第279話 守護者・女王蟻クィンパラス①


 8月30日水曜日。


 約束の期限が近付いて来ていた――今月中に60階層を攻略しろというのが神宮寺の注文だ。馬鹿正直にアイツとの約束を守ってやる義理は無いけれど、一応は支援を受け取っている身だからね? 何より、約束を果たせずにアイツに馬鹿にされるのは許せなかった。


 50階層から上は"洞窟エリア"が広がっている。


 1〜10階層にあった"迷宮エリア"と酷似しているが、此方は下へ下へと進んで行く形となっている。地下には溶岩が広がっていた。ただでさえ薄かった空気が更に薄くなっていく。閉塞した空間で襲い掛かる魔物達。奴等は皆強敵で、一瞬たりとも気が抜けない。洞窟内部を進んて行く僕は、遂に60階層の転移石を発見する。


 此処までの道程が、既に長かった……!


 守護者とはサシで戦わなければいけないという決まりがあるからね? 現在はソロで探索していた。他の仲間達は留守番だ。今頃、転移石前で僕の帰りを待ってるんじゃないのかなぁ?



「――よし、行くかっ!」



 躊躇っていても、時間を無駄にするだけだ。即決即断。気合を入れながら、僕は守護者が待つ階層へと転移した。


 ――飛び出したのは、大きな空間である。


 周囲に広がるマグマ。舞台の中心には、眩い虹彩を放つ大きな巣が岩盤より吊り下げられていた。巣の周りには護衛となる蟻達が列を成して待機している。彼等は"パンデモニウム"と呼ばれる蟻系の魔物の最上位個体だ。細長い関節と金剛の様な外骨格。特徴的なのは唯一二足歩行が可能な蟻の魔物という所だろう。棘の返しが付いた槍は、突き刺さったら引き抜く事は難しい。雑魚敵としては厄介極まりない連中だ。


 60階層の階層主・女王蟻クィンパラスは、以前戦った20階層の魔蟲アトラナータと似た特性を持っている。即ち――群体ということ。奴等は多数で襲って来る。クィンパラスを倒す為には、まずは目の前の蟻達を蹴散らさなければいけないのだ。



「今回は、バグ技は無理だったんだよな……」



 アトラナータ戦で使えた、スタック戦法はクィンパラスには通用しない。カチカチと顎を鳴らすパンデモニウム達。此れは奴等の威嚇か? 一歩でも進めば襲って来るという奴か?


 ――面白い。


 僕は一歩を踏み出した。



「来いやぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」



 高らかに叫ぶ僕。

 守護者戦が、始まった――





 ――SIDE:漆原刹那――



 微睡の中で、誰かの声を耳にした。水面を揺蕩う様な穏やかな気分の中で、私は自身の肉体を動かしていく。初めは指。次に手を。肩を揺すって"巣"の中から這い出て行く。


 やっと、来たんだね――?


 予感は確信に変わっていく。


 一瞬だったかも知れない。

 永遠だったかも知れない。

 

 私は、あの人を待ち焦がれていた。


 知らなかったでしょう? ――蒼魔。


 私は貴方をずっと見ていた。


 貴方が"レガシオンの亡霊"と呼ばれる前から、ずっと――貴方の事を認識していた。PK行為から私を救ってくれた貴方を。誰よりも優しく、寡黙で、強い貴方を――目標にしていたの。


 貴方が居なければ、私はレガシオン・センスにハマらなかったと思う。御剣直斗と出会う事もなく、黄泉比良坂にも入らなかっただろう。


 だから、感謝――しているの。

 この気持ちを、貴方に伝えたい。


 その為に私は、自我を残して此処に居る。


 やっと、再会出来たね……?


 此れは私からの恩返し。

 成長した私を、貴方に見て貰いたいの。



『全力で――行くね?』



 弾力性のある樹脂を引き千切り、私は"巣"の外へと翅を広げて出て行った。守護者・クィンパラスの肉体は私の魂に馴染んでいた。頭のてっぺんから指先まで、思い通りに動かす事が出来る。ソレは、端末であるパンデモニウムも同様だった。石動蒼魔と接敵していた彼等は、私の『指揮』の有効範囲へと入ると、思うがままに操る事が出来た。……まずは挨拶がしたい。


 蟻は邪魔だ。



「クィンパラス――漆原かッ!? うぉッ!!」


『顔が違う……元に戻して……?』


「いきなり何を――ぐはッ!!」



 石動蒼魔は、石瑠翔真の身体で喋っていた。折角の再会だから、私は蒼魔と喋りたかった。宙を舞い、擦れ違う様に彼を蹴る私。ダメージが与えれば、彼の変化は解ける筈。


 けれど、その肉体には変化はなく――



『……じゃあ、徹底的にいくよ?』


「!!」



 私は蟻達を使って、蒼魔の事を追い詰めて行く。スキルの発動やアイテムの使用には若干のラグが生じてしまう。その隙を見逃さず、こちらの攻撃を相手に差し挟むのがPvPの基本技だ。蒼魔は搦手が得意だから、油断なくコンボが途切れぬ様に攻撃を重ねて行くのが大事だった。


 パンデモニウムには動きを固める【タンク】と遠距離から敵を射撃する【アタッカー】削られた時の【ヒーラー】役が存在する。何も高レベル帯の探索者が舌を巻く程の戦力だ。ソロ専の蒼魔じゃあ、対処は厳しいと思う。


 そう、思っていたのに――



「……マキシマイザァァァーッ!!」


『!』


「そう簡単にはやられないぞ! 漆原ッ!!」



 ……何時からチャージを?


 蒼魔の一撃で、蟻の戦力は半分に減らされてしまった。マキシマイザーか……でも良い。そうでなくては、張り合いがない――!!



「漆原……手下なんて使ってないで、掛かって来いよ! 僕とヤりたいんだろう!? なぁ!!」


『……ッ!!』


「これが最後だ――全力で遊ぼうぜ!!」

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