第300話 二人の世界
「君がいたから、此処まで来れたんだ」
僕は再度、自分の思いを口にする。
「レガシオン・センスに嵌まれたのも、此処まで強くなれたのも――全部……全部、君のおかげなんだよ。君が居なければ、僕はきっと何もかもを中途半端にする駄目人間のままで終わっていたと思う。だから――感謝しているんだ」
「……私は、何もしてないよ? 貴方を助けたのだって、偶然で……いつもしている事を貴方にしただけ。特別な事なんて何もしてない……」
……何もしてない、か――
「……知ってるよ。君がそう言う人間だっていう事は、僕も重々承知している……」
誰に対しても平等で。
誰に対しても優しい呉羽。
「――だから、ムカついたんだ」
「え?」
「……君が何と言おうと、僕から見た君は、間違いなく"特別"だったんだよ。颯爽と駆け付けて僕を救ってくれた君は、どんな宝石よりもキラキラと輝いていて、美しかった……!! 君が特別な事をしていないと言うのは、普段の立ち振る舞いから分かっていたさ!! 僕の事なんて眼中に無かったって事もね!?」
「え……? そ、そんな事は――」
「いや、あったんだよ! そういう時期が君にはあった! 実際に君はそういう態度を取っていたし、他人の事に興味は無い! 大事なのは如何にこのゲームを盛り上げて行くか! そんな事ばかりに終始していただろう!? 他のプレイヤーの事なんて、一切気にしちゃいなかったね!?」
「……そう、だったかなぁ……?」
この際だ……今まで言いたくても言えなかった恨み言を、全て呉羽にぶつけてやる!!
エモい空気になんてさせないぞ!?
僕の苦しみを――少しは知れッ!!
「……唯一例外だったのは、黄泉比良坂の仲間達だったかなぁ……!? 『私はバランサーなんで、一つのクランには固執しません』……とか何とか言ってた癖に、御剣が現れた瞬間、アイツにベッタリだったからなぁ!? 本当……アレには苛々したよ? 言ってる事とやってる事が違うだろうってね!? だからこそ僕は、連中に嫉妬していたんだ。奴等が活躍する度に、テレビに出て笑う度に、言いようの無い劣等感を刺激されていた……ッ!!」
「し、嫉妬してたの……?」
「してたよ!! ――悪いかッ!?」
「それ、言ってくれれば良かったのに……他の皆だって、君が黄泉に加わってくれたら喜んだと思うよ? ペトラだって、懐いてたでしょ?」
「その時は、僕は弱かったんだよォォ!?」
「へ!?」
「僕がレガシオンで成果を出せたのは極短い期間だけだったんだよ!! それまではダメージも出せないわ、敵の注意も引けないわ、バフを掛けたりも出来ないわ、回復はアイテム頼りだわで、良い所が一つも無かったのっ!!」
「な、何でそんな
「そんな高等テクニックを、この僕が出来る訳ないだろう!? コミュ症を見縊るなよッ!?」
「えぇ……」
「……兎に角だ! そんな雑魚だったから、黄泉比良坂に入るなんて選択肢は、ハナっから存在してなかったんだよ!! 僕の事を注目してたとか言ってたけどさぁ、それって"レガシオンの亡霊"とかいう渾名が付いた時からだろう? 僕が四苦八苦してたのはその前なんだよ!!」
「じゃあ、貴方は……私を見返したくて、ずっとずっと努力してたってこと……? 私が知らない所でも。私の事を想って、ずっと――」
「そ、そうだよ……! だから何だよ!?」
想うとか。改めて口に出されると恥ずかしいな。僕は赤面しながら呉羽と向き合った。
「嬉しい――」
「へ?」
「それって――私の事が好きだから、そこまで頑張る事が出来たって事だよね? 大して強くも無かったのに……愛の力で、トップ層に食い込むだなんて……素敵……だと思う……」
「大して強くも無かった、は余計だろう……」
ツッコミたく無かったが、言葉が強過ぎたので、ツッコまざるを得なかった。
流石、鶺鴒呉羽。
無神経に僕の精神を逆撫でしてくる。そういう所は"鳳紅羽"の方とそっくりなんだよなぁ!?
「――あ! ごめんなさい! 私……貴方の事を傷付けてたなんて、本当に知らなくて……」
「あぁ……うん……」
「でも、変だなぁ……!? 酷い事をしていたのに……私、今、凄い嬉しいの……! 貴方が私を好きでいてくれて……嫉妬してくれて、幸せだなぁって感じちゃってる……!!」
「そ、そう……?」
呉羽は興奮していた。興奮して、自分が何を口走っているのか分かっていないんじゃないのかなぁ? 普通の男ならドン引く様な台詞を喋っている彼女なんだけれど、僕も僕で頭がおかしいからか、照れた顔をして興奮する彼女を見ていると、可愛いなぁと思ってしまう。
此れが、惚れた弱みという奴か?
やるせない……。
「……最後に、こんな気持ちを味わえるだなんて、思わなかったなぁ……」
「――最後?」
不穏な言い回しに、僕は思わず聞き返した。
意味なんて――
最初から、分かっていた筈なのに。
「……私が居たら、この世界は終わっちゃうものね? いつか、消えなきゃいけない事くらいは、分かってたんだ……」
「……」
「今日は、その話がしたくて貴方を呼び出したの。紅羽さんとは話が着いているわ。事情を説明したら、快く体を貸してくれたの。彼女、良い人よね? ――ううん。彼女だけじゃない。この世界に住む人々は、皆良い人達だった。私なんかの為に、滅びてはいけないと思う……」
「だから――決着を付けようって話か?」
「うん」
「さっき――アレだけ好きだの、嫉妬してただのと、言ってたのに? 僕に君を殺せって?」
「それしか……方法は無いから……」
「勝手だよな、本当に……」
「……」
僕は呉羽を糾弾した。
彼女が一言でも「死にたくない」「生きたい」と言ってくれれば、僕はいつでもその通りにしたと言うのに。呉羽は何処まで行っても呉羽だった。分かっていた筈なのに。その事実が、僕にとっては堪えようもなく、重かった。
「怖くないのか……?」
「うん、大丈夫」
「……死ぬんだぞ?」
「死に恐怖は無いわ。私が真に恐ろしいと思うのは、愛した人に失望される事だけ――」
「……分からないよ、呉羽」
「分からなくて、良いんだよ」
……決心は、硬い様だ。
例え、千の言葉を用いたとしても、僕では彼女を説得する事は出来ないだろう。
分かっていた。この世界を救う為、異分子を排除しなきゃいけないと言われた時に。僕は、この結末を予期していた。ゲーマーとして。ランカーとして。正しさを追求する呉羽なら、きっと、正しさに殉じて死ぬのだろうと。容易に想像が出来てしまったからだ。
だから、僕も迷えなかった。
呉羽ならきっと、こうするだろう。
レガシオン・センスにおける僕の行動は、全てコレが指針になっていた。今更、変える事なんて出来ない。そうする事は、彼女への裏切りに繋がってしまうからだ。愛した人に失望される事が恐ろしいと、呉羽は言ったよね? 全く以てその通りだと思う。僕は、目の前の彼女に失望されたくなかった。例えソレが、どんな結果になったとしても――
『――』
僕等は、無言のままに構えを見せた。互いに
この日、この瞬間。
僕等の世界には、二人しかいなかった。
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