽を見て、僕は自身の死を覚悟する。


 でも――それじゃあ、駄目なんだよな?


 鶺鴒呉羽が求めたのは、"強い蒼魔"だ。過去を払拭し、成長した自分を彼女へと見せる。


 コレが最後の……最後の手向けなんだ。

 何も出来ずに終わりたくない!


 死を受け入れて、別れを切り出してきた張本人に、事故で殺されてしまうなんて、そんな事は、あってはならない悲劇だろう。


 彼女を失望させたくない。

 自分を嫌いになりたくない。


 力でも駄目。

 技量でも駄目。


 なら――僕に残っているものは何だ?


 そんなの、一つしかないだろう……!!

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