第275話 天樹院八房 好感度MAX


「刻むぜBeatッ!! ビリケン・サンダー!!」


「合わせて! ダークネス・ディザスター!!」


「――よし! 今だ、相葉ッ!!」


「決める! バースト・ブリンガァァァッ!!」


『――ッ!!』



 それぞれの放つ必殺スキルが、40階層の階層主・氷雪姫モルガンに突き刺さる!! 此処まで追い詰めるのに、大分苦戦を強いられてしまった。身体の右半身を凍らされた通天閣。氷柱による裂傷を至る所に作った東雲。そんな彼等を庇いながら戦っていた相葉は、倒れていないのが不思議なくらいに全身から血を噴き出していた!! 此処で決めなければ後が無い!!


 必殺スキルの余波が収まり、雪原ステージの霧が晴れると、モルガンの居た地点には消失ロスト時の燐光が輝いていた。雪に埋もれているのは彼女が落としたと思われる"雪のティアラ"と"魔杖・エーテルセプター"、青い魔晶塊である。無事、モルガンを倒せたのだろう。


 これで新生・黄泉の全員が40階層を攻略出来た事になる。神宮寺から出された課題は60階層の攻略だが、このペースで行くなら、何とか9月中までには間に合うんじゃないかな?


 ――って、言ってる場合じゃないか。



「皆大丈夫か!? 今、回復してやるからな!」



 戦闘を終え、緊張の糸が切れた相葉達は、揃ってその場に倒れ込んでいた。そこかしこで鳴る魔晶端末ポータルのレベルアップ音を聞きながら、僕は彼等に回復薬を振り掛ける。


 10分後――


 回復した――と言っても全快では無い――相葉達を連れて、僕達は40階層の転移石を使い、階層更新を果たしていた。迷宮、草原、砂漠、雪原と来て、次は"遺跡エリア"である。道中にはトラップ等が増えて来るかな? 50階層の階層主・黒祭祀テスカルは強敵だ。安定して攻略するなら、LV.65は欲しい所だね。


 現在の黄泉の強さは、以下の通りだ。


 石瑠翔真 LV.40 (総合値LV.80相当)

 鳳紅羽 LV.55 (総合値LV.60相当)

 相葉総司 LV.50 (総合値LV.65相当)

 神崎歩 LV.58 (総合値LV.63相当)

 東雲歌音 LV.60

 通天閣歳三 LV.65

 幽蘭亭地獄斎 LV.68

 我道竜子 LV.80


 元からレベルが高かった連中は、レベルアップボーナスを満足に受け取れていない。


 我道は元より、自存派の一員として事前にレベル上げをしていた東雲も総合値は実レベルと大差は無かった。今の所、恩恵を受けられているのは紅羽・相葉・神崎の三人のみだった。特に相葉は早くからレベルアップボーナスの存在に気付いていたみたいだから、他の連中に比べて実レベルと総合値の乖離が激しい。まだ何とも言えないけれど、単純な総合力だけで言うならば、この中では最終的に相葉が一番になるんじゃないのかな?


 兎に角、この時点で旧トップクランである"ルミナス"や"マイティーズ"の実力は抜かしたね? 上記二つのクランは、主力の平均レベルが60ぐらいだったから、此方の方が上である。短期間で、皆強くなったと思うよ。



「またForestか……鬱蒼としてやがるな……」


「森の中にある"遺跡エリア"と、"草原エリア"の一部に森がある20階層。見た目は似ているけれど、後半は遺跡の中を探索する訳だから、両者にはそこまでの類似点は無いよ?」


「but、もう……どうでも良いぜ……」


「ねぇ、一旦帰るんでしょ?」



 肩で息をしながら、東雲が訪ねた。


 皆、かなり消耗しているからね? こんな状態で、見るからに面倒そうな"遺跡エリア"なんかを攻略したくは無いだろう。



「――当然。これ以上の探索はリスクが大き過ぎるからね。一旦戻って、今日の所は探索は終わりにしよう」


「た、助かった……」



 ヘトヘトだった相葉が、安堵の息を漏らす。だらしないとは言うまい。相葉は【タンク】として相当な活躍をしていたからね。ズタボロになっても倒れない、その根性には敬意を抱くよ。





 8月17日土曜日。午後9時。

 アカデミー周辺の某ファミレス店内。



「此処から此処まで、メニュー全部注文な」


「我道……注文はタッチパネルだぞ?」


「だから何だよ?」


「……面倒臭いから、お前が操作しろ」


「チッ、後輩の癖に生意気な奴……」



 舌打ちしながら、神崎の手からタッチパネルを奪い取る我道。団体で予約を取っていた僕等は、大テーブルに座りながらファミレス店内で思い思いの会話と注文を繰り広げていた。


 最近は夜食と言ったら、ずっとこんな感じだ。曜日関係無く、泊まれる時はABYSSに泊まる。飯は皆と一緒に外食だ。保護者の目も無いから、好き勝手にやっているよ。


 まるで部活の合宿みたいだな――?


