第287話 遊びの終わり


 ――僕は、物事を難しく考え過ぎていたのかも知れない。ペトラは最初から言っていただろう。『また遊ぼうね』……ってさ。


 遊んでやれば良かったんだよ。最初から、相手の好きにしてやれば良かったんだ。


 そうするだけで――僕は勝てたんだ。


 なんて顛末だよ。


 我ながら、呆れてしまう。



「――ジャグリングに、玉乗りに、鬼ごっこに隠れんぼ。ペトラが食べた事もない様な駄菓子を用意して、紙飛行機に爆竹遊び……まぁ色々と、レトロな遊びを試したもんだよな?」


『すー、すー』


「……遊び疲れて、寝ちゃったか」



 今なら――


 今なら、労せずにペトラを殺れるだろう。あどけない寝顔を晒す金髪の少女。こうしていると、元の世界の事を思い出すな? 僕と出会ったペトラはいつもこうだ。勝手に騒いで、遊んで遊んでと攻撃して来て――最後は疲れて眠ってしまう。同じだ。昔と全く変わっていない。



「ペトラ――」



 勝負には勝ったよ。


 だけど――



「――やっぱり、僕はお前を殺せないよ」



 お前が言った、僕が甘い奴だって評価は正しかったみたいだ。無防備なお前を殺せない。僕は駄目な奴なんだ。


 ――神宮寺秋斗は、頑張って倒すよ。


 苦労はするだろう。

 けれど、自分で決めた道だから――



『……駄目、だよ』


「え?」


『万全じゃないと、秋斗は倒せない……ただでさえ勝率が低いんだから、少しでも勝てる手段を取らないと……蒼魔、死んじゃうよ……?』


「ペトラ――お前、起きて……!?」


『……折角隙を作ってあげたのに、蒼魔は、本当に駄目駄目だよ……結局、最後は自分でやるしか無くなっちゃった……』



 ――自分でやる?


 一体何をと。僕が問う前に、ペトラの肉体はポロポロと粉雪の様に溶けてゆく。



「――ペトラ!?」


『心配しないで……痛くはないから』


「お前――」


『蒼魔や……皆がいない世界で、ずぅっと生きてるなんて嫌だよ……』


「――ッ!」


『蒼魔は、平気?』


「え?」


『皆がいない世界で――蒼魔は大丈夫なの? 寂しくて、泣いちゃったりしない……?』


「な――」



 ペトラは嗚咽を堪えて、僕に問う。死ぬ事の恐怖からではない。楽しい時間が終わってしまう事が、堪らなく寂しいんだ。



「――あ、当たり前だろう!? 僕は大人なんだぞ!? 元々一人でいるのが好きだったんだ!! じゃなきゃあ、レガシオンでもソロで遊んでいないだろう!? ペトラのは杞憂なんだよ!! お前がいなくても、僕は全然――!!」


『なら、良かった……』



 ほっとした様な笑みを浮かべて、ペトラはそのまま目を閉じる。肉体の崩壊により、彼女の半身は既に消えていた。



「待て。待ってくれ――まだお前には言いたい事が沢山あるんだ!! いつも勝手にやって来て、勝手に消えるなんてのは狡いだろう!?」


『……』


「なぁ、ペトラ――? ペトラァ――?」



 ペトラ=アンネンバーグの肉体から、消失ロスト時の燐光が輝いた。物言わぬ彼女の亡骸を見送りながら、僕は一人その場に佇む。



「……なんだよ、これ……」



 彼女が落とした幽魔晶を握りながら、僕は呟く。魔晶端末ポータルから流れるレベルアップ音も今では不快だ。――癪に触る。



「……大丈夫、大丈夫だ」



 この胸の痛みは幻覚だ。誰かがいなくなって寂しいだとか、もう二度と会えないのが苦しいだとか。そんな健常な精神をしていなかっただろう、お前は!! 今更……今更普通振るなよっ!? お前は根っからの異常者だろう!? 世界がどうとか意味の分からない理由を並べて顔馴染みや知人を殺して回れるんだからな!? 頭がおかしいんだよ……ッ!! 壊れている! 壊れてても良いから、前に進んだのに……ッ!!



「――ッ!」



 僕は、地面に頭を打ち付けた。


 何度も何度も。


 思いっきりにだ。


 血が噴き出ようが構わない。頭の中に浮かんだ邪念。"後悔"という愚の骨頂が頭の中から消えるのならば、僕は何度だって打ち付けるさ!!


 やがて、意識は遠退いて行き――


 気付いた頃には、何の感情も湧かなかった。



「――」



 ペトラを殺した。


 なら、次は――?


 第4位の次の相手――あぁ、そっか。



「次の守護者は、この僕か――?」



 自分自身との戦い?

 或いは、空席になるのだろうか?


 どちらにしても、構わない。


 今までの戦いよりは、ずっとマシだ。


 階層更新を果たし、僕は転送区へと帰還する。暖かく出迎えてくれる仲間達に応対しながら、作り笑顔だけが上手くなっていく自分に辟易とした。ペトラ=アンネンバーグは死んだ。今日、10月15日に死を迎えたのだ。


 殺したのは僕だ。

 石動蒼魔。


 そして、次の敵は石動蒼魔。


 どんな形で相対するのかは分からないが……おあつらえ向きだった。何せ、今一番殴りたい顔である。全力で攻略する……それが、死んでいった皆への――僕からの誠意だと思うから。

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