第289話 神崎歩 好感度MAX
10月28日水曜日。
今日も今日とて授業をサボり、ABYSS探索に勤しんで来た僕は、冷え込んだ外気から逃れる様に、本部の中へと帰宅する。
探索区に設置された黄泉比良坂の本部は思った以上に機能的だった。転送区に向かうのに歩いて5分も掛からないし、各メンバーに与えられた個室も、そんじょそこらのマンションよりも広々としている。洗濯機や冷蔵庫などの家電は全室に備えられているし、部屋の風呂場だってサウナ付きである。休憩室には自販機が置かれており、飲食にだって事欠かない。そういう訳で、僕も忙しい時は毎日此処で寝泊まりをしていた。麗亜が寂しがっているという報告は受けていたが……今はちょっと帰れないかな。
探索に遅れが生じているんだ。それを取り戻すまでは、学校も石瑠邸にも通えない。
「とは言え……78階層は、頑張った――」
僕は今日の成果を振り返りながら、自室のベッドにダイブする。着替える気力も、もう出て来ない。身体はへとへとになっていたし、指先を動かすのでさえギリギリな状態だ。今日はもうこのまま眠っちゃおうかなぁ? 誘惑が頭をもたげたが、理性がソレを拒否している。
「流石に、シャワーは浴びないとなぁ……?」
何日連続で潜ってたんだよ? 汗と泥と返り血で、肉体は既に汚物と化していた。綺麗好きな僕には耐え切れない。……眠いが。しかし、此処は頑張って風呂場に行こう……僕は這いずる様に部屋の脱衣所まで向かって行くと、億劫がりながら、汚れた衣服を脱ぎ捨てる。
二、三人は優に入れる広々とした風呂場に踏み出すと、そのまま近くの風呂椅子に腰掛け、軽くシャワーを浴びて行く。……此処まで来ると、湯船にも入りたくなって来たな? 思った僕は壁にあるパネルを操作して、風呂釜に湯を注いでいく。実際に入れる様になるのは10分後ぐらいかな? それくらいなら、身体を洗っている内に経過しているだろう。シャンプー液を手に出しながら、髪をシャカシャカと洗う僕。人によって身体を洗う順番というのは違って来るらしいが、僕は断然"頭"派だ。
どうでも良い事を考えながら、シャンプー液をシャワーで流していると――
ピンポーン、と。
部屋の呼び鈴が鳴り出した。
「誰か来たのか……?」
壁に埋め込まれたモニターをONにすると、そこには手荷物を持った神崎が立っていた。
珍しい来客だ……。
僕は受話機能をONにしながら、部屋の前で突っ立っている神崎へと話し掛ける。
「神崎か。どうかしたの?」
『……夕飯を作り過ぎてしまってな。お裾分けに来たんだが――もしや、今は風呂中か?』
「そうだけど、よく分かったな?」
『声の感じで、何となくな? ……タイミングが悪かったな。出直した方が良いだろうか?』
「いやー、全然平気」
言って、僕は壁のパネルから入口の施錠を解除した。電子ロック式だから便利だよね? 恐る恐る部屋の中へと入っていく神崎。モニターのカメラは入口にしか設置してないから、後の行動は分からない。まぁ、適当に料理を置いて、適当に部屋から出て行ってくれるだろう。思いながら、僕はリンス液を手の平に出した。
薬液を丹念に髪に塗り込み、温水で洗い流していた、その時である――
「……翔真」
「へ?」
突然、背後から声を掛けられた。人の気配って、あったっけ? いいや、そんな事よりも此処は風呂場だし。何なら僕は全裸だし。驚愕で心臓を跳ね上げた時、振り向いた先には薄着の神崎が居て、僕はダブルの衝撃を受けてしまう。
「ななななな! 何でぇぇ――っ!?」
「……」
僕の問いに、神崎は答えない。というか、答えられないのか? 羞恥で顔を赤くしながら無言で俯く神崎。その姿は今まで見せていた恰好良い神崎像ではない! 等身大の女の子だッ!!
し、しっかし……デカいなぁ……?
今の神崎は胸元が大きく開いた白いインナーに、白い下着のみを履いた格好をしているのだが、解放されたおっぱいがたわわ過ぎて、途轍もない衝撃を受けてしまっている。コイツ……このボリュームの"ブツ"をサラシか何かでずっと隠し続けて来たって事だろう? 凄まじい労力じゃん……こんなん、おっぱいへの虐待じゃん。
ゆ。許せないなぁ……リーダー権限か何かで神崎の胸は今後一生解放すること! って、僕が命令してやりたいくらいだよ!!
――と、親父丸出しな感想を内心で思っていたその時である。漸く、神崎が口を開いた。
「……その、背中を……流そうかと……」
「え!? なんだって!?」
小さ過ぎて聞こえない!!
ワンモアプリーズだ、神崎ィ!!
