第274話 メディアへのお誘い


 8月15日木曜日。



『まずは近況報告をさせて貰おうか』



 魔晶端末ポータルの電話口からは、いけ好かない男の声が響いていた。言わずもがな、僕の天敵である神宮寺秋斗、その人である。


 クランを立ち上げてから、僕と神宮寺は時折こうして連絡を取る様になっていた。


 クラン立ち上げ人に対しての考査とか言っていたが、実際は監視の意味合いの方が強いだろう。正直かなり嫌なんだが……これも仕事だからね? 仕方が無いさ。



『ABYSSの一般開放は9月以降になるだろう。時期を合わせて業者の出入りも再開させる』


「アカデミーの方はどうなるんだ?」


『そちらは近日かな? 授業探索は出来ないが、普通の学生の様に一般科目を学んで貰うよ』


「僕達の方なんだけどさ――」


『分かっている。出席は任意で構わない。君達は探索者クランとして登録を済ませている。その所属は既にアカデミーから特機に移譲されているんだ。単位なんてものは存在しないよ』


「……なら、好きに探索して良いんだな?」


『――あぁ。代わりにプロとしての役目は果たして貰うけどね』


「階層を攻略するっていう、役目か?」


『それだけじゃなくて、PRも宜しく頼むと言っているんだ。ルミナスやマイティーズが抜けた穴を補填する為にも、君達には広告塔として頑張って貰いたいんだよ』


「……そんな事、今更やる必要あるか?」



 げんなりとした口調で、僕は神宮寺に問い質す。対する奴は愉快気だ。



『僕も同じ事を味わって来た。君だけ経験しないのは不公平だろう?』


「お前なぁ……ッ」


『世論を説得する為だよ。安心安全にABYSSを探索する為に、必要不可欠な事なんだ。このまま何の対策もせずに君達を探索させておくと、反対運動を起こす活動家が生まれかねない。行動を制限されるのは嫌だろう?』


「既に制限されている様なもんだろ!?」


『自縄自縛は否めないさ。けれど、大衆を敵に回すよりかは遥かにマシだと思うよ』


「……」


『黄泉比良坂を名乗るなら、モデル業の一つくらいはやって貰わないと困るんだよ。僕も呉羽も同じ事を全員がやって来た。良いとこ取りなんて許さないよ?』


「別に、そんなつもりじゃ――」


『だったら、やれるよね? 何も君一人に頑張らせたい訳じゃない。君の仲間達と一緒に、テレビに出て、モデルになって、次世代の探索者クランとしての広告塔になり、ABYSSのイメージ改善を計ってくれればそれで良いんだ』


「……」


『差し当たって、君達には9月中までに60階層を突破して欲しい。メディアに出るならセンセーショナルな方がウケが良いからね?』


「……分かったよ。分かりたく無いけど……よーく分かったよッ!!」


『――これも経験だ。直に総裁選が始まる。そうなったら僕も自由になるし、君達の――』



 僕は、最後まで聞かずに通話を切った。

 全く、面倒な事になったもんだ……。



「電話、どうしたのー?」


「――あぁ、神宮寺からの定期連絡」


「……不機嫌だな? 何かあったのか?」


「僕等、アイドルになるってさ」


『……』



 言った瞬間、全員が「何言ってんだコイツ」という目で僕を見た。


 失敬な連中だ。

 僕は事実を言ったまでだと言うのに。


 ちなみに今は転送区に居る。丁度、昼の休憩中だったのだ。だから、全員と言っても四人だね? 第二PTはまだABYSSに潜っている。この場に居るのは、僕と東雲と神崎と紅羽だ。


 

「……ちょっと、本当に笑えないんだけど……どういうこと?」


「僕に圧を出すな! 苦情なら神宮寺に言え!」


「成程。つまり彼は、探索者クランとしての広告塔を欲しているという事か?」


「飲み込みが早いな。流石は神崎だ」


「でも、それでアイドルって――」


「まぁ、正確にはアイドルっぽい活動を要求されるっていう話だよ。何か……テレビとかにも出させられるらしい……」


「えぇ? 冗談じゃないわよ……人気になったら買い物とか行けなくなっちゃうじゃない! 路上でサインとか強請られたらどうしよう……!」


「……お前、意外とノリノリなのね……?」



 サインの心配してんじゃねーよ。

 僕は紅羽にツッコミを入れる。



「狂流川さんが生きてたらなー……?」


「タラレバを言っても仕方が無いだろう。彼女は死んだ。ならば、生き残った俺達が現実に対処しなければいけない」


「歩は本当に真面目ね? ――で? もし広告塔に駆り出されたなら、アンタはどっちの格好で出るのよ? ――女? それとも男?」


「……な、なに?」


「あー! 確かに気になる!! 歩君も、もういい加減男装を辞めちゃっても良いと思うしね」


「そ、それはそうなのだが……」


「何か不都合でもあるの?」


「……人間、一度見せた顔を撤回するのには抵抗があるという事だ。俺が女子だと言う事も、お前達しか知らない訳だしな……」


「……でも、針将の奴は気付いてたぞ?」


「何ィィッ!?」



 今日一番の驚きの声が、神崎から上がる。



「あ、一応兄の方な?」


「何でそれをアンタが知ってんのよ……?」


「いやだって、メールしてるから――」


「針将仲路と、アンタが? ……えぇぇ?」


「そっちの方も、意外だね……?」



 紅羽と東雲に驚かれてしまう。

 案外律儀な文章を返す奴なんだけどなー?



「……蒼魔は、どっちが良いと思う?」


「男か、女かってこと?」



 神崎はこくりと頷いた。

 難しい問題だな。


 僕としては当人の好きな様にやらせてやりたいのだが、芸能関係の仕事をするという事は、事情を知らない第三者も絡むって事だろう? 以前も海の家での着替えに難儀していたし、僕が何時でも守ってやれるとは限らないからなぁ。



「やっぱり、女の姿で行った方がトラブルは少ないんじゃない? 神崎がどうしても嫌だって言うんなら、そこは考えるけど……」


「そう、か……」



 何だか、少しガッカリしているな?

 神崎には悪い事を言っちゃったかも……。



「馬鹿、鈍感」


「あいた! 何すんだよ、紅羽!?」


「別にー」



 腹部を小突いて来た紅羽に、抗議をする僕。暴力系ヒロインとか流行らないんだっつーの。



「これで歩だけ人気になったらウケるわね」


「……アイドル神崎、爆誕か」



 現実味があって、少し怖いな……?

 僕と紅羽は、互いに顔を引き攣らせた。

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