第280話 守護者・女王蟻クィンパラス②


 クィンパラス――漆原刹那の強みは何だろう? 外骨格による堅牢な防御力か? 翅による飛翔と高い機動力か? 蟻を使った制圧力か?


 どれを挙げてもパッとしない。


 彼女が強いのは、やはり彼女だからという簡潔な理由に帰結するだろう。付いた仇名は"殺し屋"。相対した者を必ず屠るという触れ込みの彼女は、一対一のPvPでこそ真価を発揮する。


 対人戦闘のスペシャリスト――クィンパラスの肉体は、彼女にとってはむしろデバフだ。普段通りの戦い方をされていたなら、僕は完封されていたかも知れない。


 僕の強みは、一撃必殺のマキシマイザーと、盤外戦術による騙し討ちだけである。最近はそこに高ステータスのごり押しも追加されたが、ボスクラスには通用しない。後、見栄えも悪いから「ごり押しが強みです!」とか言いたくない。んなの誰でも出来るだろう、と。


 ――結局は、手持ちのカードで勝負しなきゃいけないんだ。不利なのは重々承知している。


 けれど、やるしかない!!

 勝つしかない!!


 悪いな、漆原……!


 僕にとって此処は、通過点なんだよ!!

 梃子摺る訳には行かないんだッ!!



「トリプル……マキシマイザァァァァッ!!」


『!!』



 拳から放たれる三連撃。


 マキシマイザーのエネルギーを三分割し、それぞれの方角に発射した蒼いエネルギー波は、分散していたパンデモニウムの群体にそれぞれ突き刺さる。中でも尾っぽが蛍の様に光っている個体は逃がさない。後方に潜む様にして存在しているアレ等は絶えずクィンパラスを回復している個体だ。奴等が存在する限り、女王蟻は無敵である。まずはその牙城を突き崩す!!



『――取る!!』


「……ぐぇッ!?」



 スキル発動時の硬直を見逃さず、漆原刹那は上空から僕の背後に急接近をし、その首元に『蟻の牙鎌・アンティーク』を振り回す。


 思わず変な声を出してしまう僕だが、当然この行動は見切っていた!!



『――!!』


「うぉわ――ッ!!」



 首が胴体と泣き別れる瞬間。予め足元に設置しておいた小型爆弾が火を噴いた。大型爆弾の着火剤として用いられているアイテムだが、敵の意表を突くのにも効果的だ。若干、背中が焦げてしまったが――計算通り。思わぬ事態に1テンポ対応が遅れた漆原は、爆破と同時に繰り出した僕の後ろ蹴りをモロに喰らい、間合いを離してしまっている。すぐに距離を詰めて来るけれど、正面からの斬り合いなら、僕でも多少は対応出来る。否――この肉体に慣れている僕の方が、どちらかと言ったら有利かもなぁっ!?



「甘い甘い! チョロ甘だぞ、漆原!? お前、そんなんで本当に僕に勝てるつもりかよ!?」


『……!!』


「どした、どしたぁぁぁぁぁぁぁ!? 最後なんだぞ!? もっと全力を振り絞れ!! もっと熱くなれよォォ! 漆原ァァァァ!!」


『……ッるさい!! 黙れェェェェ――ッ!!』



 攻撃が更に加速する。僕も負けじと剣・槍・双剣と、武器を切り替えながら漆原の猛攻を捌いて行く。……マキシマイザーの発動には気付いているだろう。一度見せたキャンセル技だ。漆原刹那が想定してない訳がない。


 マキシマイザーを放った瞬間、超反応で躱して、硬直からの反撃で仕留めるつもりだな? 敢えてチャージをさせて、僕を誘っているのか。


 なら、思い通りにしてやるよ――!!



「――ファンサが欲しいんだろ!? ならやってやるよォォ!! しっかりと見て受けて昇天しろォォ!! "憧れ"の石動蒼魔が、アリーナ最強のお前をぶち破る所をよォォォォ――ッ!?」


『な、何故それを――!?』


「ネットで見たぁぁぁ!! そして!! まんまと隙だらけぞ!! 漆原ァァァァァ!!」


『!?』



 ……正々堂々?


 そうさ。


 これが石動蒼魔だ。

 騙し討ちや精神攻撃はお手の物。


 そうやって僕は勝ち続けて来た!!

 今までも、これからも――ずっとッ!!



「道化師のままで、世界を救う……!!」



 チャージありがとうよ、漆原ぁぁ……!


 これがぁぁぁ……全力全開のぉぉ……!!



