第278話 東雲歌音 好感度MAX
8月26日土曜日。
新生・黄泉比良坂は順調にABYSS攻略を進めていた。特に目を見張る活躍をしているのは3年生の我道竜子だ。アカデミー最強は伊達じゃないって事だろう。第二PTを率いながら、現在は58階層を攻略している。60階層の階層主に挑戦するのも時間の問題だろう。
それに、我道だけじゃない。日によってPTメンバーを変えているのだが――瀕死状態になりながらHPの低下量で総合力にバフをかける相葉。チャージ時間は長いが、PTの大砲として機能している紅羽。敵陣に突っ込みながら高い回避力と反撃バフによるクリティカル斬撃で敵を次々と屠っていく神崎。高い総合力で安定した全体回復を行う機動力にも優れた東雲。全体的に、D組の面々は隙が無く仕上がって来ていた。
伸び悩んでいるのは、この二人か。
通天閣歳三と幽蘭亭地獄斎。
レベルアップボーナスを知らずに、ある程度自己流で鍛えてしまった弊害だ。級長二人は相葉達に比べると物足りない成長量だった。
しかし、それでも普通に優秀だ。
雷属性を吸収し、帯電する事で自身の総合力を引き上げる通天閣。コイツはバフ系のスキルが充実してるんだよな? 自己バフに、敵にはデバフも付与出来る。属性が[雷]に寄ってしまっているから[雷]が無効化されると途端に弱くなるという弱点はある。必殺スキルの【ボルテッカ】は全体攻撃だし、単体超威力の【ビリケン・サンダー】を持っているから、ボスキラーにも成り得るポテンシャルを秘めていた。
幽蘭亭地獄斎は、何でも出来るオールラウンダーだ。このゲーム……特化型の方が強くなるバランスになっているんだが、幽蘭亭だけは別なんだよね? 彼女が使役する式神は、当人の能力値が上がる程に強化されていく。また、同時召喚数に限りがないので、幽蘭亭を出しておくだけで一個小隊が作れるんだ。狭い迷宮内だと真価を発揮出来ないけれど、広い場所で戦うなら、彼女ほど役に立つ人材はいないだろう。
全てが順調。
順調な筈……何だが――
「大丈夫、翔真君?」
「え?」
「何だが元気無いし。最近ずーっと暗い顔をしているよ? 辛いなら、少しは休んだら?」
「あぁ、いや……」
階層更新をして、転送区へと戻ってきた矢先に、東雲が僕の体調を気遣ってくる。そんなに僕は暗い顔をしていたのだろうか? 自分では普段通りにしているつもりなんだが、見る人にとっては分かるのかも知れない。
まぁ、テンションは……上がらないよね?
世界を救う為には、神宮寺を倒す必要があるんだけれど、神宮寺を倒すには、僕自身が強くならなければ駄目なのだ。守護者を倒し、レベルアップボーナスを獲得する。現状では此れが最適解。他の方法は考えられない。けれど――
「……次の相手は、漆原だからね……?」
「? 誰、それ……?」
「世界ランキング第5位のプレイヤーだよ。これまでの例を踏まえると、守護者は10階層からランキング順に配置されている……6位の次は第5位だ。漆原刹那は、黄泉の中でも珍しく僕と交流があった女なんだ……」
「そっか。それじゃあ、やり難いね……?」
「それもそうだけど、僕が心配しているのはもっと根本的な事だよ……」
「根本?」
「僕が、漆原に勝てるかどうかって話さ」
やり難さは当然ある。
だが、何よりもアイツは強敵なんだ。
PvPの戦績は僕よりも上だし。
戦えば必ず、激戦になるだろう。
「何だ? 随分と辛気臭い顔をしてるな、翔真」
「!! お前は――」
「よぉ、届け物を持って来てやったぜ?」
「挨拶は後よ。重いんだから、早く運んで」
「っと! 分かったから、急かすなよシエル!」
「デュラド!? それにシエルも――!?」
ダンボール箱を重ねながら、両手一杯に荷物を持って来た草薙。後ろには手提げ袋を持ったシエル=ネットも一緒に居た。久し振りに見た、魔種混交の二人である。東雲も驚いている所を見るに、彼等がやって来る事は知らなかったのだろう。持って来た荷物を地面へと置いていく二人。中には何と、探索で使うアイテム類がギッシリと詰められていた。
