第285話 守護者・死霊王ネロ①
頭の痛かったテレビ放送を終え、僕等は日々を学業と探索に費やしていた。時折挟まる芸能関係の仕事により、メンバーの一部が探索に参加出来なかったりなど、上手く行かない事は多々あった。――が、概ねは問題無しと言った所である。大体仕事が挟まる面子は決まっていたし、基本的に僕が呼ばれる事は殆ど無かったからである。楽で良いけど……少し複雑だ。
黄泉比良坂の世間の人気は上々だった。中でもビジュアル最強の神崎。元々バンドボーカルとしても有名だった通天閣は高い人気を誇っている。明るくて可愛い東雲なんかも男性人気は高いらしい。一部の間では我道や幽蘭亭がカルト的な人気が出ているとか?
逆に、微妙なのが僕と紅羽だった。
まぁ、僕の方は自覚しているからどうでも良いけれど、紅羽が不人気だとは思わなかったなぁ? やはりアレか。今時暴力系ヒロインは流行らないという事か? 我道も似た属性だけど、アイツは暴力系というよりは、男勝りって感じだしな。戦闘では隙は全く無いのだが、カメラの前では隙だらけで、良くサービスショットを晒しているのが人気の理由な気もするなぁ……?
――兎も角、そう言った理由で世間に認知された黄泉比良坂は、神宮寺のゴリ押しもあってか、爆発的な人気が出てしまった。
番組収録は中々やれないけど、CMや雑誌のモデル。コンビニでのグッズの販売等、様々なマーケティングを展開していた。
もう、完全に有名人である。ABYSSに対するイメージも大分回復出来たんじゃ無いかな?
おかげで、探索の方は遅れに遅れ――
10月1日日曜日。
僕は漸く、70階層へと挑戦する事になる。
『来てくれたんだね……! 蒼魔……っ!』
「――! ペトラ……」
60〜70階層は"墓地エリア"と呼ばれているアンデッド系の魔物が多数出現する階層だ。70階層に鎮座する階層主は"死霊王ネロ"。ゲームでは嗄れた爺さんの姿をしていたのだが、今、目の前にいるのは金髪の幼女。かつての姿と変わらない"ペトラ=アンネンバーグ"が立っていた。
ペトラ、か……。
僕に懐いてくれていた少女。近場で買い物に行くと高確率でコイツに出会してたっけ。
――超能力少女。
レガシオンでの彼女の触れ込みは、そう言うオカルト的なものだった。超能力とか馬鹿らしい……僕も当初はそう思っていたけれど、PvPでの先読みの的中率や、道端での遭遇率とかを考えると満更嘘では無いのかも知れない。戦闘能力は未知数だ。ペトラは気分屋だし、アリーナとかでは嫌いな相手と当たったら即リタイアをしていたからね? 純粋な力量は分からない。けれど、そんな状態でもアイツは世界ランキング第4位に位置していた。
決して、油断して良い相手ではないだろう。
『怖い顔……どうしたの? ペトラのこと、嫌いになっちゃったの……?』
「……好きも嫌いも無いだろう。今から僕等は命懸けで戦わなきゃいけないんだぞ?」
『戦う……? 何で……?』
「何でって――」
『私は戦いたくない! ずっと此処で二人で遊んで居ようよ! ずっとずっと――!!』
「ペトラ……?」
……予想外の事が起こってしまった。
ボスと戦闘が始まらないとか、マジか……? いや、むしろこの反応が普通なのか? 今までの連中が聞き分け良すぎたのだ。己の役目を全うしようとし過ぎていた。エゴを剥き出しにするならば、誰がこんな場所で命懸けの争いをしたいと思う? ペトラの様に戦いを拒否する人間が出て来たとしてもおかしくはないだろう。
「戦いたく、ないか……そうだよな? 僕だって同じ気持ちだよ。お前とは戦いたくない。殺し合いなんてしたくない……けれど、この世界はそうさせてはくれない。僕は上に上がるんだ。上がって……そして、神宮寺を……!!」
「!」
ペトラが僕の懐に飛び込んで来た。
……泣いている、のか?
