第277話 石瑠藍那 好感度MAX


「拠点を作る?」


『あぁ、そうだ。正式にクランとして活動するのなら、自分達の拠点は持っていた方が良いだろう。転移石前で雑魚寝をするのは見映えが悪い。これから有名になる君達なら、尚更さ』



 僕は、通話口にいる神宮寺の提案について考えた。日を跨ぐABYSS探索では、転移石前でキャンプを張って過ごしていたのだが、知名度と共にソレも難しくなって来るのだろう。現状、ABYSSが一般開放されていないから、僕達は好き勝手に探索が出来ている。しかし、此れが一般開放された時には勝手が変わって来てしまう。神宮寺の話では、黄泉比良坂のメディア登板は早いらしい。どんな宣伝をするのかは知らないけれど、大勢の探索者が行き交う転送区で雑魚寝をするのはリスクが高い。男はまだしも、女性陣は盗撮被害とかも考えなきゃいけないからね? そこを行くと、神宮寺の提案は実に理に適ったものだと思う。念の為、建てた拠点は隅々まで調べさせて貰うけどね?



「資金は? 出してくれるのか?」


『……まぁ、言い出したのは僕だしね。諸々の費用は此方が持つよ。後で建物の候補を画像で送るから、目を通しておいてくれ』


「条件は選べないのか?」


『希望があるなら聞くよ? 但し、全てが叶う訳ではない事を予め了承しといてくれ』



 言うだけはタダって事だね?

 後で皆には、希望する条件を聞いておこう。



『現在の攻略階層は54階だったな? 進行速度としてはまずまずだ……君ならば問題は無いと思うけれど、60階層の攻略を早目にね?』


「……分かってるけど、何でそんなに急かすんだ? 年内の100階層攻略なら、言われなくてもちゃんとやるぞ?」


『――世界最速。60階層を攻略した新時代の新鋭クランとして、もう広告を準備してるんだよ。今更内容の変更は出来ない。だから、期日までに確実にABYSSを攻略して欲しいんだ』


「つまり、大人の都合って事ね……」



 思わず、嘆息する僕。ABYSSを攻略するのは構わない。でも、守護者と戦うのは――



「……屋代美登里と、倖田俊樹を送ったぞ」


『ん? あぁ、そうみたいだな……』


「お前……何とも思わないのかよ?」


『……悲嘆に暮れていれば、彼等が帰って来るとでも? ――愚かな。そんな暇があるならば、僕は一秒でも早く行動をするよ』


「迷いは――無いんだな?」


『当たり前だ。引き返す道なんてとっくに無いんだ。……なら、進むしかないだろう』


「……」


『僕は生きる。生きて生きて生き続け――消えてしまった仲間達を取り戻す。何千年。何万年。何億年掛かったとしても構わない。何度も何度もループをして……僕は彼等を"超越者"へと導いてやる。その為の覚悟が――僕にはある』


「神宮寺……」


『クランを運営して、君も分かっただろう? 仲間っていうのは素晴らしいんだ! 何者にも変えられない、大事な存在なんだ! 僕の宝石。僕の宝物。絶対に……失いたくない! 孤独なんてゴミだよ!? 僕はもう二度と一人が良いだなんて思わない!! 選択肢を――誤らない!!』



 神宮寺の言葉には、悲痛な感情が篭っていた。まるで、自分に言い聞かせる様に訴えるその声は、僕の胸にも突き刺さる。



『……間違うなよ、石動蒼魔』


「……あぁ」



 信用なんてしてないだろう。なのに、奴は僕に「間違うな」と言った。どうしても伝えておきたかったのかも知れない。その意味をぼんやりと考えながら、僕は奴との通話を終了した。





「……人って、どうやったら間違わないで生きていけるんだろう?」


「……それを私に聞くのか、翔真……?」



 とある喫茶店の一角で、僕は姉さんと向かい合っていた。ABYSS探索を終え、帰宅した際に僕から誘ったんだ。神宮寺との通話は日中に行われた。あれ以降、僕の頭の中は混乱してしまっていた。迷って、いるんだろうなぁ……? 自分から決めた事とは言え、待ち受ける未来は困難そのものだ。ビビっていると言っても過言じゃない。倖田め……アイツが余計な事を言うから、決意に水を注されてしまった。選択肢なんて、あってない様なものなのにな?



「間違いだらけな人生を送って来た姉さんなら、何か悟った事でもあるかなぁと思ってさ」


「我が弟ながら、とんでもなく失礼だな? 完全に否定出来ないのが悩みどころだ……」



 姉さんは、手元のお茶を一口呷る。



「――結論から言って、そんなものはない! 迷っても悩んでも! 何も考えずとも! 後悔する時は後悔する! あの時の選択は間違いだったんだな、と。後から悔やむ事は幾らでもある!!」


「……はぁ」


「だから――適当で良いんじゃないか?」


「へ?」


「どうせ何を選んでも悔やむんだ。ならば、自分が選びたいものを選べば良い。覚悟さえ出来ていれば、後はどうとでもなるものだぞ?」



 姉さんの意外なポジティブ思考に、僕は思わず絶句してしまう。……もしかして、我道と決闘した時も、そんな気持ちで挑んでいたのか?


 訝しむ僕へと、石瑠藍那は胸を張る。



「それにな……お前なら間違えんよ? お前は私とは違う。私の自慢の弟だ。大事な物を見誤ったりはしないだろう――」


「そう、かなぁ……?」


「遅れたが、お前にはコイツを渡しておこう」


「これは――」



 手渡されたのは、石瑠家の家紋章だ。

 法的な力は何も無い。

 ただの飾り。


 だが――



「僕が預かって、良いの?」


「石瑠家の次期当主は翔真だ。むしろ、私の手にある方がおかしかったのだ」


「……麗亜が反対するかもよ?」


「アイツの気持ちは分かっているだろう? 最初こそは擦れ違いが生じていたが、今では私よりもお前の事を認めているよ」


「……」


「大きくなったな……翔真。お前になら、安心して家の事を任せられる……」


「姉さん……」


「――仮に、間違う事があったとしても、その時は私がお前を支えよう」


「……今までが厳しかった分、今度は甘やかせてくれるって事かな?」


「さてな? 調子に乗っていると、また雷が落ちるかも知れんぞ?」


「そしたら、逃げるよ」



 言って、僕等は互いに笑い合う。憂鬱な気分は、何処かへと消えてしまっていた。



「――翔真」


「ん?」


「愛してるぞ」


「それ、恋人に言う台詞なんじゃない……?」


「……恋人?」


「あぁ……ごめん。僕が悪かったよ」


「即座に謝るなッ!?」



「哀しくなるだろう!?」というのは、姉の言である。全く、残念だよ……僕が"石瑠翔真"じゃなければ貰ってやっても良かったのにな――?

 

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