第282話 去りゆく者達


「随分と、差を付けられてしまったな……?」


「えぇ、本当に……」


「あれ? オジョウ、いつもの『流石は翔真ですわ〜!!』みてぇな反応はしねーの?」


「だ、黙りなさい、鈴木!!」


「此処まで差を付けられたなら、何かを言うのも無粋だね……」


「――うむ。悔しさは無い! ただ、誇らしいという気持ちしか湧いて来んわい!!」



 上から順に、卜部、武者小路、鈴木、高遠、瀬川が各々の反応を見せていた。共通して言えるのは、意外と皆は落ち着いていると言った所である。もっと驚くと思ったんだがな? いや、充分驚いた上で落ち着いてしまったのか?



「新しいクラン、黄泉比良坂かぁ……」


「あの事件の後に、そんな活動をしていたなんてねぇ……?」


「……その心身の強さ。見習わなければな」



 菊田、芳沢、番場が呟く。死ぬ様な目に遭った数日にABYSS探索をしているのは、この世界の人間にとっても非常識だったらしい。



「石瑠のレベル……60だろう? 喧嘩売ったら普通に死ぬべ……」


「そんな気は元からねぇよ……」


「あれ? 磯野君ビビってるー?」


「……そんなんじゃねぇし。兎に角、もう良いんだよ。分不相応な夢を見んのは止めたんだ」



 怯える葛西に、煽る新発田。そんな中、一際大人しくしていた磯野が僕の前へと進み出た。



「……お前、何処を目指す気なんだよ?」


「100階層だけど?」


「はぁ……? 正気かよ? つくづくお前って奴は俺の予想を超えて来やがる……張り合うのも、馬鹿らしくなって来たぜ……」


「ん? お前もしかして探索者を止めるのか?」



 僕の疑問に、磯野の奴は否定も肯定もしなかった。言いたい事を言えたのだろう。奴は鼻で笑って踵を返した。その背中には何処か哀愁が漂っている。……磯野が目指していたクランはマイティーズだったっけか? もう解散しちゃったしな。それに、ABYSSの現実を知って、今までの様なモチベーションを保てないのだろう。


 奴だけじゃない。僕の知る限りでは葛西や新発田もリタイアするみたいだ。三本松PTも同様かな。以前僕が探索を教えていた菊田、安井、森谷君の三人組も探索者への志願は止めるそうだ。休み中、迷っているという相談は受けていた。けれど、迷いながら攻略出来る程、ABYSSは甘くはない。決心が付かないなら止めてしまえと、僕自身が彼等に言ったんだ。中途半端な考えで戦死するよりはマシだろう。


 そうなって来ると、通う学校はどうするのかという問題も浮上してくる。アカデミーは探索者育成校だ。探索者を目指さない生徒が在籍し続けたとしても、互いに得にはならないだろう。しかし、近年ではこの育成機関の立ち位置も危うくなって来ている。今の状況で自主退学を急ぐ必要性があるかと言われると微妙だな? 暫くは様子見をしていた方が良いだろう。下手をすると、このまま普通科の学校に様変わりするパターンもあり得るしな?



「石瑠……ちょっと良い?」


「ん、何だ?」



 宇津巳が僕に向かって手招きをする。内緒話がしたいのか? 教室の隅に移動する僕達。



「あのね……私、神宮寺秋斗から貴方達の報道を任される様になったの」


「僕達の報道……?」


「ABYSS探索の風景とか、日常のワンシーンを撮って送って欲しいって言われてるの。ほら、普通の報道カメラマンじゃABYSSには潜れないし、撮影には気心の知れた人物が良いって言われて、何故か私が推されちゃったの」


「え……? て事は、宇津巳も僕等の探索に付いて来るって事かい?」


「レベルも低いし、戦闘は無理だよ?」


「それは分かってるけど――」


「私自身も戸惑ってる! けど、プロのリポーターを目指すなら、これくらいの試練は乗り越えなきゃ駄目でしょう?」


「……まぁ、そうかもなぁ……?」


「それで、神宮寺からの伝言なんだけど――」


「うん?」


「撮影は、明日だから。それも生放送」


「……」



 今、何と言ったのかな?


 撮影が明日? 気構える時間すら与えてくれないのか? それに、生放送って――



「……神宮寺は、僕を殺す気なのか……?」


「さぁ、それは知らないけれど……」



 宇津巳は、引き攣った表情で苦笑する。



「決まってしまった以上は、全力を尽くすだけだよ。今日の放課後は時間ある? 念の為、放送前の打ち合わせをしときたいんだけど――?」


「……嫌だけど、分かった。時間を作っておくよ。他の連中も全員連れて来て、カメラの前で待機してやる……」


「……放送事故だけは、避けようね?」


「善処する」



 ――としか、言えないよな、もう。


 僕は今後の事を考えて、少しだけ胃を痛めてしまう。何かあったら、紅羽を盾にしてやり過ごそう……心の中で決意しながら、僕は憂鬱な気持ちで次の授業を受けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る