第298話 兆し


 ――SIDE:神宮寺秋斗――



「……夢か」



 瞼を開けて、呟いた。


 リクライニングチェアに腰掛けながら、僕は執務室で眠っていた様だ。部屋の明かりは消えており、日もすっかりと暮れている。目頭を抑えながら息を吐き、固くなった身体を揺すって、筋肉を徐々に解していく。


 ……懐かしい夢を見た様な気がする。


 夢の内容は、もう忘れてしまった。


 きっと、大した事では無かったのだろう。



「――11月、か……」



 立冬とも言うが、確かに、寒さが厳しくなって来た。12月には雪が降るかも知れないな?



「……」



 世界の終わりが近付いて来ている。この感覚は、何度経験しても慣れないものだ。心にあるのは焦れる様な罪悪感と、空虚さだ。あと何回此れを繰り返せば良い? 永遠に続くこの無間地獄は、"超越者"となったこの身でも、たまに擦り切れそうになってしまう。


 だからこそ、他者の存在が必要なんだ。

 共に歩んでくれる人間が、必要なんだ。



「――呉羽……」



 初めて会った時から、彼女の事は特別だと思っていた。胸を突くノスタルジア。感傷的になる理由は分からない。ただ、僕の中の消えた記憶が囁くんだ。彼女の事を手放してはならない。今度こそ、選択肢を見誤るなと、叫ぶんだ。


 報告では、石動蒼魔は先日88階層を攻略したらしい。残る階層は12階。このペースなら、世界崩壊までにABYSS攻略は間に合うだろう。


 90階層の守護者――鶺鴒呉羽の魂は、鳳紅羽の体の中に隠してある。他のメンバーとは違って、"世界"にも取り込まれていない。順当に行けば、90階層は素通り出来るだろう。


 全てが計画通りに進んでいた。


 そう、全てが――



「……」



 なのに何故だろう? 一抹の不安が拭えない。本当に計画通りに進んでいるのか? 何か見落としがあるんじゃないのか?



「一度、様子を見に行くか……」



 新しい総理が就任した事により、国内の政治は一応の落ち着きを見せていた。


 今ならば、動く事は出来るだろう。

 それに、僕自身も久々に会ってみたかった。


 新生・黄泉比良坂の面々。


 そして、鳳紅羽に――ね?





 11月26日日曜日。


 お忍びでアカデミーへとやって来た僕は、黒いサングラスを掛けただけの変装をして、黄泉比良坂の本部へとやって来ていた。


 因みにアポは取っていない。

 急に行った方が面白いと思ったからだ。


 しかし、日曜日に出向いたのは失敗だったかも知れないな? 現在時刻は午後の4時。下手すれば全員が出払っているパターンも有り得るだろう。まぁ、その時は転送区にでも向かってみようか? それでも見当たらない場合は――その時は、運が無かったと思うとしよう。


 本部の扉をノック――は、しない。

 何故なら合鍵を持ってるからだ。


 施工を頼んだのは僕だからね?

 当然の権利と言えるだろう。


 魔晶端末ポータルの電子パスによって、自動で開いていく門扉。我ながら良いデザインで発注したなぁと、管理の行き届いた庭を見物しながら、本邸までの道のりを歩いて行く。


 AIのカメラ認証によって自動扉を開くと、僕はエントランスホールからロビーまで、気配を殺して進んで行った。


 すると――



「此処をこうして、と……チェック!」


「げ! ま、待った!!」


「待たないよーん! 総司君って、こういう頭を使う遊びって苦手だよね〜?」


「ぐぐぐ……」


「情けないな、総司……」


「だったら歩が代わってくれよ!?」


「将棋なら構わんが――」


「そっちは私が無理ー! ルール分かんない!」


「だ、そうだ……」


「歌音の相手をするのは、俺って事か……?」


「なにその言い草ー。暇そうにしてたから遊んであげてるんじゃん!」


「手持ち無沙汰なのは事実だけど、延々と負け続ける俺の身にもなってくれよ!?」


「総司君が弱いのが悪い!!」


「はいはい……」


「他に、相手が居れば良いんだけどな……?」



 ……どうやら、妙なタイミングでやって来てしまったみたいだね? ロビーに居るのは相葉総司と神崎歩、東雲歌音の三人だ。他の面子は留守の様だ。日曜の午後だと言うのに随分と暇を持て余しているだね?


