第292話 呉羽との出会い①


 国内企業が開発したVRMMO『アルケー』は、アーリーアクセス時から高い人気を誇っていた。このまま順当に正式サービスに行き着くのかと思いきや、途中で大幅なアップデートが入り、タイトルを『レガシオン・センス』に変更してリリースされる運びとなった。


 システム自体に変更点は無かったのだが、新たに追加されたストーリーモードや、世界観の大幅刷新。ABYSSと呼ばれるダンジョンを攻略して行くという要素は『アルケー』を遊んでいたプレイヤーからは賛否を生んでいた。


 しかし、世界観の作り込みが凄かった事もあり、大半のプレイヤーは"賛"の方だったと認識している。実際、『アルケー』をプレイしていた僕だって本格的に嵌ったのは『レガシオン』が登場してからだ。元々ポテンシャルの高かった『アルケー』が、神ゲーと呼ばれるまでに設定を練り込んで再登場したのだ。普通に考えたら、喜ばないプレイヤーの方が少ないだろう。


 僕と呉羽が出会ったのは、その初期の頃。


 サービス開始と同時に人が押し寄せて、一時的にゲーム内の治安が終わってしまった時期がある。新規参入は喜ばしい事だが、害悪プレイを行う輩が跋扈するのは最悪だ。あの辺は運営も対処が遅れていたからね? ご多聞に漏れず、当時弱かった僕もPKされてしまっていたよ。


 これは、そんな頃のお話だ――





 清廉にして苛烈。

 流麗なる女剣士の噂を聞いた事がある。


 VRMMO『アルケー』の初期から活躍し、ランキング1位を維持し続けるプレイヤー。卓越したテクニックと、人間離れした反射神経で他の追随を許さない女がいるという。その容姿は美しく、素顔セルフスキンを使っているというのだから驚きだ。様々なクランを転々としており、一つの所に長居はしない。本人は『バランスを取っている』と言っているらしいが、これも噂でしかない。ランカーとしての立ち振る舞いを常に気にする生真面目な女。正義の化身というのは彼女の事を指すのだろう。――と、ここまでがお決まりの彼女の評判である。


 流石に言い過ぎ……ネタだろう?


 ランカーだか何だか知らないけれど、底辺で這いずり回っているプレイヤーからしたら、煩わしい以外の感情は湧いて来ない。



「今に見てろよ……」



 雑草魂に火を付けながら、僕は今日も今日とてダンジョンに潜る。――おっと、今はダンジョンじゃなくて『ABYSS』って言うんだっけ?


 正式リリースされて、全体的にゲームのクオリティが上がったのは良かったけれど、アーリーアクセスで稼いだ経験値が没収されてしまったのは頂けない。また一からレベリングのやり直しだ……ソロでレベルを上げるのは大変なのになぁ? まぁ、全員が同じ環境なんだから不平不満は余り言えないけどね。


『レガシオン・センス』……だっけか? タイトルを変えて、正式リリースをしてから、このゲームは一気に人気も知名度も上げていた。プレイン・マシン・インターフェイス――BMI技術を用いたHMDなんて、高額でマニア以外には流行らないと思っていたんだけれど、このゲームをきっかけに購入している人間が続出しているらしい。停滞していたVR業界が盛り上がるのは良い事なんだけど――



「ブッキングが多くなるのは考えものだ……」



 探索中、遠目にプレイヤーの影を発見した僕は、そのまま気付かれないよう、反対方向へと進路を変えた。間違って話し掛けられても困るしな……? ゲームが賑わうのは構わないけれど、それはそれとして他人に接近されるのは勘弁して貰いたい。思いながら、僕は淡々と奥へと進んで行き、適当な魔物を蹴散らして行く。


 1時間が経過した辺りだったかな……?



「お! 魔物はっけ〜ん!!」


「!」



 突然、ガラの悪そうな一団が僕の前へとやって来た。四人編成フォーマンセルか。見た感じ、最近始めた初心者って所だな……?



「いや、魔物じゃなくてプレイヤーでしょ?」


「あぁ? マジで?」


「仮面付けてるから分かんねー! ねぇ、アンタ。何でそんなアバターにしてんの?」


「……」


「あれ? 喋んないし」


「マイク着いてないんじゃね?」


「いやー? 接続はされてるみたいだよ。普通に音声を切ってんじゃない?」


「なにそれ? 初心者かな?」



 お前達には言われたくない。――ていうか、さっさとアッチ行けよ。こっちはコミュ症なんだ。他人に話し掛けられてるだけで心臓がバクバクいってしまっている。頼むから早く消えてくれ!! 僕に用なんか無いだろう!?



「……誰も見てないし、やっちゃうか?」


「お、PK?」


「四対一なら逃さんでしょ」


「良いじゃ〜ん! 狩りだ狩り〜!」



 ――コイツら、ふざけやがって……!!


 何が狩りだッ!? レベルさえ下がって無ければ、お前ら何て――お前ら、何て……っ!



「……っ」



 喉の奥から、悲鳴の様なものが零れてしまう。――怖い。怖い、怖い、怖い!!


 どうして僕はこうなんだ!? 敵は見る限り大した事はない!! 例えレベルが下だとしても、多対一だとしても、普通にやってれば負けない筈だッ!! だって言うのに、萎縮する!? そんなにも人間と戦うのが怖いのかッ!? 現実逃避でゲームの中に逃げ込んで……これじゃあ何もかもが変わらない!!


 戦わなきゃ……ッ!!

 戦って、こんな舐めた連中をぶちのめす!!


 頭では、分かっている筈なのに……ッ!!



「……? 何かこいつ怯えてね?」


「え? ――うわ! マジだ!?」


「ギャハハッ!! ダッサー!!」



 笑いながら、連中の一人が僕の事を蹴飛ばした。強張っていた身体は、その程度の衝撃で地面に転がってしまう。


 ――無様だった。

 ――この上ない屈辱だ。


 だが、そんな恥辱を上塗りするくらい、僕は他人の視線が怖かった。見下ろされる感覚に身震いをする。――もう、どうしようもない。


 いっそ、HMDを外してしまおうか。


 僕が思った、その時だ。



「――何をやっているの?」



 凛とした声が、迷宮内に響き渡る。

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