『……秋斗を、倒すの……?』
「あぁ」
『無理だよ……絶対に、蒼魔じゃ無理!!』
「やってみなければ、分からないだろう?」
『分かるもん……』
「え……?」
『だって蒼魔――呉羽を倒せないでしょう?』
「――ッ!」
『呉羽の事、蒼魔は殺せる……?』
「……必要なら、やるよ」
苦し紛れの一言に、ペトラはゆっくりと首を横に振った。抱き着かれているから、その表情は此方からは伺い知る事は出来ない。
『嘘……だって蒼魔――甘いもん』
「へ? ――ぐぅッ!?」
――腹が熱い!! 何か、刺されたか!?
「――あが!? がふッ、ぐふッ!!」
『……ほらね?』
腹部を抑えながら地面へと倒れ込む僕。小柄なペトラを見上げると、その右腕には僕の血が付着していた。腕を腹部に貫通させたのだろう。常識外れも良い所だが、この場合は油断した僕が悪かった。ペトラは戦いを放棄していなかった。甘かったのは、彼女の言葉を聞いて戦意を下げてしまった僕の方だ。
やばい、血が止まらない――!?
僕は蒼魔の姿へと変身した。肉体のダメージは受けた体に依存する。無傷の蒼魔に切り替えて、翔真の肉体を内部で癒していくのである。
『変身だね? うん、知ってる――だから、もう手は打ってあるよ』
「!! ギャァァァァァァァァ――ッ!?」
暗がりの奥より、四方八方から射出された鉄の杭。鎖に繋がったソレは僕の両手両足を貫通し、そのまま綱引きの様に引っ張ってくる。鎖の向こう側には亜空間が広がっていた。死霊王ネロが使用する『アトモス・チェーン』だ。
引き摺り込んだものを根刮ぎ削る、即死技。術中に嵌まらない事が一番の対策なのだが――
「くっ、そぉぉぉ!?」
引っ張られる。
両手両足に突き刺さった杭は、返しが付いているのか、ちょっとやそっとじゃ引き抜けなかった。徐々に引き摺られていく僕。
『抵抗出来ないよね? やったとしても、無駄だけど……』
「な、舐めるなよッ!!」
このまま終わってたまるか! ペトラの奴は勝ちを確信して油断している! 追撃を行わないのがその証拠だ! 世界ランキング第3位を舐めるなよ……! 僕はお前よりも順位が上だッ!!
だから――
こんな事も、平気で出来る!!
「収納オープン!! ゴールデンアックス!!」
音声認識で
まぁ、それでも博打だけどな――!?
時間経過が少なければ、いける筈……!!
現代医学でもやれるんだ!!
ファンタジーなら、それくらいしろォッ!!
「くっ!!」
中空に出現したゴールデンアックス。その柄を掴もうとした、その時である。
『……コキュートス』
「!!」
ペトラが放った絶対零度のスキルにより、僕が取り出したゴールデンアックスは凍らされてしまう。同時に体が引っ張られ、金戦斧を取り逃がした僕は、死の亜空間を目の前にする。
完全に意表を突いたと思っていたのに……。
ペトラ=アンネンバーグは心を読める。
あの噂は、本当だったのか……?
『さようなら、蒼魔……』
「う、うぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!?」
死ぬ。死ぬ。――死ぬッ!!
負けるのか僕が!? こんか所でッ!?
皆……皆――ッ!!
『……』
「く――っ!?」
一瞬だけ、右手の拘束が緩んだ! その隙を見逃さずに、僕は
けれど、僕は普通じゃない!!
生じた転移光に身を任せながら、僕はペトラ=アンネンバーグに振り返った。彼女は逃げる僕を阻止したりはしない。やっぱり、さっきの言葉は聞き間違いじゃなかったんだ。
『――緊急脱出』
囁く様に彼女は言った。それは僕に対する慈悲なのか? それとも――
『……また遊ぼうね、蒼魔――』
「!」
景色が切り替わる寸前、ペトラが口にした言葉が全てなのだろう。血だらけのまま転移石前へと帰還する僕。誰かの騒ぐ声が聞こえて来たが、知るもんか……意識を保つのも限界だ。
70階層。
守護者・死霊王ネロに、僕は負けた。
それは、この世界に来て初めての停滞。
初めての敗北だった――
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