 挨拶でもと、思ったが。このタイミングでは少し面倒な事になりそうだ。鳳紅羽は居ない様だし、此処は静かに立ち去るのが賢明だろう。


 そう思っていたのだが――



「――! 神宮寺、秋斗……!」


「!」



 ――気付かれたか!? 気配は消していたのだがな……? 神崎歩……どうやら、随分とやる様になったらしい。僕の姿を見て、他の二人も驚いた表情を浮かべている。想定とは違った登場の仕方だが……まぁ良いだろう。



「――やぁ。手が空いたから視察に来たよ。此処に居るのは三人だけかい?」


「……見た通りだと思いますけど? ていうか、どうやって中に……?」


「この本部を建てたのは僕だよ? 当然、合鍵くらいは持っているさ」


「それって、不法侵入じゃない……? 此処には女の子の部屋もあるんですけど?」


「流石に、個室の鍵は持っていないよ。僕が入れるのはロビーまでさ。――それで? 日曜の午後に、君達は一体何をやっているのかな?」


「見て分かるだろう……チェスだ」


「それは本当に、見て分かるけどね……」



 僕が聞きたいのは、そういう事ではない。



「折角の日曜日に、高校生三人が引き篭もってボードゲームに興じるというのは中々に珍しい光景なんじゃないかな? 時間を無為に過ごしているのは、誰かを待ってたりするからかい?」


「……詮索ですか?」


「ただの世間話だよ。それで? 待ち人は誰だい? ――やっぱり、石動蒼魔かな?」


「!」


「……ビンゴって、所かな?」



 ……しかし、それならば何故、彼等は情報を隠そうとしたんだ? ロビーで石動蒼魔を待っていた。暇だからチェスで時間を潰していた。わざわざ隠さなくても良いじゃないか。それか、僕の想像以上に彼等から敵視されているとか?


 可能性としては高いけれど――今は他の理由も考えてみるか。


 僕が思った、その時だ。



「帰ったぜ〜!! んだよ、気になったから付けてみたけど、アイツら普っっ通に、デートしてやんの! 途中で白けて帰って来ちまったよ」


「付き合わされたウチは最悪やったわ……」


「YES!! burning Loveって奴だな!? 蒼魔と紅羽……熱いぜ……ッ!!」


「ば、馬鹿!! お前ら――ッ!!」


『へ?』


「…………」



 帰って来たのは、我道竜子と幽蘭亭地獄斎。通天閣歳三の三人だ。それは良い、それは。


 問題なのは、彼等が口にした言葉だった。


 ……デート?


 鳳紅羽と、石動蒼魔が?


 僕の記憶が確かなら、二人の関係は恋仲では無かった筈だ。また、蒼魔の性格上、石瑠翔真を体内に宿した状態で鳳紅羽と交際する様な真似はしない筈だ。余りにも不可解な行動。



「まさか――!?」



 ――呟いた僕は、慌てて外へと出て行こうとする。が、その足は我道竜子に阻まれた。



「……何の真似だ?」


「何の真似ってなぁ……? こっちが聞きたいっつーの。てか、何でアンタが此処に居るんだ? 今、何処に向かおうとしやがった?」


「……」


「……だんまりかよ。あーあー……」


「我道先輩、まさか――!?」


「事情は分かんねぇけど、今コイツをアイツらの所に向かわせる訳には行かねぇだろ?」


「OK! BOSS退治って事か?」


「退治は無理やろ……足止めや……!」


「君達……本気で言っているのかな?」



 行く手を阻む我道等、三人。それに看過されたのか、背後の相葉達も武器を構えた。



「他人の恋路を邪魔する人は――!!」


「……馬に蹴られて、三途の川だ」


「邪魔させて貰いますよ、神宮寺さん……!」



 どうやら、やる気満々らしい。


 参ったな、本当に。



「……原作キャラは、出来るだけ傷付けたく無いんだけど……僕の邪魔をするって言うんなら、少しだけ痛い目を見て貰おうかな……?」

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