第296話 顔の見えない悪意


 月日は流れ――夏になった。


 様々なイベントを挟み、盛り上がりを見せたレガシオン・センスは、今夏、大々的に世界大会を開く事になった。


 ルールは事前にHPに記載されていたが、運営が用意したイベント戦で一定期間のポイント合計を集計し、順位付けをするらしい。ランキングは個人部門と団体部門に分かれている。1〜3位までの入賞者にはそれぞれ賞金が送られるられると言うが、金額は詳しくは見ていない。


 僕にとっては賞金なんてどうでも良かったからだ。大会への参加はオンラインで出来るらしい。――が、それとは別に、有名プレイヤーにはオフライン会場への参加状が配られていた。


 都内某所のイベント会場を使って、配信中継をするらしい……まぁ、国内でこれだけ人気になったんだから、企業としてはオフラインイベントをやらない手は無いのだろう。


 しかし、まさかな――?



「僕にも、参加状が届くなんてな……?」



 最近はちょっぴり有名になって来た僕だけれど、その噂はアングラの域を出ていない。SNSでは普通に都市伝説の扱いだ。そんな僕に、公式運営からオフライン大会参加のオファーが来るとは夢にも思わなかったね?



「てか、普通に無理でしょ……"ベックサイト"にどれだけの観客が集まると思ってるんだ……? 『マスク着用化』とか書かれているけれど、いやいや……そんなレベルじゃ無理なんだわ。こちとら人目が苦手な引き篭もりだぞ? 参加料として3万円貰えるらしいけれど――いやぁ……中々に厳しいなぁ……?」



 ゲーム内のメールボックスに送られて来た、運営からの参加状。承諾するプレイヤーはYESを選択して下さいと書かれているが、これってどれだけの面子に声を掛けてるんだろうな?


 気になった僕は、HMDにブラウザのタブを表示させ、SNS掲示板を開いて行く。



「キーワードを検索して、話題を抽出っと」



 目の前に表示されるスレッドのコメント。

 それらを僕は、流し読みしていく。



「……ちらほらと、参加状を貰ったっていうプレイヤーがコメントをしているな……? 流石にプレイヤーネームを晒してはいないけれど、読んだ感じ、上位クランには手当たり次第に声を掛けているのかな?」



 という事は、黄泉比良坂も?

 まぁ、アイツらが参加しない筈は無いか。


 黄泉比良坂――


 鶺鴒呉羽が、ベックサイトに来るのか……。



「……いや、でも……流石に……」



 僕が参加するのは厳しいだろう。


 自分でも分かる。


 前の会社を辞めてから、もうすぐ一年が経過する。一年間。僕はずっと人目を避け続けた生活を送っていた。完全な引き篭もりという訳ではない。夜にはコンビニに出掛けたりしていたし、喋らなければ買い物だって余裕で出来る。


 重度の対人恐怖症では無いと思う。


 多分、恐らく……。


 それでも、日中に出掛けるのはやっぱり怖いし、ベックサイトって言ったら何万人規模で人が集まる所なんだろう? そんな場所に行って、無事に済む自信が無かった。しかも大会の参加者だ。最悪、司会にコメントなんてものも求められるかも知れない。無理だ。絶対に無理だ。考えただけでゲロ吐きそう。僕にリアルイベント参加なんてハードルが高過ぎるんだよ。


 このメールも、断ろう……。


 別に僕は、鶺鴒呉羽のストーカーって訳じゃないんだ。リアルでアイツに会えなくても構わないさ。……むしろ、下手気に会ったら嫌われるまであるね? ……ていうか、何で僕はアイツからの好感度なんて気にしているんだ? 鶺鴒呉羽は僕のライバル。一方的な思い込みだけれど、僕とアイツの関係っていうのはそう言ったものなんだよ。好かれようが嫌われようが、どうでも良い。アイツをギャフンと言わせる事が、僕の目下の目標なんだからな!?


 自分に言い聞かせながら、僕は表示したスレッドを閉じようとした。しかし、その手はある一件のコメントを読んで、静止してしまう。



《鶺○呉○は、御○直○とデキている》



「――は?」



《クソビッチ、○鴒○羽。○剣○斗なんかにハメられて満足か? いつもお前ら二人でいるもんな? 俺には全部お見通しなんだよ》


「……何だ、コイツ……荒らしか?」



 見付けてしまった、攻撃的なコメント。元々ネット掲示板なんて治安が悪いし、書き込んでる皆はいつもの事の様にスルーしていた。


 けれど僕は、そのコメントに釘付けになってしまう。書き込んでる者の熱量。その怨念に気付いてしまったからだ。



《澄ました顔をしてやがって、今日も御○直○の○○○を咥えて来たんだろう? 現実がおかしい。皆お前に騙されてる。たかがゲームが上手いだけのクソ女が芸能人面してんじゃねぇ。内面はただのクソビッチだろうが。口内の○液臭は消せねぇぞ売女。善人面して情弱を騙すのは楽しいか? 醜悪極まりない掃き溜めのゴミ女。その顔面ぐちゃぐちゃにしてやるからな? 呉○。謝っても絶対に許さねぇ。俺の好意を踏み躙った事を一生後悔させてやる。命乞いをさせて○す。死んで俺に詫び続けろよ、クズ○羽》


「……」



 誰かに通報されたのか、それ以降の書き込みは何処にも見当たらなかった。名前をボカしてはいたが、間違いなく鶺鴒呉羽について語っていたアンチコメントだ。


 ネットで殺害予告だなんて、今の時代に良くやるよ……最悪、逮捕されるんじゃないのか?


 頭のおかしい奴……。


 普通は、そんな感想で終わりなんだけどな。



「リアル、イベントか……」



 僕は、嫌な予感がしていた。


 顔の見えない悪意。ソレに突き刺される呉羽の姿を想像して――僕は口元に手をやった。


 背中から、妙な寒気を感じてしまう。


 何だコレ。恐怖――か? 最悪の状況を想像をして、勝手に一人で怖がっている?


 ……馬鹿じゃないか?


 こんな、便所の書き込みを鵜呑みにしてさ。



「……」



 僕は、恐る恐るメールボックスを開いた。中には運営からの参加状が入れられている。


 さっき見た文章を、また一から見直した、


 ――貴方は、大会に参加しますか?


 YES/NO



「――」



 手が勝手に動いていた。


 表示された選択肢を選び、運営にメールを送信する。――もう、後戻りは出来ない。


 でも、良いんだ。

 不思議と後悔は無かった。


 順番が、やって来たんだと思う。


 以前はアイツに。

 今度は僕が。



「……守ってやるさ」

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