第276話 守護者・黒祭祀テスカル


 8月21日月曜日。


 第50階層。

 守護者・黒祭祀テスカル戦を終え――



『まーじで、そんな選択肢しかねぇの?』


「あぁ……」


『直斗と呉羽が死んで、アンタが消える……リアルってのは相変わらずクソゲーだな……?』



 その点には、同意する。


 守護者・黒祭祀テスカル――いや、今は倖田俊樹か――? が、僕に向かって同情した。彼の腹部には一本の槍が突き刺さっており、夥しい流血から長くは話せない事が分かっていた。そんな散々な状況でも……死を待つしかない状況でも、僕の置かれた立場というのは、彼から見て同情に値するものらしい。



『……ていうか、さ』


「?」


『逃げちゃえば良いんじゃねーの?』


「はぁ?」



 いきなり何を言い出すんだ、コイツは?



『……この世界を見捨てて、他の世界に行っちゃえよ。呉羽と、直斗を連れてさ……』


「で、出来る訳ないだろう! そんな事……」


『何で?』


「何でって――」



 倫理的にとか……? 口籠もる僕を見て、青白い顔をした倖田は、死に瀕しているのが嘘の様に、ヘラヘラとした態度で口を開いた。



『この世界の住人は、アンタの親兄弟か何かなのか? こっちに転移して来て、まだ一年も経ってねぇんだろう? どれほどの信頼関係を築いて来たのかは知らねぇけどよ――足りねぇよ』


「!」


『人を辞め、永遠を生きる理由にするには――まだ、全然足りねぇ……お人好しでやってんだったら尚更だ。相葉ぁ? 神崎ぃ? 東雲ぇ? コイツ等は所詮ゲームの中の住人だろ? 電源切ったら消えちまうんだ。リアルで生きているアンタが、気を使う必要なんてねぇんだよ』


「それは詭弁だッ! レガシオン・センスはゲームじゃない!! 御剣直斗の記憶を元に再構築したシミュレーター……つまり、もう一個の現実なんだ!! 倖田俊樹……この世界に取り込まれたアンタは、そこら辺の認識だって僕よりもちゃんとしてる筈だろう!? なのに、何故――」


『……この世界が現実かどうかだなんて、大した問題じゃねぇんだよ。大事なのは自分の中の認識だ。俺がゲームだと思っていれば其処はゲームの中だし。逆に現実だと思っていれば、現実だ。――拘るなよ。"定義"ってのは曖昧なんだ。雁字搦めに固められて、後悔する生き方をする方が馬鹿ってもんだぜ?』


「――ッ!」


『俺はさ……別に、直斗の奴を恨んじゃいねーんだ。アイツはアイツなりに足掻いてこうなったんだろう? 他の黄泉の連中だって同じさ。御剣直斗という男を憎んじゃいねぇ。それまでが楽しかったしなぁ……? まぁ、揺り返しが起こったって事なんじゃねぇのかな……?』


「そんなので、済ませられるのか……? お前、このまま死んじゃうんだぞ……ッ!?」


『殺したのはアンタだけどなー?』


「ッ!」


『――あぁ、失礼。ちょっと言葉の毒が強かったか? 気にしちゃいねーから安心しろ。てか、世界に取り込まれた所為かな? 今"死ぬ"って言われても別に全然平気なんだよ。波の様に流れていく宇宙の知識……これ、ゲームとかでよく出て来る"アカシック・レコード"って言う奴だろう? 此れのおかげで色々と察しちまってよ。何つーか、諦めが付いちまってんだわ』


「……諦め?」


『俺達はさ、元々こうなる運命だったんだよ。人は未知を恐れるって言うじゃん? 俺にとっての自分の死は――既知だったってこと』



 倖田は僕に向かって「分かる?」と、問い掛けて来たが、そんな気持ちは分からない。何言ってんだ、コイツ……っていうのが、僕の嘘偽りの無い本音であった。



『まー、色々考えて決めようぜー? 俺は逃走エンドもアリだと思う。そしたら呉羽を巡って三角関係にでもなんのかなー? 永遠を生きる訳だし。気分次第でパートナーを変えてみたりぃ? したら、呉羽はマジの逆ハーだな! スワッピングとか、爛れてて面白れぇー!! 目の前で見れねぇのが残念なくらいだぜッ!?』


「そうはならないから、安心しろ……」



 下品な奴……と言うか、軽薄な奴。

 こんな男が、世界ランキング第6位とはな?


 性格と、ゲームの腕は関係無いって事か。



『あー……そろそろ、時間かも……』



 見ると、倖田の肉体からは消失ロスト時の燐光が生じていた。こうして会話が出来るのも、もう僅かという事か。



『残念だなー。アンタ意外と話せるじゃん? もっと早くに知り合いたかったわ』


「そ、そうか?」


『はは! 引くなよ? 本気で言ってんだ! バトルも楽しかったぜ! これなら直斗相手でもそこそこヤれるんじゃねぇのか?』


「そこそこじゃ、駄目なんだけどな……?」


『勝つのはキチィなー。アイツ、マジ強えぇから。ゲームの腕じゃ尊敬してんだ。アンタも強かったけど、全体的には力不足かな?』


「……はいはい」


『――搦手を使えよ。無策で挑んだら絶対に負けるぜ? 直斗の奴は自分が仕掛けるのは上手ぇんだが、敵に仕掛けらるのは苦手なんだ。っつっても、アンタなら既に考えているかー? 釈迦に説法だったかなぁ〜? ――ま、最後だし。コレくらいの軽口は流してくれよ!』



 言って、ヘラヘラと笑っていた倖田が、一瞬だけ、真面目な表情で僕を見る。



『なぁ……俺、強かったかなぁ……?』


「……」


『忖度無しで、頼むわぁ……』



 倖田俊樹は、ゲーマーとしてのプライドは高い男なのだろう。今までの軽薄さが嘘の様に、彼は誠実な気持ちで僕に頭を下げた。


 成程。


 こういう所か……。



「――強かったよ。何度も危ない場面が沢山あった……プレイスタイルを押し付けて行くタイプとは何度か試合をしたけれど、こんなにやり難い相手は初めてだった。黒祭祀テスカルとしての力だけじゃない。中の人間……操作しているプレイヤー・倖田俊樹のプレイング・スキルがずば抜けているから、こんなにも苦戦を強いられたんだ。マジで、強かったよ……」


『……赤城より、俺の方が強かっただろう?』


「まぁ、ね……」


『――だよな? アイツ、下手くそな癖に俺の強さを認めねぇんだ。良い土産話が出来たぜ!』



 あの世で倖田に弄られる赤城の姿が目に浮かぶ……少し、可哀想な事をしてしまったかも?



「相手は年下だろ? 余り虐めるなよ?」



 顔を上げた、その時――


 倖田俊樹は、既に消えてしまっていた。



「――」



 魔晶端末ポータルのレベルアップ音だけが、虚しくその場に響き渡る。


 僕は、50階層を攻略した。

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