第294話 強さへの渇望①
鶺鴒呉羽に対抗心を剥き出しにした僕は、次第にこのゲーム……というか、この世界に嵌って行った。現代が舞台の『レガシオン・センス』は、美麗なグラフィックもあってか、現実との区別がつき難い。だからこそ僕も自然とゲームの世界に没頭する事が出来たのかも知れない。ゲームにログインする時間は飛躍的に伸びていた。もうどちらが現実か分からないね?
徐々に強くなっていく実感はあった。
けれど、呉羽の奴は先を行く――
「黄泉比良坂? 新しいクランか……」
ニュースサイトを閲覧しながら、僕は部屋の中で呟いた。正式サービスが開始されてから初めてのレイド戦が実施されたのだが、これが中々に白熱していた。プレイヤー同士の順位付けはボスモンスターに与えたダメージ量によって決定される。他にも回復やバフスキルを使用する事によってポイントを獲得する事は出来るのだが、基本的にはダメージを出せるプレイヤーの方が有利な設定だ。僕も影ながら参加はしたけれど、ランキングは振るわなかったね?
黄泉比良坂という新興クランは、そのレイド戦で目覚ましい活躍をしていたらしい。
「なになに? リーダーは御剣直斗……? 知らないなぁ……新しく入って来たプレイヤーか?」
次に僕は、黄泉比良坂の参加メンバーに目をやった。殆どが知らないプレイヤーだったが、一人だけ、知っている名前を見付けてしまう。
「鶺鴒、呉羽……!?」
名前を読み上げた瞬間、僕は動揺してしまった。何故彼女の名前が此処にあるんだ? 何処ぞのトップクランに参加しているなら納得出来るんだ。しかし、この黄泉比良坂というクランは、どうみたって小規模な団体だろう。ランキング1位が所属する集団では無いと思う。
「リアルで繋がりがあるとか……?」
何にせよ、気に入らない。
こっちは鶺鴒呉羽に追い付こうと躍起になっているというのに、当の本人はお友達と遊んでいるという事になる。……強者の余裕か?
「まぁ、別に良いけど……」
元々呉羽は訳の分からんロールプレイをする事で有名なプレイヤーだった。ランキングに載る様なガチ勢の癖に、何処かエンジョイ勢の様なプレイングをする……真剣に競っているつもりの相手は気に食わないだろう。
僕も良い感情は浮かんで来ないけれど、相手がソレで停滞してくれるならば構わないさ。
その隙に、彼女との差を埋めてやる――!!
……決心した僕だったのだが、事はそう上手くは運ばない。ソロでレベリングをしながら迷宮内を進んで行く、ABYSSの30階層で足踏みをする羽目になってしまった。後から分かった事なのだが『レガシオン・センス』というゲームは成長システムが独特であり、ランダムだと思われていたレベルアップ時のステータス上昇値は、直前に倒した魔物によって、大きく変動するという情報が明かされてしまう。
これまでせっせとレベリングをして来た僕だったが、その努力は全て無意味だったのだ。求められていたのは低レベル縛りでの階層主の攻略。しかし、ソロでそれを行うのは至難の技。
八方塞がりの状況の中、クラン・黄泉比良坂はどんどん大きくなっていった。その実力はトップクランにも引けは取らないだろう。
鶺鴒呉羽は、一つの所にはじっとしないタチの女だった筈だ。――だが、どうだ? 黄泉比良坂に入った彼女はこれまでの言動とは別に、クランの一員として活動を続けている。脱ける素振りなんて一つもない。
この時の僕は、焦っていた。
全てが噛み合わない感覚を覚えていた。
名を上げていく彼女とは別に、僕自身は何者にもなれていない。ただ、彼等の活躍を見守るだけの傍観者の一人。そんな現状が堪らなく情けなく――悔しかった。
レベルも上げられない。
階層も攻略出来ない。
――ネックは全て、一人である事から始まっている。パーティ編成を前提としたゲームバランス。そういうゲームだという事は分かっていてプレイしていたものの、現実に限界を突き付けられると、それはそれで納得出来ない憤りを感じてしまっていた。
非常に我儘だと思う。けれど、黄泉比良坂の連中が楽しそうに笑っている所を見ると、負けたくないという思いが湧いて来るのだ。酷い話だろう? 完全に妬みだもんな? 僕自身、醜い性格をしてると思っているよ。
彼等だけじゃない。僕は世の成功者を妬んでいた。今を生き生きとしている連中が許せない。根底にあるのは自身への渇き。普通でありたいと願っているのに、異常者へと堕ちてしまった現状が悔しくて悔しくて仕方がないのだ。
一人が楽だ……一人が良い。
他人なんていらない。
全部が全部、本音だけれど――
そう言っている自分も好きじゃない。
「面倒臭い奴なんだよな……僕は……」
クラン・黄泉比良坂がプロゲーマー・ライセンスを習得したらしい。ニュースサイトの見出しを見ながら、僕はゲーム内で嘆息する。
躍進を続ける彼等とは違い、現在の僕は停滞に停滞を重ねながら、気分転換にレガシオンのメインストーリーを進めていた。今まではずっとスルーしていたのだが、階層が攻略出来ない以上、やれる事も限られるしね?
これから僕は、アカデミーと呼ばれる探索者育成校で日々を過ごすらしい。所属する教室も選べるのだが、余り興味が湧かなかったので、一番王道っぽい"D組"を選択。ストーリーを流し読みしながら、入学式を終えるのだった。
次にNPCと交流するパートが挟まれるのだが、そこら辺で耐え切れなくなり、僕は一人で周辺の散策をし始めた。
「長い……長いな、ストーリー……暇だからって始めるんじゃ無かった……」
こうしている間にも、ライバル達は強くなっているのだろう。情けない。時間の浪費だ。
ブツブツと呟きながら、僕は人気の無い場所を目指して歩く。辿り着いたのは、ゴミ捨て場だった。今の僕の心境には、ピッタリな場所だっただろう。溜息を吐きながら、その辺に捨てられてある壺の中身を覗いてみる。
すると――
「ん? 指輪……?」
壺の中には、一個の指輪が置かれていた。
それは、
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