第286話 黄泉の作戦会議


 ――SIDE:神崎歩――



「困った事になったな……」



 建設された黄泉比良坂の本部にて、俺達は一同に席に会しながら頭を捻る。此処に居るのは翔真を除いた新生・黄泉の全メンバーである。


 話題となっているのは、現在攻略中である70階層の守護者についてだ。



「……アレから何回挑んだんや?」


「4回だな。4回とも失敗している」


「……アカンのとちゃうか? コレ……?」



 皆が薄々と感じていた言葉を、幽蘭亭が口にする。本日は10月7日土曜日。予定ではとっくに70階層は超えてなければいけない日である。


 翔真は苦戦していた。死霊王ネロ……いや、ペトラ=アンネンバーグに勝てないでいる。



「……傷だらけになりながらも、帰還してくれているのは有難いがな……?」


「そんな無茶なやり方は何時までも続かないよッ! どうにかして、勝つ方法を探らないと!」


「勝つ方法、か……」



 問題はそこである。


 翔真曰く、ペトラは人の心を読めるらしい。騙し討ちや、奇襲戦術を得意とする翔真の天敵の様な相手である。奴の必殺スキルである【マキシマイザー】も、チャージさせて貰えなければ意味が無い。ペトラの攻撃はその全てが必中だという。あれほどに回避を得意とする翔真がズタボロになって帰って来るのだ。その命中精度は推して知るべしと言った所だろう。



「俺達の方が先に進むなんてな……?」


「But、余り嬉しくはないぜ……」



 70階層で引っ掛かっている翔真とは別に、黄泉のメンバーは死霊王ネロを撃破していた。現在の最高到達階層は72階。敵の強さは上がっているが、無理と思える難度では無かった。



「……なぁ、本当に守護者って奴を倒さなきゃいけねぇのか……?」


「我道先輩?」


「私は常々疑問に思ってた。守護者ってのはつまり、アイツの知り合いなんだろう? 戦いを避けても良いんじゃねぇのか? アイツがソロで潜らなきゃ、守護者は現れない。私達でも突破が可能な階層主が現れるだけだ」


「でも……そうしたら、経験値が――」


「倒せねぇんだから仕方ねぇだろ!? 今一番重要な事は、アイツを死なせねぇ事だ!! 今も無茶なアタックを決めてるアイツをな!? レベルが足りなくて、神宮寺戦が厳しくなっちまうかも知れねぇが、此処は諦めて安全策を取るのも悪くねぇと思わねぇか!?」


『……』



 我道の言葉に、一同は黙り込む。


 翔真を思う気持ちは良く分かる。


 だが、世界の命運が掛かっている以上、迂闊に決断は下せなかった。


 時間だけが――過ぎて行く。



「――結論は出ないわね」



 沈黙を破ったのは、鳳だった。



「どのみち、決めるのは本人だもの。私達がどうこう言っても仕方がないわ」


「しかし、それじゃあ――」


「アイツだって、伊達にレガシオンの亡霊って呼ばれてた訳じゃないのよ? 信じましょう。石動蒼魔の底力を――」



 言って、鳳は話を締め括る。最近の彼女は、少し雰囲気が変わった様に思える。先日の階層主戦でも、我道竜子が唸る程の洗練された動きを見せ、PTを勝利に導いていた。


 まるで、人が変わった様な――



「――ん!? 戻って来たで!!」



 考えている最中である。幽蘭亭が翔真の帰還を知らせる。転送区を監視させていた式神から知らせがあったのだろう。



「――首尾は?」


「……あかんそうやな。また、ボロボロや」


『……』



 その場に居た全員が、息を吐く。



「――急いで回収しましょう。歌音と歩君。幽蘭亭は私に付いて来て」


「俺達はどうする?」


「全員で行っても目立つだけでしょ? 他のメンバーは此処で待機。追って連絡を入れるわ」



 テキパキと、皆に指示をしていく鳳。一番異論を挟みそうな我道は、先日の戦いから鳳に一目を置いたらしく、何も口答えをしなかった。



「……本気なのね、ペトラ……」



 風が吹けば消えてしまう様な声量で、鳳は一人呟いた。偶然、近くにいた俺には届いてしまったが、疑問を口にする前に、鳳は部屋から飛び出してしまった。慌てて背中を追い駆ける俺達だが、その脚力たるや凄まじく、追い付いた頃には既に目的地に到達していた。


 辺りには、野次馬の群れが出来ていた。人混みを掻き分けながら進むと、傷だらけのまま懸命に立ちあがろうとする翔真を目撃した。



「くっ……そっ……!!」


「翔真!!」



 立ち上がるのに失敗し、膝から崩れ落ちる翔真。――生きている。全身傷だらけだが、四肢もくっ付いているし、命にも別状は無い。


 だが――



「何でだ!? 何で勝てないんだ……!? こんなにも手を尽くしているというのに、何故!?」


「翔真……」


「くそッ、くそッ、くそぉぉぉぉッ!!」



 苛立ちを紛らわす為に、地面を殴り付ける翔真。皮膚が破れ、拳から血が噴き出るも、アイツは殴るのを止めなかった。



「――自分を痛め付けるのは楽しい?」


「!」


「そんな事をしても、ゲームは上手くならないわよ? アンタも分かってるんでしょう?」


「――ッ! ……ゲーム、だと……!?」


「ええ、そうよ。これはゲームなの。どれだけリアルになったとしても、アンタにとってはこの世界はゲーム。難しく考えるから本領を発揮出来ないでいるのよ」


「……」


「"レガシオンの亡霊"なら、絶対に負けない」


「……!」


「生きるとか死ぬとか考えないで! ペトラ=アンネンバーグを"レガシオン・センス"で打ち負かす。その事だけを考えて、アンタは勝負に挑みなさい。そうすればきっと、勝てるわよ……!」



 根拠もない発言だ。だが、話を聞いていた翔真は段々と落ち着きを取り戻し、その瞳には闘志の様なものが浮かんで来ていた。



「……東雲……回復、頼む」


「あ、うん」


「終わったらすぐに離れるぞ。……僕は目立つのが嫌いだからな」


「どの口が言うとるんや、ほんま……?」



 呆れた幽蘭亭。東雲に回復スキルを使用して貰った翔真は、ゆっくりと立ち上がり、その場で軽く足踏みをしてみせる。



「……悪い。心配掛けたわ」



 ボソリと呟くのが翔真らしいな? 俺達はやれやれと言った体で軽く笑みを浮かべると、翔真に肩を貸しながら、野次馬の海から脱出した。

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