「――くっ! ……翔真の……背中を流しに来たんだ!! いつも頑張っているから、疲労してるんじゃないかと思ってな!! 悪いか!?」
「……」
「な、何か言ってくれ……自分でも、らしくないのは自覚している……でも、こうすれば翔真は喜ぶと総司の奴が言って来て、それで――」
「……相葉? 相葉が神崎にこんな指示を?」
「うぅ、わ、私は一度反対したんだ! けれど、生徒会長まで一緒になって、それで――!」
おいおい……天樹院までグルなのかよ?
相葉ぁ……。
天樹院……。
お前ら揃って、最高か?
僕の事を良く分かってるじゃないか。元気になるかだって? そんなの……僕のJr.を見れば一目瞭然だろう? 息子も元気に喜んでるよ。昨今、直接的なエロ表現が取り沙汰される中、神崎のデカパイ薄着なんて飴玉みたいな軽い描写だけど……むしろそれが良い! やはり人間は初志を忘れてはいけないのだろう。少年漫画のお色気シーンを見て、エロいエロいとはしゃいでいた純粋な気持ちを忘れてはいけないのだ! 一般の中にある些細なエロ!! それこそが至高なのだと、僕は神崎を見て思い出したね!!
「神崎……」
「な、何だ……翔真……?」
「……僕は死ぬほど疲れている。それこそ、今日は78階層まで一気に攻略して来たし、正直指一本すら動かすのが億劫だ……」
「そ、そうだったのか?」
「だから、お前の申し出は普通に嬉しい……いや、滅茶苦茶嬉しい……」
「そ、そんなにか……」
「――そこで、僕から提案があるんだが……」
「何だ? 私に出来る事なら何でもするぞ?」
「……何でも?」
「……あ、あぁ、何でも……するが?」
あどけない顔で、聞き返す神崎。
全く、純粋過ぎる。「何でも」なんて、そう簡単に口にして良い言葉ではないだろう。これは、教育の意味も兼ねて大人である僕が色々と教えてやる必要があるかも知れないなぁ?
「僕の身体を、その胸で洗って欲しい……」
僕は至極真面目な顔で、死にそうなほど辛い表情を浮かべながら、神崎に言ってやる。
「――ん? 胸でとは?」
神崎はいまいち飲み込めていなかった。
仕方がない……。
具体的に説明してやるか。
「その胸に石鹸の泡を付けて、僕の身体を……たわしの様に洗うんだ……は、はやく!」
「………………!? は、はぁぁぁぁ――!?」
神崎は長考しながら言葉を飲み込むと、その意味に、思わず叫んでしまう。
「間に合わなくなっても知らんぞ……!? は、早く!! もう既に身体が冷えてきた……!」
「そ、そんな事を言われても……!?」
「風邪を引いてしまう……! 良いのか? 神崎が原因で僕が風邪を引いても!? 躊躇っている暇は無いんじゃないのか……!?」
「うぐっ……!?」
「……さ、寒いよ神崎……っ! 頼む!! 髪を洗うので精一杯だったんだ……! 僕の身体を、その我儘ボディで洗ってくれェェ――ッ!!」
「し、しかし、そんなこと……!?」
「何でもやるって言ったのに……嘘だったのか神崎ぃー!? 神崎は僕に嘘は付かないと思ってたのに……あぁ、身体が冷えて来た……明日は探索無理かなー? 折角頑張ってきたのに、また攻略が遅れちゃうよー」
「……っ」
「こんな事を頼めるのは、神崎……お前しかいないんだよなー。他の連中にはとてもとても」
「……本当に、私しかいないんだな?」
「え? ――あ、うん。勿論勿論」
「スゥ――」
神崎は長く息を吐き出して、精神集中を図っている様である。これは……イケたか? 横から石鹸に手を伸ばした神崎は、手でソレを泡立てつつ、胸元に泡を塗りたくる。……後で、着替えは用意してやらないとな? 冷静に神崎の行動を見ている僕だが、内心では興奮が冷めやらない。誰もいなかったら、ガッツポーズを決めていたのは間違いないね!?
「じゃあ、行くぞ――?」
「あぁ……」
泡だったおっぱいを僕の背中に押し付けながら、神崎が上下に動いて行く。
――至福だった。
――生きてて良かったとさえ思える。
たどたどしい動き方で、しっかり汚れが落ちているかと言うと、全然そんな事は無いんだけれど、重要な所はソコじゃないからね?
背中に触れる柔らかい感触。耳元に掛かる神崎の息遣い。僕を癒やしてあげようというその心意気が体全体に染み渡るのだ。
堪らん……堪らんなぁ、これは……。
暫くやらせていると、神崎の息遣いにも艶が混じって来た。本人は無自覚かも知れないけれど、大分興奮しているみたいだね……?
神崎にこんな一面があったとは……。
いやー、良いと思いますっ!!
「……なぁ、神崎……そろそろ、前の方もお願いしたいんだが……?」
「っ……、はぁ……っ、ま、前……?」
上気した顔で、僕に聞き返す神崎。そう、まだまだ楽しみは終わらないのだ――!!
――三十分後。
リビングでは、着替えを終えた僕達が、いつも以上に仲の良い様子で夕食を食べる姿があったとか、無かったとか……。
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