「――マキシマイザーだァァァァァッ!!!」


『……くッ! あ!? がぁぁぁぁぁぁぁッ!!』



 武器を紅羽の弓に切り替えて、大出力のエネルギーを漆原にぶち当てたッ!! 仰け反りながら堪えようする彼女だが、グングンと突き進む蒼の光弾には敵わない。直線上にあった巨大な蟻の巣を巻き込みながら、漆原は吹き飛んだ。



「――勝った……」



 残心を残しつつ、僕は呟いた。


 女王を殺られたパンデモニウムは、全て機能を停止する。その姿は生命というよりも、機械に似ているな? パラパラと地面に降り注ぐのは破壊された巣の外壁だ。その中心には両手両足を失った、漆原が倒れていた。


 完全勝利――だが。

 そこに喜びは湧いて来ない。



『狡いよ……蒼魔……』


「……僕が、こういう勝ち方をする男だっていうのは分かっていただろう?」


『……』


「何でか僕に憧れていたみたいだけど、本物はしょーもなかっただろう? ……最後にガッカリさせちゃって、悪かったね」



 漆原は、首を横に振る。



『――勝つ為なら、何でもやる。そんな貴方に、私は憧れてたんだと思う……』


「それは、また……」



 理解に苦しむね?

 嬉しさよりも困惑が勝っちゃうよ。



『何をするのにも、一生懸命で……強い敵にも諦めずに立ち向かう……鈍臭くて、泥臭くて、王道とはかけ離れた人……』


「……」


『何事にも冷め易い私は、貴方の感情が理解出来なかった……何で、たかがゲームにこんなに本気になっているの? 何で――あんなにも必死に私の事を助けてくれたの……? たかがゲームなのに……それなのに――』



 助けた――?


 あぁ、PKから漆原を守った時の事か。あの時は……自分で言うのも何だけど……滅茶苦茶頑張ったなぁ……? 凄い印象に残ってるよ。人気の無い場所で一人で探索してたら、ガラの悪いプレイヤーが集団で初心者をPKしようとしてるんだもんな? ――助けるか、助けまいか。マジで悩んだのを覚えている。その時の僕は大して強くなかったし。何よりも人と関わり合うのが怖かった。適当に見過ごす事も出来たと思う。それをしなかった理由は、たった一つだ。



「――だってお前、抵抗しないんだもん」


『……え?』


「退屈だったんだろう? PKに集られたお前は、レガシオンの事を既に見限っていた。『なにこのクソゲー』ってさ。だから、抵抗する気も失せてたんだろう? 僕はそれが許せなかった。冷めていたお前の顔を驚愕に染めてやる!! そう思って、苦手なPvPに挑戦して9対1で勝利してやったんだよ。あの時の僕は輝いていたね?」


『それじゃあ、貴方は……私を驚かせる為に? レガシオンに飽きていた私を、ただ引き止める為に、あんなにも必死になっていたの?』


「え……? 悪いか?」


『悪くないけど、でも』


「でも?」


『謎が一つ、解けた気分――』



 それは――


 良かったのか、悪かったのか。


 綻んだ表情の漆原を見て、僕は前者だったら良いなぁと勝手ながらに思うのだった。


 彼女の身体も、もう限界だ。

 別れの時が、近付いて来ていた。



「――最後に聞いて良いか?」


『……うん』


「僕との戦いは、楽しかったか?」


『うん』


「レガシオン・センスは――楽しかったか?」


『うん』


「……後悔、していないか?」


『してないよ』


「――」



 自惚でも何でもなく、僕は僕自身こそが漆原刹那を深くレガシオン・センスに引き込んだ張本人だと思っている。やり取り自体は少なかったが、常にその動向には注目していた。メキメキと強くなっていく彼女。黄泉比良坂に入り、クランの中で活躍していく漆原をテレビで見て、嫉妬した事だってあったんだ。


 こんな事になって――後悔してるんじゃないかと、僕はずっと思っていたんだ。



『ありがとう、教えてくれて』


「漆原……」


『私はこの世界が大好きだよ。大切な、仲間達にも出会えた。全部、貴方が教えてくれた事』


「僕は、何も――」


『教えてくれた」


「!」


『ありがとう、蒼魔――伝えられて、良かっ』


「漆原ッ!!」



 言葉の途中で、漆原刹那は消えてしまった。

 鳴り響くレベルアップ音。



「……何なんだろうなぁ、この気分は」



 重い喪失感に苛まれながら、僕はクィンパラスの魔晶を握った。指が痛くなる程に、固く握る。胸の痛みが、少しでも緩和する様に――

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