「これは……?」
「お前ら、探索区で店が空いてないから、アイテムの補充が出来なかったんだろう?」
「入手した素材も換金出来ないでいるって聞いたわ。私達は細やかながらの助っ人って奴ね」
「……神宮寺からの命令か?」
「御名答」
「今は、私達は彼の元で保護――というか、監視されているのよね。他の魔種混交も同様よ」
「酷い扱いを受けてるの!?」
「ん? あぁ、いや……案外そうでもない」
「彼、どういう風の吹き回しかは知らないけれど、魔種混交に対する保護を熱心に行なっているみたいなのよね? 情報操作にロビー活動。あらゆる手段を使って、魔種混交に対する偏見を無くしていこうとしているみたい……」
「あの、神宮寺秋斗が……?」
疑う様に、呟く東雲。
僕としても意外だが、奴がプレイヤーとしての矜持を保ち続けているのなら、原作キャラに無体な真似をする筈が無い。仮にそれが世界ごと葬り去ってしまう相手だとしても、奴は最後の瞬間まで偽善を貫くだろう……。
「魔種混交に対する人体実験によって、体内の魔素を排出する技術が生まれたらしい。今は無理でも、数十年の月日が経てば、俺達が元の人間に戻るのも夢じゃないってさ……」
「……へぇ? 苦しめるだけ苦しめておいて、今はそんな事を謳ってるんだ……? 恨みや憎しみも全部コントロールされてるみたい。腹立つなぁ……やっぱり私、あの人は嫌いだなぁ……」
「魔種で好きな奴はいねぇだろ」
「ただ、利用出来るものは利用すべきよ」
「……意外とクレバーなんだな?」
僕の言葉に、魔種の三人は「当然!」と、返事をした。相変わらず息がピッタリだね?
「それに、恨んでばかりでも仕方が無いしな」
「これからの時代……私達は、前を向いて歩いて行かなきゃって思っているの。マイナス面のイメージは、拭い捨てるつもりでね?」
「へぇ……! それ、良いじゃん!!」
仲間達の言葉に、賛成する東雲。
「切っ掛けになったのは、お前達だぞ?」
「へ?」
「こうしてお前らが頑張っているから、俺達も意識を変えてみようと思ったんだよ!」
「まずは出来る事からって感じだけどね」
「差し当たって、神宮寺に協力しようと思ったんだ。聞けばアイツはお前達の事を支援してるみたいじゃないか? それなら、アイツの使いっ走りでも抵抗感は少ないからな」
「だからこその、その荷物か……」
「次は60階層だっけ?」
「凄ぇな……本当、何処まで行く気なのやら」
「100階層に決まってるじゃん!!」
「……コイツの話は置いておくとして――」
「ちょっとー! 無視するな〜ッ!」
「あいて!? ――噛むなアホッ!!」
戯れる東雲と草薙。
それを見守る、シエルと僕。
何というか……自然体だな。
彼等もまた、変わって来ているのだろう。
それも恐らく、プラスの方向にだ。
「――翔真君!」
「……は? ちょ――っ!!」
草薙に追い掛けられていた東雲が、ぶつかる様にして抱き着いて来た。余りの勢いに二人して地面に倒れ込む僕等。痛みに堪えて目を開けると、満面の笑みを浮かべた東雲が見える。
「……チャ〜ンス♪」
「まっ!?」
待てと言う前に、東雲は僕の唇を奪う。こんな場所で何をやってるんだコイツは!?
しかも、思いっきり濃厚な奴だし。
「っぷはー!」
「お、お前なーッ!?」
「エヘヘ、以前の生徒会長さんのお返し〜」
「天樹院の!? アレは事故で――むぐ!?」
再び唇を塞がれる僕。
シエルも草薙も、これには呆れ顔である。
魂すら吸われる様なキスをして。
東雲歌音は僕に言う。
「えへへ……翔真君、だーい好きっ!!」
天真爛漫を絵に描いた様な女だ。
……
僕は、東雲の頭を軽く撫でた。
彼女の温もりは、きっと忘れられないな――
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