第299話 夜景の下での再会
どうしてこうなったのだろう……? 電車に揺られて、1時間掛からなかったくらいかな? 僕は紅羽と一緒に横浜の街を歩いていた。
――ねぇ? 時間ある?
紅羽にそう聞かれて、僕は正直に『YES』と答えた。ABYSSも88階層に到達。11月26日でこの進度は中々のものだった。以前までの遅れは完全に挽回出来たと言えるだろう。だから、1日、2日を仲間との交流に当てるのは僕としても問題はない。むしろ、良い事だと思っている。
……僕が気になっているのは、このシチュエーションである。紅羽と二人っきりで"みなとみらい地区"を歩いているのだが、これってもしかしてデートという奴なんじゃないのか?
そもそも、二人で出掛けるというのが予想外だった。てっきり相葉や神崎も一緒に連れて来るのかと思っていたら、気が付けば、二人で現地にやって来ていたというのだから、驚きだ。
……僕と紅羽は許嫁同士だ。だがそれは、石瑠翔真との設定に他ならない。
僕の正体がバレた今、彼女とは何の関係もない事は周知の事実である。――だから、恋仲に発展するとか、そう言った事は無いと……そう思っていたんだけどなぁ……?
何だか、雲行きが怪しくなってきた……。
別に、紅羽の事が嫌いな訳では無い。以前までは苦手だったし、嫌っていた部分もあったけれど、正体をバラしてからは棘のある態度が抜けてくれたし、ABYSSでPTを組んでからは割と有能ムーブをかましてくれているから、前までの喧々諤々なムードはサッパリ無くなったと言って良いだろう。しかし、だからと言ってデートコースを一緒に回る事になるとは思わなかった。僕としては世話になったという思いがあるから、鳳紅羽は石瑠翔真とくっ付いて貰いたいんだよね? こんなイベントはイレギュラーであり、予想していなかった。紅羽の奴は何を考えて僕を横浜に誘ったのだろう? しかも、皆が居る前で誘うから、他のメンバーにも今日デートに行くって事はバレバレだ。普っ通に気不味いし。本当これ、どうしたもんかなぁ……!?
僕が頭を抱えているとだ。
「はいこれ、飲み物」
「あぁ……ありがとう」
紅羽の奴が、缶ジュースを僕に手渡してくれた。マウンテン・ユーか。良いチョイスだね。プルタブを持ち上げ、炭酸飲料を口に含むと、今日一日の疲れが和らいだ様な気がするよ。
時刻は夜の7時半。
目星い所は既に二人で回っていた。
最後に辿り着いたのが、この"海の見える丘公園"だ。遠くに見える埠頭の夜景がキラキラとしていて美しい。
デートの締め括りとしては、最高だろう。
デート……。
これって、本当にデートだったんだよな?
年甲斐も無く、普通に楽しんでしまったが、相手にそんな気が無かったとしたら、意識していた僕が馬鹿みたいじゃないか? とはいえ、本人にソレを問い質すのはちょっとなぁ……?
「……また悩んでる。どうしたのよ? ボーっと考え込んじゃってさ?」
「……お前が、らしくない事をするからだろ? 今日は一体どうしたんだよ? まさか、翔真から僕に鞍替えする気じゃないよな?」
冗談めかして、紅羽に問い掛けた。速攻で否定されると思っていたのだが、紅羽の奴が悩む素振りを見せたから、僕は内心焦ってしまう。
「……おい」
「ああ、ごめん。何て返して良いのかわからなくて。貴方も冗談が言える様になったのね?」
「褒めてないだろう、それ……」
「――そう? 本心で、大分成長したなって思ったわよ? 初めて会った時なんて、話もせずにいなくなってしまったじゃない?」
初めて会った時……?
何の話を――……ッ!
「……アレは、ショックだったなー……」
「……覚えていたのか?」
「大事な事だから」
「忘れてくれても、良かったのに……」
「何故?」
「だって、格好悪いだろう? 初心者にPKされそうになって。助け出された所を礼も言わずに逃げ出して……本当、我ながら情けないよ」
「貴重だと思うけどね? 弱かった頃の蒼魔君の姿……あの時の貴方を知っていたから、私は貴方に注目する事が出来たんだよ?」
「……」
「どんどん強くなっていく貴方の姿に、私は次第に目が離せなくなっていった……」
「……そうさせてくれたのは、君の存在があったからだよ、――鶺鴒呉羽」
名前を呼んだと同時に、目の前の紅羽の姿が変化する。現れたのは鳳紅羽よりも歳上の清楚な女子大生……鶺鴒呉羽。その人であった。
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