 正直、かなり楽しい。


 こんな毎日が、ずっと続くと良いんだけど。



「お前ら、もうちょっと行儀良くせぇや!! 客に見られて恥ずかしいやろ!?」


「Hey! そう言うGhost Girlも声がデカいぜ〜? 店内ではもうちょっとvolumeを落としな!!」


「なんやと、このーっ!?」


「まぁまぁまぁ!!」


「怒っても疲れるだけだよー、ねぇ幽ちゃん」


「東雲ぇ……! 人を変なあだ名で呼んでんとちゃうぞ!? ウチはこう見えて陰陽寮の――」


「はいはい。何か偉い人なんでしょう? ……来たわよ、包み焼きハンバーグ」


「――お! これやこれやぁ♪ やっぱ『ロコス』言うたら包み焼きやからなぁっ!!」


「ふーん? 私はパフェの方が好きだけど」


「ドアホ紅羽ァ! それデザートやろ!? 主食と同列に語るなやァァっ!?」


「何よ! 良いじゃない抹茶パフェ!!」


「黙れガキィィ!!」


「何よこの眼帯女! キャラ被ってんのよ!!」


「はぁぁぁ!? 誰とやっ!? 言うてみぃ!!」


「D組の青髪馬鹿女に決まってるでしょ!?」


「知るかぁぁ!! 現物連れて来いぃぃ!!」


「言ったわねェェェェ――ッ!!」



 ……もう大分、この騒々しさにも慣れて来たなぁ。幽蘭亭に挑発され、何処かへと電話を掛ける紅羽。通天閣は鼻歌混じりにステーキをがぶりと齧り、行儀良く和膳を食べていた神崎の隣では、バクバクと追加された皿を平らげていく我道の姿があった。困惑する店員さんと共に苦笑を浮かべる相葉。僕の隣に座っている東雲は、食事そっちのけで自身の足を僕の膝に乗っけて遊んでいる。本当、自由人だよ、此奴ら。



「ね? この後どうする? 皆には内緒で、二人っきりで抜け出しちゃおっか……?」


「そうして、東雲の"食事"は僕って事?」


「あはは!! 蒼魔君、上手い事言うねー?」



 おいおい……目が笑ってないぞ東雲。


 最近は女性陣からのアプローチが激しくなったと思う。嬉しい反面、どう捌いて良いのか全く分からない。今も曖昧に笑ってお茶を濁している。こういう所が僕の悪い所よね? 相手の気持ちには真摯に対応したいと思っているけれど、真摯って具体的に何をすれば良いんだよ?


 全てを受け入れる……?

 それか、全てを否定する……?


 駄目だな。


 どちらも踏ん切りが付かないわ。



「――どうやら、迷ってるみたいだね?」


『!!』



 思わず悲鳴を上げかけるも、口元に人差し指を置かれ、寸での所で堪える事に成功した。



「て、天樹院……!?」


「生徒会長……!?」


「やぁ、久しぶり――元気だった?」



 そこに現れたのは、生徒会長の天樹院八房(女装ver)であった。奴は怖気付く東雲に目配せをしつつ、僕の隣へと腰を下ろした。


 周りの連中は、此処に天樹院が居る事には気付いていない。肩と肩を触れ合わせながら、天樹院は自身の頭を僕の方へと預けて来た。



「……もしかして、結構お疲れか?」


「まぁね。例のゴタゴタの後始末が、全部こっちに来ちゃった訳だから、中々に大変だよ」



「……おかげで、君が作ったクランにも入れなかった訳だし――」っと。天樹院は愚痴を零す。奴のこういう態度は珍しかった。朝廷内の政争とか、考えるだけでも面倒臭いもんなぁ? その渦中に立たされているコイツの心労は、押して知るべしと言った所だろう。



「そんなに忙しくしてるのに、こっちに顔を見せて大丈夫だったのかよ?」


「忙しいから来てるんだよ。ストレス解消……君と触れ合って、少しは元気を貰わないと」



 良く分からないが――

 触れたら、元気になるのか?



「――じゃあ、こうする?」


「!」


「わっ!?」



 僕は天樹院の肩を抱いて、こっちに引き寄せてやる。今までだったら考えられない行動かも知れないけれど、今の僕なら不思議と出来た。


 気負いなんかない。

 てか、良い匂いだなー、こいつ。


 僕の方も連日のABYSS探索で疲れていたのかも知れないね? 思わず天樹院の頭に顔を近付けてしまう。皇室御用達の高級シャンプーでも使っているのだろうか? 嗅いでると、凄い癒される――自然と僕は、目を閉じた。……次いで、唇に何か柔らかい感触がやって来た。



「――ん」



 目を開けると、視界いっぱいに天樹院の顔が広がっていた。絶世の美女と言われても、百人中百人が信じるであろう、美しい顔だ。


 ……何か、懐かしいな……この展開……?



「何やってんの、アンタ達……?」



 初めに声を上げたのは紅羽だ。


 見れば、全員が此方に注目していた。新生・黄泉比良坂のメンバー……だけならまだしも、何故か、宇津巳早希やら榊原冬子。田中セレスティナや、黄月鈴も同席していた。――シャッター音がカシャリと鳴り、その音を皮切りに、店内では更なる騒ぎが巻き起こる――



「……これで最終回でも良いんだけどね?」


「いやぁ……駄目だろう……」



 天樹院の提案を即座に却下する僕。学校再開からの、校内ニュースが楽しみだね……?


 僕は項垂れながら、そう思った。

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